第3話 日本の海

 ニワント王国 王都 タオヒン


 王都より南東にあるアチット監視所から、すぐさま魔信で謎の竜F-35Aについての報告が届いていた。



「――以上が、監視所より伝えられた報告となります。また、兵が撮った魔写を伝令が急ぎ届けるとのことです、陛下」

 宰相が国王ショーハンに報告すると、ショーハンは真剣な眼差しになった。


「宰相よ、余はこの件はニワントにとって一大事と見た」


 このニワント王国では数年前から西に国境を接するカミン王国がニワントの資源を強行的に奪おうとする兆候があり、緊張関係が続いていた。


「余が思うにカミンが新たな竜を手にし、それを使って我が国へまたしても圧力をかけようとしているのではないか?」


「ごもっともです。しかしながら何故、日本などと聞かぬ国名を名乗ったのでしょう?」


 王の推論に宰相が疑問を投げかける。


「ふむ……、おそらく自分たちの手を汚したくなかったから存在せぬ国の名を適当に騙ったのであろう。さらには偽装のためにわざわざ東から……」


「なるほど、それは考えられますね」


「だが、南方の諸島国家群やニューダリア南にある大国の可能性。、それ以外の可能性も考慮せねばならん。急ぎ、東へ調査隊を派遣せよ」


「はっ! ただいま!」


 一礼した宰相は走って執務室へと戻っていった。


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 日本国 首相官邸

 

 日が昇りはじめる頃、嶋森総理をはじめ、政府上層部は酷く当惑していた。


 自衛隊機が防空識別圏で飛竜型の飛行物体とそれに乗る人間を見たとの報告がもたらされたからだ。

 しかもしっかりと写真付きであった。


「本日午前4時ごろ、つまり今から1時間ほど前に与那国島より西方に未確認機の反応があり――」

 スクリーンに飛竜が映った写真が投影され、防衛省職員が喋り始めた。

 深夜に起こされ寝不足だった閣僚・官僚たちも一気に目が覚める。


「なお、今回の通信障害や天体異常との関連性は分かっておりません。他省庁と連携して調査を進め――」


 防衛省職員が話している途中、会議室へ別の職員が入ってくると総理へ耳打ちした。

「総理、海上保安庁からです。日本海側で不審な帆船を巡視船が発見。現在、対応中とのことです」


「はっ? 帆船?」

 嶋森は予想外のワードについ間の抜けた声を出してしまった。


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 九州北部の海 本来、日本海であるはずの海域


 日も明けぬうちにニワント王国より、既に東方面へ調査隊が派遣されていた。

 海軍から小型の帆船4隻が出撃し、水兵約50名に加えて外交官・学者などが派遣されている。

 帆に風の魔法、水面に水の魔法を利用することで地球の単なる帆船には出せないような速度で航行を続け、短時間で王都近くの港からかなりの距離を東へ進んでいた。


「だいぶ東まで来ましたね、タプス水兵隊長殿」


 外交官アニンから声を掛けられた水兵隊長のタプスは海面を見ながら返した。


「ふん、今日はいつもと波の感じが違う。こいつは間違いなく何かあるな」


「はぁ、波が違うと言いますと?」


「ははっ、お前みたいな素人には分からんよ。船乗りのカンだ」


 この男は言葉遣いがあまり良くないとアニンは感じた。

 実際、タプスをはじめ多くの水兵が元海賊であり、外交官の自分とは正反対に儀礼とは無縁であっただろう。それでも海を知り尽くした海賊を海軍、水兵として雇うことは合理的であり、この世界ではままあることであった。

