第5話 列島の外側

 長崎海上保安部 応接室


「失礼……。あなたの話を聞く限りニワント王国とはここより西にある王国だと解釈しました。それで間違いないですか?」


「はい、その通りです」


「では周辺国についてお聞かせください」


「ニワント王国の西にカミンという比較的大きな王国があります。南にはラニーマをはじめとする群島国家群があり――……」


「失礼、もう一度お願いします」


 日本の外交官、影山は困惑していた。相手は流暢な日本語を喋っているはずだが、自分の知らない地名や言葉がさっきから次々と出て来て話が全く噛み合わない。それでもアニンは繰り返し説明する。

 そんなやりとりが長々と続いていた。


 ここまで日本の街並みに圧倒され、完全に受け身の対応となっていたアニンがあまりに突拍子だと分かっていながら思わず自分の考えを伝える。


「私の方から、質問してもよろしいでしょうか? 我々には貴国、日本に関する情報が全くありません。大変失礼ですが、もしかしてあなた方と我々は根本的に何か溝があるのでは無いでしょうか?」


「はぁ、実は私も似たようなことを感じていました」


「余りに突拍子も無い話で申し訳ない。まるでおとぎ話のようではありますが例えばあなた達は別世界からやってきたとか……? 私にはそんな風に思えてなりません」


 ******************************

 日本 首相官邸 災害対策本部


 災害対策基本法に基づき、嶋森総理主導で災害対策本部が設置されていた。一連の件を『異常天体及び大規模通信障害災害』と称して、あらゆる人物が集められていた。


「これより、異常天体及び大規模通信障害災害。以下、本災害と略し、これに関する第一回対策本部会議を始める。まずは現状報告を」

 総理が開始の号令をかける。


「まず防衛省よりお話させていただきます。陸海空ともに最大級の警戒に当たっております。また、あらゆる衛星人工衛星と交信が途絶しています。自衛隊では一部装備にGPS信号を利用していますが、これらが全て使えなくなっています。また既に報告しましたが飛竜型の飛行物体の映像の解析を進めています」


「了解、次から、長々とした挨拶は省略してほしい。手早く頼む。」


「国交省より。既に漁協や航空会社への自粛要請を出し、従っているのがほとんどです。また海上保安庁が確認した不明船ですが現在は長崎港より離れた海域で停船してもらっています。気象庁関係はのちほど担当者より」


「気象庁より。お伝えしてます通り、天体の異常は以前変わりありません。その他の天候も正常です。しかし気象衛星とまったく通信が取れなくなっております」


「外務省より。未だに諸外国と連絡が1つも取れておりません。また国交省のお話にあった不明船に乗っていた外交官を名乗る男に対し本省職員が対応中につき、まもなく何か報告があるかと思います」


「経産省より。海外との取引を主とする企業や外資系企業からの問い合わせが殺到しています。また、本日未明から海外からの定期輸送船が全く入ってこないようです。資源エネルギー庁によりますとこれらが長引けば石油の価格に深刻な影響がでるとしています」


「農水省より。さきほど輸送船の話がありましたが、同じく食料品目が入って来ず、これが長引けば日本の食料自給率から言っても深刻な影響となります」


「金融庁より。証券取引所では取引を中止しました。また海外の銀行口座にアクセスできなくなっている他、対外資産海外にある資産の状況も不明です」


「デジタル庁より。国内のインターネットは基本問題ありませんが、海外のサイトや海外のサーバーを利用したサイトに全くアクセスできないようです。また一部、政府のサイト含め、アクセスが集中し繋がりにくくなっているようです」


 大臣たちから一通りの現状報告が終わり、嶋森は小さく唸った。

「ご苦労。さて何からするべきか……」



「総理! 会議中に失礼します。在日米軍より緊急の報告です!」


「どうした?」


「本日、未明から本国合衆国と連絡が取れなくなったため現場判断によりハワイ及びグアムへ向かったが、あるはずのハワイもグアムも無くなっており海しか無かったと……」


「なんだと!?」


「はっ、はいそれで……日本の基地に戻りたいが燃料の関係上、太平洋上での給油支援を要請すると」


「仕方がない、剣持けんもつ防衛大臣。海上自衛隊に出動を命じよ」

 嶋森は内心で勝手に動かれては困ると思いながらも故郷と連絡の取れない彼らを気の毒にも思った。


「総理! 総理!」


 またしても別の官僚が会議室へ押しかけて来た。


「今度は何だ?」


「外交官を自称する男の対応に当たっている影山外交官が総理とテレビ電話でお話がしたいと」


「分かった、スクリーンの準備を」

 何をするべきか全く見当のつかなかった嶋森は藁にもすがる思いで影山外交官の要望に応えた。


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 長崎海上保安部 応接室


「影山殿、それは何ですか?」


「遠くの人と話したりできるのですが……」


「ほう? それが魔信装置で?」


「まあ、見て頂いた方が早いですよ」


 影山がノートパソコンに大きめのカメラとマイクを取り付ける。

 アニンと話していく中で日本は別の世界にまるごと来てしまったのでは無いかというとんでもない仮説にたどり着いた。


 もし単に見知らぬ国の外交官を名乗る1人の人間がいたとしても普段なら頭のおかしな奴と一蹴したかもしれない。だが、現実に数々の異常事態が積み重なった上に、かの外交官は謎の帆船と50人ほどの人間を引き連れてやってきた。

