第10話、ヴァレンタインデー②桜花特攻隊の場合。
「──いいか、よく聞け、新米パイロットども! 貴様らはこの、我が帝国海軍の新兵器、『
「「「何でだよ⁉」」」
帝国海軍中尉である私こと、
「き、貴様らあ、上官に対して口答えするとは、何事か⁉ 銃殺にするぞ!」
軍隊においてはあるまじき行動に、私が至極当然の怒りを示せば、反省するどころか、更にヒートアップして食ってかかってくるパイロットたち。
「アホか、能なし中間管理職が! 上官とか軍隊とか言う以前に、たとえ戦争とはいえ、『自殺をしろ』なんていう頭の狂った命令なんて、絶対あり得ないんだよ⁉」
「例えば、すでに我が軍が太平洋戦域のあちこちで行っている、『玉砕』──つまりは、『絶望的状況において突撃せよ、ただし生還率1%未満』だったら、まだ話しはわかるんだがな!」
「たとえ無きに等しかろうが、生き残る希望がわずか寸毫のほどでもあれば、全員が
「うん、それだったらギリギリ、『軍人として正しい道』と言えるよな!」
「それをおまえ、『神風特攻隊』って、何だよ? 頭がおかしいのか?」
「爆弾と片道分の燃料だけを搭載して、自ら敵艦隊に自爆していくのを強要するなんて!」
「もはや軍人とか人間とか言う前に、生き物としての最も大切な『生存本能』すらも無視した、永遠に歴史の汚点となりかねない、究極の全人類的『恥さらし』じゃんか⁉」
「そんな『日本人としての面汚し』になるなんて、俺たちはごめんだね!」
「むしろそんな命令を下すほうが、真の意味で『非国民』じゃん!」
「そんなにやりたかったら、おまえら軍の上層部や、海軍航空機の製造メーカーのお偉いさんとかが、自分たちでやりな!」
「そうだそうだ! 大体この『神風特攻隊』の発想自体が、上層部の責任逃れなんだろうが⁉」
「帝国海軍にとって『最終決戦』として位置づけた、マリアナ沖海戦において、日本側は旧態依然とした巨砲巨艦主義の戦艦中心の編成で臨んだのに対して、完成されたレーダー網を擁した機動空母を中心とした新システム、いわゆる『輪形陣』で臨んだ米海軍に、一方的に大敗を喫し、一年がかりで新造した虎の子の航空母艦を一挙に四隻も失い、もはやそれ以降『艦隊戦』の実行が不可能になり、実はこれは何と『事実上の戦力としての海軍の消滅』をも意味しており、残っているのは何の役にも立たない高級軍人どもだけで、このままでは責任を取らされて詰め腹を切らなくてはならなくなるから、『軍艦が無ければ、航空機を使えばいいじゃない?』、『でも制空権は今や完全に米軍のものなんだよなあ……』、『だったら別に生還しなくてもいい、特攻隊をやらせようじゃないか!』、『これだったら陸軍も文句は言えないだろうから、海軍壊滅の責任を取らされずに済むぜ!』──てなもんだろうが⁉」
「自分たちの責任逃れのために、若者の命の犠牲にしようとするな、この老害どもが!」
「そんなことやるくらいなら、さっさと無条件降伏しろ!」
「噂のアメリカの新型爆弾を落とされるまで、わからないのか?」
「この事なかれ能なし公務員どもが、前途ある若者を無駄死にさせるくらいなら、おまえらが死ね!」
「俺たちは、まっぴらごめんだね!」
「別にこれは、イデオロギーとか、信仰心じゃないぜ?」
「ただ、
「そう、誰だって、死にたくないんだ!」
「国のためとか、愛する者のためとか、正義のためとか、きれい事を言われてもな!」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない──」
「「「そうだ、俺たちだって、けして、死にたくは、ないんだ!!!」」」
「それをおまえらは、無理やらせようとしているんだ!」
「自分たちの責任逃れのために!」
「薄汚い、役人根性のために!」
「上に媚びるために!」
「戦争が終わった後、軍需企業に天下りして、自分たちだけが甘い汁を吸うために!」
「「「そんなにやる必要も無い、戦争をやりたかったら、海の真ん中に広大な洋上都市でも造って、そこでお役人と癒着企業だけで移住して、『移民法』でも作って海外から安価な兵員を輸入して、勝手に闘ったり天下りしたりしていろ!!!」」」
言いたいだけ言った最後の最後に、渾身の大唱和をして、ようやく猛抗議の嵐を終える、新米パイロットたち。
……くっ、すべて、大正論じゃないか?
