第12話、『妖女ちゃん♡戦記』ヴァレンタインデーの後始末。

「……お兄ちゃん、どうしたの? このところずっと、憂鬱なお顔ばっかりして」


 ここは、大陸中の人間どもが恐れおののく、魔王城の魔王専用の執務室。


 いまだ5歳にも満たない幼女である私は、最愛の人であり、この部屋のあるじでもある、お兄様の膝の上にちょこんと収まりながら、上目遣いでそう言った。




 ──そうなのである。

 一見ただの人間族の大学生や、下手したら浪人生にしか見えないものの、実はちゃんと身だしなみを整えれば、二十歳はたちそこそこの若さを誇り、中性的でどこか陰があって、世の女たちの母性本能を激しくくすぐる、超絶美青年である私の兄こそは、数万の魔族を束ねる、当代の魔王陛下であって、本来ならこの世に恐れるものなぞ、何も無いはずであった。

 それなのに、例のあらゆる意味で『絶望のヴァレンタインデー』が終わってから、この数日間というもの、ずっと何やら塞ぎ込んでおられたのだ。

「……ごめんね、まだ幼いヤミにまで、心配をかけたりして」

「ううん、そんなことないわ! 私たちは、この世で二人っきりの、兄と妹じゃない!」

「ふふ、ありがとう。そう、そうだね、僕なんかを相手にしてくれるのは、おまえのような妹か、マリエのような従妹くらいのものだよね」

「……お兄、ちゃん?」




「あ〜あ、結局今年も、僕にヴァレンタインデーのチョコレートをくれたのは、妹と従妹だけだったなあ。おかしいなあ、一応僕は当代の魔王なんだから、部下の女魔族の皆さんから、義理チョコぐらいもらえてもいいのにねえ。やっぱり魔導力のほとんど無い人間もどきのお飾り魔王なんて、部下からの信頼はまったく無いのかなあ」




 ──まずい。


 本来だったら、自分が女性にもてようがもてまいが、ほとんど気にするようなお兄様じゃないんだけど、やっぱり男としては、『ヴァレンタインデーのチョコ獲得実績、事実上ゼロ』には、堪えるものがあるんだわ!


 ……ううう、良心の呵責が!


 考えてみれば、たとえ妹や従妹とはいえ、私という超絶美幼女と、マリエという絶世の美少女から、ガチの『本命チョコ』をもらっているのだから、何を贅沢なことを言っているんだって話だけど、本人にはその自覚がないんだからしようがない。

 ここは、黒幕として、慰めて差し上げなくれは!


「そんなことはないわ! お兄ちゃんは類い稀なる『知謀系』の魔王として、この世界の歴史の開闢以来続いてきた、魔族と人間とのいがみ合いを、見事に解消するといった、大偉業を成し遂げたじゃない! 少なくとも私にとっては、誰よりもステキなお兄ちゃんよ!」


 私の魂からの本音の叫びに、一瞬きょとんとした顔になる、最愛のお兄様。

 しかしすぐに、どこか弱々しげではあったものの、ここ最近けしてみせたことの無かった、笑顔を見せてくれたのだ。


「あはは、ほんと、僕ってお兄ちゃん失格だな、妹のおまえにまで、余計な気を遣わせたりして。──でももう大丈夫、お陰で気が晴れたよ。さあ、仕事仕事!」


 そう言って、私を膝から降ろして、ようやく目の前の書類の山へと挑み始める、結構書類仕事も大変な、大組織のトップ様。


 そんな兄の姿を見ながらも、私は心を鬼にして、来年のヴァレンタインに備えての下準備を行うために、執務室を後にしたのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──ヤミ様は、横暴です!」


