第13話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その1)

 ──いつの頃からだったか、俺の頭の中に、あの悪魔が住み着いたのは。



 元々俺は、この大陸の中ほどにある小国の第一王子であったのだが、けして父王の跡継ぎというわけでなく、いわゆる『部屋住み』の穀潰しでしかなった。

 それというのも、第一王子と言っても母親が平民の出であったために、俺自身には後ろ盾になる重臣がほとんどおらず、自然と第二王子であるものの、母親が王国の重鎮である公爵家の出身である、腹違いの弟のほうが、早くから世継ぎとして決まっていたのだ。


 ──そして俺自身はというと、このある意味理不尽とも言える立場を、唯々諾々と受け容れていたのだ。


 なぜかって? おいおい、少しは常識というものをわきまえろよ。


 後ろ盾のない王族が、権謀術策渦巻く宮廷の中で、ほんのちょっぴりでも不満があるようなそぶりを見せてみろ? それはすぐさま、『現在の己の立場への不満足』=『王位への野望』=『反逆の意思』であると、拡大解釈されて、弟の派閥を始め各勢力から、嬉々として廃嫡即処刑にされてしまうだろう。

 それでなくても各勢力にとっては、目の上のたんこぶ以外の何物でもない、『後ろ盾のない第一王子』というやっかいな立場にあるからして、幼い頃から別に大した理由も無しに極日常的に、暗殺や陰謀を散々仕掛けられてきたのだ。用心深くなるのも道理である。


 だからこそ俺は、お定まりと言えばお定まりの、『道化うつけ』の振りをすることにしたのだ。


 そう決意したその日から、王子としての絶対の嗜みである、勉学や礼儀作法や武術の修練はすべて投げ出し、挙げ句の果てには王宮すらも抜け出して、一日中街中や野原で遊びほうけるといった、とても王族とは思えない、怠惰で乱れた生活を送るようにした。


 その際、徒党を組むことになったのは、俺同様に将来出世の見込みのない、下級貴族の四男坊や五男坊といった連中で、俺を含めた全員がとても王侯貴族の子弟とは思えない乱れた服装で街を練り歩き、チンピラまがいの行為にふけっていった。


 ──とはいえ、王族としての立場というものを度外視して、完全に羽目を外していたわけではなかった。


 王位への野心が無いことをアピールするのはいいのだが、それも度が過ぎると、今度は『王族の面汚し』として、それはそれで処分の対象となってしまいかねなかったのだ。

 幼い頃からの厳しい境遇からそんなことは百も承知の俺は、あたかも愚連隊であるかのようにまるっきり羽目を外したりしないことはもちろんのこと、あえて自分たちを『枷に嵌める』ことにした。

 それは国王である父が、哀れな息子に対してわずかに見せた『親心』の一環として、すでに退役したかつての大将軍を、俺の『後見人』的立場に配置してくれたことを、最大限に活用しようとするものだった。

 実は俺は、現在においても王国一の武人と呼び得る、この『じい』に師事し、猛訓練を受けていたのだ。

 宮廷での王族用の護身術中心の武術の授業には興味なかったが、あくまでも戦場での実戦を念頭に置いたじいの教えは、子供心にも男児として非常に魅力的であったので、俺はがむしゃらに地獄のような鍛錬を耐え抜き、いつしか王国軍の中においても、かなりの腕前となっていた。

 そんな浅からぬ縁もあったことだし、俺は仲間たちにも、じいの弟子になるように勧めたのだ。


 ──狙いは、俺たちがただふらふらと市中を徘徊しているチンピラ集団ではないことと、将来国軍に入隊するつもりがあることを、王国の上層部にアピールすることであった。


 王族が、軍に入ること。

 それも特に第一王子の身分の者であれば、将来的には大将軍どころか、その上の元帥や、場合によっては最高司令官の地位すらも約束されていると言っても、過言では無いだろう。

 これではまるで、俺が軍隊という王国随一の『暴力装置』を把握するようなもので、今から計画的に着々と王権奪取の力を付けているように見なされて、王宮上層部から危険視されるかというと、さにあらず。

 軍隊とはあくまでも、国王の手足であり、王自身にこそ、全軍の『統帥権』があるのであって、王子である俺が軍隊に入るということは、極論すれば、事実上王位継承権を放棄して、現国王の父やおそらくは第二王子が受け継ぐと思われる次代の王の指揮下に入るということであり、その絶対的上下関係は原則的に覆ることはなくなるのだ。

 ……それに将来俺を殺す必要が生じた場合においても、戦場において軍人を殺すのは、王宮内において王族を殺すよりも、何百倍も容易いことだから、そういった面でも、上層部の各勢力にとっては好都合であろう。

 また同時に俺は、折を見ては母上の実家にも、仲間を引き連れて寄りつくようになった。

『平民』といっても、まさか村娘とかいった、本当のド平民が、国王の最初の妻なんかになれるはずがなく、母上の父親──つまりは俺の祖父に当たる人物は、この王国どころか大陸全体においても、屈指の大商人であったのだ。

 確かに我が国は小国であり、国土や人口や兵力等は、周囲の国々に比べて遙かに劣っていたものの、大陸の東西の中間部に位置し、しかも南部は全面的に海に面していることから、自然と交通の要衝となり、陸路海路共に交易の中心地となり、国際的な商取引が盛んに行われており、王侯貴族よりも市井の商人のほうが持てる財力が上回るほどであった。

