第2話 日本の空
「皆、落ち着きなさい! まだ会議の途中だ!」
総理の嶋森が窓の外を見てざわつく官僚達を咎めた。
だが、嶋森も心中では驚きを隠せないでいた。
彼が政治家になって15年以上経つ。政治家の中ではまだ比較的若い方ではあるが災害大国の日本であらゆる非常事態に多様な役職として対応してきた。
それでももちろん、あらゆる国と連絡が取れなくなり、月が輪になって天に浮かんでいる状況など経験したこと無かった。
嶋森は内心で困惑しながらも日本の首相としての威厳を保とうとした。
「次に自衛隊、防衛省の方よりお話させていただきます。統合幕僚長の山下です。」
気づけば、マイクはがっちりした体格の年配の男へと移っていた。
「通信障害についてですが、
山下から公安委員会も共同での一言が付け加えられると、誰かがヤジを飛ばした。
「月がおかしくなったのも外国の攻撃だと言うのかね?」
「いえ、それは……」
口ごもる幕僚長を見かねて、防衛大臣が口を開く。
「総理、申し上げた通り自衛隊を動かしていますが防衛大臣の権限では限界があります。もし本当に他国の攻撃ならば防衛出動も視野に入ってくることになります。総理のご判断を伺いたい」
防衛大臣から発せられた防衛出動の一言に再び会議室がざわつく。
しかし、首相の嶋森は冷静に言葉を紡いでいく。
「まだ、どこぞが攻めてきたと決まったわけではない。月についても……。
とにかく分からないことが多すぎる。
防衛大臣、調査範囲の拡大を命じる。空海自衛隊から艦船や航空機を出して、周辺の情報を集めよ。警察、海保は警戒を厳重に。それから――」
嶋森がリーダーシップを取り、矢継ぎ早に指示を出し続けていく。
**********************
同時刻、航空自衛隊 宮古島分屯基地では警報が鳴り響いていた。
「与那国島から西の地点に飛行計画に無い未確認の飛行物体を確認! 至急、現場空域へ向かい対応せよ」
未確認機の接近をレーダーが捉え、
既に自衛隊でも通信障害の情報は周知されている。
近年、周辺国の軍用機による領空侵犯に悩まされてきた隊員達は通信障害、そして何より空の異変を受けて一層、殺気だっていた。
その中の1人、この航空隊の隊長でもある黒田1等空尉は戦闘機へと一番乗りし、すぐさま離陸した。
「こちら、
黒田がレーダーを見ると後方にいくつかの光点が映っている。確認するまでもなくいつものスクランブル発進と同じく後ろから追ってきた僚機が映っていると分かる。いつもと変わらないことに黒田は安堵した。
しかし、相変わらず空に異常が続いており、不安が込み上げてきた黒田は無線機のスイッチを入れた。
「こちら、
「こちら
部下の羽山の声が無線越しに聞えてきて黒田は少し気持ちが和らいだ。
「そうか……、まもなく現場に到着する。各員、気を引き締めよ!」
黒田は無線機を切ろうとした。
そのとき、レーダーが前方に何かを捉えた。
「レーダーに感あり!
レーダーの反応がかなり小さいことから未確認機がレーダーに映りにくい低空飛行していると黒田は推測した。
もし推測の通りなら挑発的な飛行をしているということであり、航空隊の全員にさらに緊張が走る。
「前方低空に飛行物体を目視! なっ!? なんだアレは!?」
黒田は驚いた。空には竜が飛んでいたからだ。
しかも竜の上には中世ヨーロッパの兵士のような甲冑を来た人間が乗っているようだった。
その者もこちらを驚いて見ていた。黒田は目が合った気がした。
自分がすべきことを忘れ、茫然としていた。
「隊長、竜が! 竜が飛んでいますよ……!」
仲間の声がして黒田はハッとする
茫然としていたのは僅か数秒だったか、それとももっとか。
黒田は慌てて自身の務めに戻る。努めて冷静に。
「こちらライトニング1より司令部へ。未確認機は竜型、人が乗っている。繰り返す、未確認機は竜型、人が乗っている! 対応指示を
司令部も奇妙な報告に困惑したのか、返答までに数秒を要した。
「えー……、こちら司令部。ライトニング1へ。ガンカメラで対象が正確に撮れているか確認せよ。その後、通常通り警告を行え。対象が従わず領空侵犯した場合、警告射撃を許可する」
了解と返事をし、黒田はガンカメラの映像を確認する。
カメラ越しでも確かに竜が映っていた。
「こちらは日本国航空自衛隊。これより先は我が国の領空である。こちらの指示に従い、ただち引き返されよ」
黒田はまず日本語で警告を加えた。
しかし竜とそこに乗る人に反応は見られない。
竜に乗った者は限界の低速で旋回しながら警告を続けるF35を見続けているようだった。
竜はゆったりと飛行しており、せいぜい時速60kmほどに見えた。
黒田にはそれが余りにも生物と人間に見えた。
人が竜に乗って空を飛ぶ。そんなことが有り得るのかと黒田は思った。
しかし、無線は実際に届いていないようだった。
人であれ何であれ、無線が聞えないならばと黒田は機外放送に切り替える。
そして続いて、英語で警告を行った。
「Th
黒田が言い終わらないうちに竜は西の方向、ユーラシア大陸があるはずの方向へと引き返していった。
「こちらライトニング1、対象は西の方向へ飛行して行った。映像も撮れている。これより帰投する」
基地へ戻る途中、仲間が無線越しに話しかけてきた。
「隊長、さっきのはなんだったんでしょうか」
「分からん、こちらの動揺を狙った新手の
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ニワント王国東部 アチット飛行監視所
サイア大陸の極東にあるこの王国では飛竜兵のパトロールから魔信でもたらされた異常な報告に大きな騒ぎになっていた。
「所長! オッズ所長!」
監視所の主任職員であるチリーは全力で所長室へと走っていく。
普段、書き仕事ばかりで体が鈍っており所長室までの僅かな距離で息があがっていた。
「なんだね、こんな時間に騒がしい」
所長のオッズが目をこすりながらベッドからふくよかな体を重そうに動かした。
チリーは息が整うのをたっぷり待ちながらさらにずれた眼鏡を直す。
「報告致します。本日深夜の定時パトロールにおきまして飛竜兵が東の方角から超高速で飛んでくる銀色の竜、数体と接触したとのことです」
「ん、ん……」
オッズは寝ぼけ眼に報告を聞いていた。
「しっかりしてください所長! 一大事ですぞ!」
「深夜のパトロールだ。大方、兵が寝ぼけていたのだろう」
「はぁ、それがパトロールに戻るよう指示しまして、帰ってきてから確認すると兵が
「ほう……、日本? 聞かん国だな。知っておるか?」
「いえ、私も初めて耳にしました。しかも東の地から来たというのも妙です」
ニワント王国の東には広大な海が広がっていた。はるか東に行くと極西の国へと繋がっているのは知れ渡っているがとても竜が飛び続けられる距離ではない。
「南方の島国が何らかの理由でニワントの東を飛んでいたか。もしかしたら南の大国ニューダリアの新型の竜かもしれん。何か良からぬ目的でここまで飛んできたのか……。仕方がない、王都に急ぎ魔信を飛ばせ」
「しょ…! 承知しました! パトロールの体制を強化致しますか?」
「……。いや、王都から指示あるまで通常どおり行え。わしは寝る」
もう一度、チリーは返事をしながら自分たちの危機感と所長の危機感の微妙な差を感じずにはいられなかった。
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