「「「そうだそうだ!!!」」」




 私が指定された、魔王城内の大会議室に入室するやいなや、そこに待ち構えていたあらゆる種族の女魔族たちが、開口一番、猛抗議をし始めた。


「いくら魔王陛下の実の妹君とはいえ、越権行為でしょうが⁉」


「ヴァレンタインデーに、魔王城を上げての持ち物検査をして、女魔族たちが持っていたチョコレートを、すべて没収してしまうなんて!」


「確かに私たちは、ほとんど全員、魔王様にお渡しするつもりで、持って参りました」


「たとえ魔導力がほとんど無かろうが、『知謀型の魔王』として冷酷無比であられようが、関係ありません!」


「これまでの歴代の魔王様の中で、あんなに下々の者にまで、親身に接してくださる魔王様が、かつておられたことか!」


「私たちだって、本当は魔王様が、自分の魔導力の無さにコンプレックスを持たれて、魔族である私たちを苦手にされているのを存じ上げております!」


「それでも、そんなことをおくびに出すことなく、私たちに接してくださっている魔王様のことを、慕わずにおられるわけがないでしょうが!」


「我々だって、たかがチョコレートの一枚や二枚で、魔王様のハートをつかめるなんて思っちゃおりません!」


「ただ日頃の感謝の気持ちを、形にしてお伝えしたいと思っているだけです!」


「それなのに、チョコを全部没収するどころか、ヴァレンタイン当日においては、女魔族が職務以外で魔王様に接するのを全面的に禁止するなんて、あんまりではないですか⁉」


「聞くところによると、魔王様自身も、『ヴァレンタインチョコ実質0個』の事実に、相当気落ちされているとのこと」




「「「せめてヴァレンタインデーみたいなお祭りの日ぐらいは、あくまでも上司と部下としての、ふれあいのチャンスを与えてください」」」




 そのように全員で声を合わせて言い放つや、一斉に私に向かって頭を下げる、魔王城内においても指折りの、強大な魔導力を有する、幹部クラスの魔族たち。

 しかし、本来ならたとえ魔王の実の妹であっても、けして敵に回してはならないはずの、超実力者たちに向かって、私は何ら躊躇無くきっぱりと告げた。




「──だからちゃんと与えているじゃない? 思い上がりも甚だしく、お兄様に色目を使おうとした、盛りのついたメス豚であるあなたたちに、この私自らくびり殺したりせずに、こうしてこれからも生き延びていくチャンスを」




「「「なっ⁉」」」


 そのあまりの言いように、ついに堪忍袋の緒が切れて、怒りのあまり顔をドス黒く染め上げた女魔族たちが、口々に食ってかかってくる。


「調子に乗るんじゃない!」


「少々人より魔導力が多く、しかも魔王様の実の妹だからって、図に乗りおって!」


「しょせんは薄汚ない人間の血を引いた、合いの子にすぎないくせに!」


「いくらおまえといえども、これだけの幹部クラスの上級魔族を、いっぺんに相手はできまい⁉」


「貴様こそ、今この場で、八つ裂きにしてくれようか!」


 牙をむき出しにした口にて言い終え、らんらんとぎらつく瞳でこちらを睨みつける、自称『幹部クラスの上級魔族』の皆さん。


 どうやらようやく、本気の殺気を見せてくれたようね。

 うふふ、可愛らしいこと。




「あらあ、皆さん、ごめんなさあい、お気に障られたかしらあ、悪気はなかったのですよお? だって私、皆さんには感謝しておりますもの。皆さんがこうして、『淑女同盟』だか何だかアホな団体を作ることで、お互いに牽制し合って抜け駆けを防止していることで、私のほうも助かっているのですからあ。──ところで皆さん、本日はまさにその『淑女同盟』の発案者でありリーダー格であられる、サキュバスさんと女アンデッドさんの姿が、見当たらないと思われません?」




「は?」

「た、確かに、この会合を開く直前まで、散々探し回ったものの、二人とも、どうしても見つけることができなかったが……」

「それが一体どうしたというのです?」




「いえね、中には皆様みたいな『淑女』ではおられずに、自分だけ抜け駆けしようとするクソビッチどももおられまして、密かにお兄様にチョコレートを渡そうと画策していたところを、全城内に完璧なる盗聴&盗視網を完備している私が察知して、凶行をやめさせようとしたところ、何と逆ギレして実力行使をもって私に襲いかかってきましたので、魔王の身内に対する反逆行為の現行犯として、『排除』してしまいましたの」




「は、排除って?」

「あの二人をですか⁉」

「──そんな! あの二人こそ、ここにいる女魔族たちが束にかかっても敵いはしない、超実力者なのに!」

「それをヤミ様が、お一人でですと⁉」




「ええ、私、穢らわしき人間とのハーフですので、二人とも完全に仕留めるのに30秒もかかってしまいましたけど、お疑いなら、お二人の死骸はこの城の裏門のほうに吊しておりますゆえに、後でご確認くださいませ♡ ──それでえ、改めてえ、皆さんにお聞きしたいことがあるのですがあ」




「「「は、はい! 何でしょうか⁉」」」




「……この中に他に、死にたい奴は、いるのか? いるのなら、今すぐ、名乗りを上げてみろ」




「「「いいえ、とんでもありません! 我々はこれにて、失礼させていただきます!!!」」」




 その全員による悲鳴のような叫び声とともに、一斉に脱兎のごとく大会議場を後にしていく女魔族たち。


 ──しかし、安心なぞ、しておられない。


 確かに今年のヴァレンタインデーは倒したが、来年再来年と、第二第三のヴァレンタインデーが、手をこまねいて待ち構えているのだ。


 けして気を緩めたりして、敗北を喫するわけにはいかなかった。




 ──そう。最愛のお兄様を私だけのものとするための、熾烈なる闘いの記録、『妖女ちゃん♡戦記』は、まだまだ始まったばかりなのである。

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