 権謀術策の渦である王宮の外に、こういった頼りがいのある拠り所を持てるのは、平民出身の強みと言えた。

 王族である俺自身は、将来商人になって祖父の店を継ぐなんてことはできないが、仲間のうちの腕っ節よりも頭が切れるタイプの者は、将来的にここで雇ってもらうのも十分利のある選択の一つであり、そういう希望がある者を中心にして、実の孫である俺も含めて、祖父やその部下たちから、『商人の何たるか』や『王国内外の経済事情』についての教えを受けることにした。

 元々祖父は、末っ子で一人娘だった母のことを溺愛していて、王の側室として王宮入りするのも猛反対していたところ、挙げ句の果てには母が第二王子の母親の手の者に暗殺されてしまってからは、国王や王国そのものに対する反感も強く、元々大陸各地に拠点があった商会の軸足を、他国に移す計画を密かに進めているほどであった。

 実はそれは、後で詳しく言及するが、この国の社会システムの時代錯誤さや、支配層の腐敗により、経済的発展が頭打ちになっていることも、大いに関与していた。

 ただし彼は、愛娘の一粒種であり、自身も王宮で不遇な立場にある、俺のことを常日頃から気にかけていて、何かにつけて経済面を中心に、惜しみない援助を与えてくれていた。

 このように俺と仲間たちが、王宮の外に活動拠点を移せば移すほど、上層部の俺に対する関心や干渉が目に見えて減っていき、俺は事実上、王位継承レースから脱落したものと見なされるようになった。


 ──それはむしろ、望むところであった。


 何せ俺自身、本当の本当に心の底から、狭い宮廷内で同じ王族同士で、文字通り血を血で洗う権力闘争をするくらいなら、広い空の下において、軍事や商業の面において力を蓄えて将来に備えるほうが、よほど有意義と思えたのだから。




 ──しかしその一方で、『外の世界』は、俺に『厳しい現実』をも、突き付けてきたのである。




 確かに我が王国は、大陸有数の交易国家として、経済的に十分潤っていた。


 ただし、その豊かさを享受できる者は、非常に限られていたのだ。


 王宮の所在する王都近辺や、地方の貴族領の中心地などは、見るからに豊かに栄えていた。


 だが、国境付近の周辺部の小村に一歩足を踏み入れてみれば、まるで同じ国内とは思えないほどに、食糧を始めとして物資は乏しく、人々の暮らしぶりも非常に貧しいものとなっていた。


 何でこんな格差が、それほど広くもない同じ国内に生じるかというと、それは何よりも各貴族領ごとにかけられた、『関税』のせいであった。


 確かにそれぞれの貴族には、自分の領地において関税をかける権力を有し、それこそが領地経営における大きな収入源となっているのは否めないが、昨今の領主どもは目先の利益ばかりを追い求めて、王国全体の経済状況や下々の者の暮らしぶりを気にかける者なぞ、ほとんど皆無の有り様であった。

 更には、中央地方を問わない『腐敗』ぶりが、全国的な経済低迷に拍車をかけていた。

 経済原則を無視して、お抱え商人にばかりに儲けさせていれば、当然王国の経済は不自然に偏重していき、富が広く行き渡ることが阻害されて、王侯貴族とその癒着商人ばかりが肥え太るという、歪んだ状況が促進されるのみであった。


 こんな有り様じゃあ、国際交易こそをメインにしている祖父の商会としては、我が国において商売を続ける魅力は乏しく、徐々に拠点を国外に移していこうとしているのも、無理はないと思われた。


 俺自身も当の祖父による経済講義や、仲間とともに武者修行として国内各地に赴いた際に、痛烈に思い知ることになった。


 大陸きっての大商人である、祖父のもとで経済学の猛特訓を受けている身としては、思うところが多々あった。

 しかし俺はその微妙な立場上、この国の政治面に、口出しすることははばかれた。

 余計なことを言って、王位レースに関心があるように誤解されてしまっては、これまでの努力が水の泡である。

 そのように俺が自分に無理やり言い聞かせるようにして、固く口を閉じていた、

 まさしく、そんななかであった。




『──本当に、いいのか?』




 ──⁉


 な、何だ、いきなり頭の中で、これまで聞いたことのない、男の声がしたぞ?


 ……そんな、馬鹿な、きっと気のせいか、幻聴の類いさ。




『──いいや、申し訳がないが、我は幻聴なんかではない』




 なっ⁉

「……げ、幻聴が、自分のことを、『幻聴じゃない』とか、言い始めたぞ⁉」

『だから幻聴ではないと、言うておろうが⁉ いつまでも現実逃避をするでない!』

 いつまでたっても消えるどころか、更にボルテージを上げていくばかりの、謎の男の声。

 もはや堪りかねて、俺は頭の中の声に対して、怒鳴り声を上げた。

「だったら、何なんだよ、一体⁉ いきなり人の頭の中でしゃべり始めたりして! 悪霊や魔物の類いだったら、さっさと出て行ってくれ!」


『残念ながら、我は悪霊や魔物なんかではない、この世界のモノとは少々種類が異なるが、ある意味「魔王」みたいなものだ』


「ま、魔王、だってえ⁉」


 あまりにも予想外のことを言われて、つい我を忘れて叫んでしまった俺を尻目に、その自称『魔王の声』は、いかにも意味深なる名乗りを上げた。




『──そう、我こそは、第六天の魔王、織田おだ信長のぶなが。そなた──すなわち、将来ミライの大陸南部の覇者、アレク=サンダース大王を、真の王道へと導くために、こことは別の世界から推参したのだ』

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