 それに日本が別世界にいるならば今まで起きた異常事態を全て説明できると思った。


 自分でも馬鹿な妄想だとは思ったが、この妄想を日本のトップへ直接伝える。

 これしか影山には思いつかなかった。


 デスクトップの壁紙に設定されてるどこかの森の写真が映し出された。

「これは魔写でしょうか。恐ろしく鮮明ですね」


 驚くアニンを気に留めず影山は急いで準備する。

 しばらくして応接室のスクリーンに20人近い人の姿が映し出された。


「おはようございます。嶋森総理。どうしてもお伝えしたいことが」


「うむ、おはよう。話してみなさい」


「これが魔信……? しかし映っている人達はいったい?」


「アニンさん、これは離れた人と顔を見ながら話せる機械になります。今、映っているあの方は日本の内閣総理大臣。政治のトップです」


「はっ! 宰相閣下ということですか!? これは失礼致しました!」


 アニンは会議室で片膝をつく姿勢になった。そのため総理からは彼がカメラの端で見切れてしまっていた。さらに嶋森は宰相閣下と古臭い呼ばれ方をしたことに妙な居心地の悪さを感じながらも影山に話の続きを促す。


「総理、あまりにも荒唐無稽な話にはなりますが。私は日本が別世界に来てしまったのでは無いかと推論を立てました」


 影山がマイクに向かって強めの声で話した。

 長い長い静寂が続き政治家達から応答があるまで数十秒を要した。


 ********************

 日本 首相官邸 災害対策本部


「総理、先ほどの影山外交官の話。どう思われますか?」


「どうと言われても、これまでの異常事態。そして米軍がハワイやグアムまで無いと言うんだ。SF小説じゃあるまいしと思うが……。イチかバチか……。1%……いや、何兆分の1の可能性にかけて、その可能性を確かめてみようじゃないか」


 影山外交官、そしてアニンと名乗る自称外交官とのテレビ電話を終え、嶋森総理は影山の仮説、そしてアニンという男の話を信じてある計画を立てようとしていた。

 もはや、そうするしかこの状況を打開する方法が無いと感じた。


 ********************

 日本海であるはずの海域 護衛艦 「せとぎり」


 ゆっくりと走る黒い船が日本が日本海と称する静かな海にあった。

 舞鶴基地より出撃した海上自衛隊の護衛艦、汎用護衛艦DD せとぎりである。

 海上保安庁と協力して海上での警戒監視に当たっていた。


 艦長の大沼二等海佐は不気味さを感じていた。護衛艦がGPS信号をキャッチできなくなって早、6時間以上が経つ。いつか本部とも連絡が取れなくなって200人近い乗員と海をさまようのではないかと不安だった。


 そしてたった今、大沼艦長に統合幕僚部から衝撃的な指令が下されていた。


「艦長! 定時報告致します。現在のところGPS系統以外、異常ありません」


「そうか……。私は指令室へ行く」


「はっ、何かありましたか?」


「統合幕僚部から指令があった。すぐに佐官を集めてくれ」


「はっ、ただいま!」


 ***************************


 護衛艦せとぎり 指令室


 指令室には護衛艦の責任者の地位にある佐官クラスの隊員たちが集まっていた。


「統合幕僚部より指令があった。本艦はこれより最速で南下し、ヒトマルマルマル午前10時ごろ、長崎沖で例の帆船4隻に接触。それらを曳航えいこうする体勢に入り、同時に艦載ヘリで外交官1名ともう1名の自称外交官の男を回収。その後、針路を西に取る」


「曳航ですか?」


 艦の操舵・航海を指揮する航海長が艦長の言葉を繰り返す。


「そうだ。木造船を4隻も曳航する。そこからはあまり速度は出せまい」


「艦長、針路を西にとは……。いったいどこへ?」


 大沼艦長はゆっくりと口を開いた。


「そして……。日をまたいだ明け方、マルマルヨンマル午前4時ごろ、日本の領海を抜け台湾の領海へと進む――」


「艦長……! それは……」


「そうだ! 我が艦に与えられた命令は故意の領海侵犯だ!!」

 

 せとぎりに下された指令。それは外交官と帆船を連れ、台湾の領海であるはずの海域へ侵入することだった。

 政府は影山外交官が指摘した日本列島自体が別の世界にある可能性、これを確かめるために強行的に領海の外に出てみるしか方法は無いと考えた。


 その際、外交官を自称する男アニンの話も含め飛竜や帆船の出現等、連続して何らかの異常が確認されている台湾方面がもっとも何かがある可能性が高く、かつ台湾の対日感情を考慮した場合にもっとも安全と考えられたため、本判断が下された。


「そして、その先に何があるのか、我々の目で直接確かめる」


「艦長! 当然、一方的に領海侵犯するわけですから向こうから攻撃される可能性も十分にありますが……」


 艦の武器運用を統括する砲雷長が艦長に尋ねる。


「そうだな。だが仮に台湾軍、いやどこの軍隊が来ても防御手段以外の武器使用は許可されていない。」


「はっ!」


「我々はあくまで異常事態につき調査のため、やむを得ず領海を越えたのであり、決して侵略や危害を加える意図は微塵も無い。このことをいかなる相手に対しても示さなければならない!! 故に無用な恐怖を与えないためにもこの任務は本艦が単艦で行う。応援は期待できない!」


「了解!!」


「これを総員に通達する。船務長、艦内インカムを!」

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