第14話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その2)

「……おまえが、『オダノブナガ』? こことは別の世界から来ただと? それに俺が、『将来ミライの大陸南部の覇者、アレク=サンダース』って」


 突然俺の頭の中でしゃべり始めた、謎の『声だけの存在』がついに名乗りを上げたところ、その内容のあまりの意味深長さ加減に、むしろますます混迷が深まるばかりであった。


『そうだ、これからはこの我が何かにつけ、適切なアドバイスをしてやるほどに、おまえは大船に乗ったつもりで、存分に覇道を邁進するが良いぞ』


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は確かに、サンダース王家の第一王子のアレクだが、大王の器なんかではなく、母親が庶民出身のために後ろ盾の一人もいない『冷や飯食い』で、おまえのような『オダノブナガ』だかただの幻聴だかわけのわからないモノが、少々手助けアシストしてくれたところで、俺一人で大陸南部を支配できるような、『大王』とやらなんかになれるもんか!」


『──おお、これは失敬。申すのが遅れたな、おまえはもう、一人なんかではないぞ? 何せ「別の世界から来た」のは、別に我一人だけではないからな。──さあ、後ろを見てみるがよい!』


 自称『オダノブナガ』の声に促されるままに、背後を振り返ってみると、

「──なっ、お、おまえら、何をやっているんだ⁉」




 何とそこには、常日頃俺と一緒につるんでいる貴族の放蕩息子たちが、十数名ほどずらりと、地面の上に正座しての平身低頭──いわゆる、『土下座』をしていたのだ。




 確かに俺は王家の第一王子で、彼らのほとんどは下級貴族の出身であるが、将来的に立身出世の見込みがまったく無いのは御同様で、一応俺が集団のリーダー的立場にあるとはいえ、これまで一度たりとて身分の上下なぞ意識したことは無く、少なくとも俺自身は、対等の『仲間同士』だと信じていた。


 だから目の前の、いかにも臣下が目上の者に対するかのような態度は、むしろ俺にとっては、『裏切り行為』以外の何物でもなかったのだ。


「おまえら! そんな馬鹿な真似はよせ! 顔を上げろ! 俺は別に、おまえたちの主君なんかじゃない! ただの仲間だ!」




「「「──いいえ、あなた様こそは、我らが主君たる、『織田信長様としての職業タマシイ』を受け継がれた、正式なる後継者であらせられるのです!」」」




 俺の心の底からの本音の叫びに対して、異口同音に返ってきた言の葉。


 ──冷や水を浴びたような、衝撃を受けた。


 そして、再び彼らがこうべを上げて見せた笑顔は、これまでまったく見たこともない、薄ら寒い『赤の他人のもの』であった。




「私の名前は『柴田勝家』、私はあなた様──『殿』の、最も古参の家臣ゆえに、存分に頼りになさってください」


「私の名前は『佐久間信盛』、私も柴田殿同様、殿のお父上の代からの、古参の家臣でございまする」


「私の名前は『丹羽長秀』、私もお二方同様、古参の家臣でございますが、いまだ若輩者ゆえに、これからも殿のご期待に適うように、一生懸命お仕えさせていただきます」


「私の名前は『村井貞勝』、殿の側近として、前世においては主に、京の将軍家や朝廷との折衝に当たっておりました。今世においても同様にお役に立ちたいかと存じますので、主に外部との折衝役として、存分にお引き回しのほどを」


「私の名前は『明智光秀』、私も皆様同様、誠心誠意お役目を果たす所存ですが、前世同様殿に隙あらば、謀反を起こすことすらも厭いませんので、前世以上に私を圧倒するまでに、ご活躍なされることを期待しております」


「私の名前は『細川藤孝』、私も明智殿同様、何よりも『智』に重きを置く者ゆえに、殿のなさりようが私の『美学』に反するようになり申せば、遠慮なく見限らせていただきますので、十分にご用心を」


「私の名前は『佐々成政』、私はお二方とは違い、何よりも『熱血主義』でございますので、殿が殿である限り、どこまでもお供いたしますゆえに、どうぞご安心召されよ」


「私の名前は『前田利家』、私はとにかく忠義と信頼こそに重きを置くゆえに、ひたすら実直に、織田軍団の一致団結を図って参りたいかと存じます」


「私の名前は『羽柴秀吉』、殿や他の武将がのが少々不満ですが、この戦国一と謳われた策略の才を、すべて殿に捧げますので、どうぞよしなに」


「私の名前は『滝川一益』、私も羽柴殿同様に新参者ですが、村井殿と同じく折衝役としての自信がありますので、存分にお使いください」




 次々とわけのわからない名乗りを上げていく、仲間たち。


 もはや返す言葉も無く、ただ呆然と立ちつくしていれば、再び頭の中で鳴り響く、『オダノブナガ』の声。


『どうだ、我の前世の家臣どもは? 頼りになるであろう』


「貴様、俺の仲間たちに、一体何をしやがった⁉」


なに、我と同様に、それぞれの精神に寄生しただけよ。──ただし、おまえの場合とは違って、家臣たちのほうは、完全に乗っ取ってしまっているのだがな』


「なっ、仲間たちの精神を、完全に乗っ取ってしまっただと⁉」


『ああ、心配はいらぬ。別に我々は「別の世界からの侵略者」なぞではなく、あくまでもおまえの覇道の手助けをするためにこそ、この世界へと精神体のみで転生してきておるのだ。それが証拠に、こうしておまえだけは、我に精神を完全に乗っ取られてはおらぬだろう?』


「同じようにわざわざ他の世界から来て、精神に寄生しているというのに、何で俺と仲間たちに、そんな違いを設ける必要があるんだよ⁉」


『あくまでも我々の目的は、おまえ自身を覇者とすることなのであって、もしも我がおまえの精神を完全に乗っ取ってしまえば、事実上おまえではなく我が覇者になってしまうので、それだと意味が無いのだよ』


「そもそもどうして、おまえら自身ではなく、俺を大陸南部の王にしようとしているのだ?」


『これがそういう、げえ…………じゃなかった、「遊戯」だからだよ』


「……遊戯、だと?」


 わざわざ多数の人間の精神を乗っ取って、他人を覇王することが、単なる遊戯だってえ?


『それに家臣たちのほうは、おまえと違って全面的に精神を乗っ取ったのは、おまえをアシストするためにそれぞれの才覚を存分に発揮させるには、別にこの世界での記憶や知識なぞ必要なく、我々の元いた「もと」の進んだ政治経済の手腕や軍略の才を、存分に発揮させるための配慮なのだよ』


「『ヒノモト』? それがおまえたちが、元々いた世界の名前なのか?」


『世界ではなく、国の名前なんだが、まあ、おまえにとっては、同じようなものだろう』


「ああ、どっちにしろ、同じことだ。いくらおまえらに何と言われようが、俺はこの国に対して、反乱を起こすつもりなぞ、毛頭ないからな」




『ふふふ、どこまでも頑固な奴よ。──良かろう、どうせおまえや我のような、世界にとっての「異端者」であり、それ故に「闘い続ける運命」を背負わされた者は、残念ながら時代のほうが見逃してはくれないのだから、おまえにはそのうちに、立ち上がらざるを得ない時が来るであろう。その際は存分に、我ら「織田一門」を頼るがいいぞ』

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