 その後、アニンはそういった相手に対しても適当に場を繋いで話を合わせていた。


 外交官になって早10年になろうとしているアニンにとって場を乱さないように適度に話を合わせ、場を取り持つのは慣れっこだった。

 もし、今回の件がいかなる国が関係していることであっても上手く場を取り持てる自信があった。



「タプスのお頭ぁ! 前方に謎の白い船が見えます!」


 水兵の一人がタプスへ報告した。

 アニンもタプスも前方を見るとぼんやりと白い影。

 その影が徐々に大きくなってきた。


 歴戦の船乗りであるタプスも見たこと無い大きさ。

「なんじゃ!? あの船は!?」



 それは長崎海上保安部が保有する最大の巡視船「でじま」だった。

 その全長は100m近く、政府から海域の警備を強化せよとの命令を受けてパトロール中であった。



「白い船! 近づいてきますぜ!」


 見たことの無い船にタプスは一瞬、面食らったがすぐさま我に返ると大声で号令を掛ける。

「者共ぉ! 戦闘準備ぃ!!」

「アイサー!」


 水兵のうち、ある者は剣や斧を構え、ある者は弓に矢をつがえ、そしてある者は魔杖を構えた。


 まだ敵船とも決まった訳ではない白い船に対する戦闘準備が始まり、外交官として平和的に事を進めたいアニンは焦りながらタプスに意見する。


「待ってください、タプス殿。まだ敵船と決まったわけではありません。すぐに戦闘準備を解除してください」


「ああん? 向こうが先に仕掛けてきたらどうするってんだ? こっちが沈みかけてからじゃあおせぇんだよ!」


「し、しかし……。突然の攻撃の構えを取るのは無礼であり外交上の悪影響が……」


 2人が船上で揉めていると突然、大音量で人の声がした。


「こちらは日本国海上保安庁、前方の船舶へ。貴船乗組員に銃刀法違反の疑いがあります。停船し臨検への協力を願います。」


「日本……!? おう、お達しにあった国じゃねぇか?」

「向こうからこちらに来てくれるということでしょうか? 探す手間が省けました。すぐに停船しましょう!」


「ちっ、王様のお達しじゃあ仕方ねぇか!」


 帆が畳まれ、タプスの引き連れていた船4隻ともが停船し、武装解除する。

 さらにアニンは甲板へ出ていくと敵対の意思が無いことを示すために手を振り続けた。



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 巡視船「でじま」 船内


「船長!やはり近くで見ても中世の軍船ですね……。4隻とも帆を畳み始めています!」


「帆船か。大学校海上保安大学校で乗ったのを思い出すな……」


 巡視船でじまの船長 青田をはじめ、保安官達は冷静でいた。

 海軍や、海上警察機関は現代においても訓練用として帆船を活用することがあり、全く馴染みの無いものでは無かった。


 しかし、現代の帆船は風だけを頼りに走れば天候次第で乗員を危険に晒すため、エンジンが備え付けられていることがほとんどだ。


 だが今、風はほとんど無いにも関わらず帆船とは思えない速度で走っていた。

 にも関わらず、帆船の後ろに引かれる軌跡はエンジンのそれでは無かった。

 船の様相もただの帆船で無く中世の軍船のそれだった。

 それが保安官達には不可解だった。


「前方の帆船、武器を下ろしました。海に捨てたりはしていません。甲板に一人、手を振っている者がいます」


「乗っている人たちの鎧もまるで中世だな」


「無許可での映画撮影でしょうか?」


「さあな……。今回の異常事態のこともあるが、撮影を装った密輸・密漁の可能性は充分ある。あの武器も本物かもしれん」



「総員に通達、これより本船は不明船に対する取り調べのため、不明船へ接舷する。対象は凶器と思われる物を所持している。総員、準備の確認を怠るな!」


 船長の指示で巡視船は帆船へと近づいていく。その間、船員達は万一に備え拳銃M60と防刃ベストを装備する。




「接舷! 完了しました!」


「帆船側から動きは?」


「何も……。 あっ!? 一人、手を振っていた男が何か言っています」



「私はニワント王国より派遣された外交官、アニンと申します! 貴船は日本という国より来たと言うが、その国について詳しく聞きたくあります」



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 日本国 首相官邸


「失礼。それで帆船は何を?」


 嶋森総理がコホンと咳払いで間の抜けた声を出したことを誤魔化しながら官僚に話の続きを促した。


「帆船が領海内にて銃刀法違反の疑いがあったため臨検を求めたところ、うち帆船側乗組員の一人がニワント王国という国の外交官を名乗り、日本について知りたいと伝えてきたそうです。」


「ニワント王国……? 悪いが、そんな国あったかな」


 嶋森が外務大臣である斎藤に視線を向ける。

 斎藤が「発言を求められてるのか」と気づくまでたっぷり時間がかかる。


「いえ、そういった国。及びそういった地域は確認しておりませんが……。そう名乗る団体も無かったと思います」


「今回の異常事態と関係あるからもしれん。任意同行の名目で陸まで来てもらおうか。国交国土交通大臣、すぐに手配を」


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 巡視船「でじま」 甲板


「では、貴船らはニワントより東から来られたという訳ですね?」


 アニンと名乗った男は欧米風の容姿だが余りにも流暢な日本語を喋っていた。

 しかし不自然に話がなかなか噛み合わない所があったが海上保安官らが出来る限りアニンの質問に答えていくと彼は話をまとめ出した。


「はい、我々の住む日本はこの海域より東にある島国です」


 アニンはニワントより東には島と呼べるような場所は無く、せいぜい岩礁地帯が少しあるだけのはずだがと思った。

 ずっとずっと東に行けば西の大国へとたどり着くと噂は聞いたことあるがとても通常の船では進めない距離だ。

 だが、この不思議な恰好の船乗り達が嘘をついているようでは無いと経験と勘で感じた。


「左様ですか。数時間前、ニワントの航空パトロールが銀竜を発見しましたが貴国と関係あるものでしょうか?」


 突然の竜という単語に保安官達は囁きながら話す。


「竜……?」


「あれじゃないか? ブリーフィングで言ってた――」


「ああ、空自が見たとかいう飛竜か?」


 船長の青田がアニンに向き直し、話し始める。


「日本でも飛竜型の飛行物体を見ています。あれはあなた方と関係があるのでしょうか?」


「はい、我が空軍のものでしょう」


「ドローンか、UAV無人航空機の類でしょうか?」


「は? いえ、竜ですが……」


「ん……? ではあなた方の国では航空戦力に竜を持っているとおっしゃるのですか?」


「ええ、我が国ですが、それが何か?」


 アニンは話が何やらまた噛み合っていないと感じた。


 保安官達はまた囁きながら相談し合う。

「どうしますか、船長? 敵対意思は無さそうですが、妙な話ばかりですね。逃走の時間稼ぎでは?」


「そうだな……」


 青田船長がアニンの友好的な態度を受けて判断に迷っていると保安官の一人から報告があった。


「船長、本部より指示ありました。『当該船舶全てに海上保安部まで任意同行を願え。抵抗の意思を見せても警告弾の使用は慎重にせよ』」



 青田は話がかみ合わず疲れていたが後は他が処理してくれると内心、安堵した。

「アニンさん、我々の基地まで同行願えますか? あなたが日本を知りたいとおっしゃるなら、実際に見られた方が早いでしょう」







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