第1章 転移 『日は隠れ、月は輪となりて昇る』

第1話 異変のはじまり

 その日、内閣総理大臣 嶋森 明夫は官僚に電話で叩き起こされた。

「総理、深夜に申し訳ございません。非常事態につき、すぐに官邸にお越しください」


 深夜に叩き起こされたのはこれで何度目だろうか。総理大臣になってからはや1年、日本国民1億3000万人の命を預かるものとして一瞬たりとも休めない日々が続いている。


 足早で公邸から官邸へ向かう途中、部下達が話を大まかに説明する。しかし、いまひとつ要領を得ない。

 非常事態がどういったものか分からないまま嶋森は首相官邸に到着した。




 会議室へ入出すると各省庁の大臣、事務次官、自衛隊幹部、どこぞの教授まであらゆる政府関係者が集まっていた。

「総理、早くお席に!!」


 外務大臣の斎藤から催促されて嶋森はそそくさと席に座った。

 いつもはのほほんとしている外務大臣が急かしてくるなど、余程の緊急事態に違いないと思い、一度深呼吸をした。

 改めて外務大臣の顔を見ると驚くほど青ざめており、「余程の緊急事態だな」と再び思い直した。


 間を置かずして外務省事務次官が前に出て行き、話し始める。

「本日、午前2時ごろ。つまり現在より約1時間前より国外とのあらゆる連絡が一切取れなくなっております。各国大使館から外務省にその旨の問い合わせが多数寄せられました。 また、通信大手各社でも国際電話が一切繋がらなくなっております。各社とも原因は調査中とのことです。」


 続いて、気象庁の職員にマイクが渡された。職員が眠そうな声で喋り出す。

「えー、まず先ほどありました通信障害ですが、現在のところ原因と思われる自然現象の発生は見られません。 同じく午前2時より国立天文台が天体の大規模な異常を観測しています。」


「天体の異常?」

 会議室がざわつく。


「えー、具体的にですね、申し上げますと観測できる星の位置や特徴に異常が見られまして――」

 同じような説明が職員の口から繰り返され、誰かが痺れを切らして会議室のカーテンを開けた。


「な!?」

 夜空にはには輪の形をした月が浮かんでいた。

 それに東京の夜は、こんなに星が見えていただろうか?


 一気に会議室がちょっとした狂乱状態に陥る。

「月が……」

「どうなってんだ?」

「宇宙人でも来たんじゃないか?」





 西暦2022年、春のある夜。


 その日、日本は異世界に転移した。




 まだ誰もそのことを知らない。

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