卑怯だぞ!
戦争末期の、完全に狂気に冒されている我が軍においては、正論で迫られれば、返す言葉なんて、あるはずないじゃないか⁉
──だから私は、『最終手段』を、取ることにした。
「……というわけで、『教団』の皆さん、お願いいたします」
「──な、何だ、おまえら?」
「……キリスト教の、神父?」
「何で敵性国家の、宗教団体の人間が、新型特攻機の秘密発進基地に?」
私の呼びかけを待ち構えていたかのように、瞬く間にパイロットたちの周囲を取り囲む、漆黒の聖衣の集団。
──そしてそれぞれ手にしていたのは、いかにも古めかしい、木製の短銃──いわゆる先込め式の銃身の長いピストルであった。
「……おい、本気で俺たちを、銃殺するつもりじゃないだろうな?」
「そ、そんなことしてみろ! この場で俺たちを殺そうが、こうして銃で脅すことで特攻を強制しようが、これ以降『特攻隊員は自ら志願して死んだ』という、お題目が通用しなくなるぞ⁉」
「中尉、馬鹿な真似はやめろ! この時期にこれだけ大勢の兵力をいたずらに殺せば、あんた自身が軍法会議にかけられるぞ⁉」
今頃になって、こちらのなりふり構わない『本気度』に気づいて、焦りまくりながらまくし立てるパイロットたち。
──しかし、もう遅い。
「……構わないので、やっちゃってください」
「「「なっ⁉」」」
私の予想外の思い切りのいい言葉に、驚愕のあまり虚を突かれて立ちつくすパイロットたちに向かって、一斉に短銃のトリガーが引かれる。
為す術もなく、バタバタと倒れ込む、いまだ少年の面差しも抜けきらぬ、兵士たち。
「……殺しては、いないだろうな?」
「──まさか、お約束通り、ショック弾頭で、一時的にお眠りいただいただけですよ?」
いつの間にか、私の傍らに立っていた、他と同じ漆黒の聖衣姿なれど、唯一何の武器を持たずいる、リーダー格の男。
軍上層部からのお達しでは、何でも現在の世界情勢にはまったく関与していない、特殊な宗教団体──その名も『聖レーン転生教団』において、首席司祭を務めているいるらしく、今回の『桜花初陣』に関して、我々を全面的にサポートしてくれることになっていた。
……現在のこの、世界中のほとんどの国々が、何らかの形で戦争に加担している状況において、完全に中立を守れる宗教組織なんて、本当にあり得るのか?
そんな疑心もあってか、司祭の縁なし眼鏡の奥の、いかにも温和な笑みをたたえた
「まあ、パイロットさんたちの気持ちも、よくわかるんですけどね。誰だって、こんなこれまでにない、ロケット推進の特攻機なんていう規格外の兵器に乗って、敵艦隊に突っ込めと言われたら、ためらうのも無理はありませんよ」
いまだ倒れ伏している、新兵どものほうを見下ろしながら、さも同情心たっぷりに宣う司祭殿。
「しかし、ご安心ください。初出陣に関しては、我々のほうで責任を持って行わせていただきます。先例さえできれば、後続のパイロットの方の抵抗も少なくなるでしょう」
「……ああ、まあな。帝国軍人として、他の者ができたことを、できないとは言えないからな。──それで、こいつらを眠らせたままにしておいて、どうやって初出陣とやらをやらせるんだ? まさか貴殿らが、代わりに特攻してくれるわけなのか?」
「ご冗談を、いくら聖職者とはいえ、
──っ。
この野郎!
我が帝国海軍の浮沈が、まさにこの新兵器にかかっているというのに、無駄なことだと⁉
「──でも、ご安心ください。この世には、いくらでも命を犠牲にしても、平気な方もおられるのですから♫」
「──‼」
何とその時、司祭の意味不明の言葉に合わせるようにして、倒れ伏していた新兵どもが、ふらりと立ち上がっていったのだ。
「──おおー、これって、桜花じゃん⁉」
「俺、実物見るのは、初めてだよ!」
「俺は前にも、イベントか何かで、見たことがあるぜ?」
「へへっ、あの『なろうの女神』の言っていたように、本当に戦時中の日本に
「おいおい、日本ではなくて、大日本帝国wだってば」
「わはは、何そのセンス、中二病のガキかよ⁉」
「『大』とか、『帝国』とか、付いている僕ちん、強いんだぞお〜ってか?」
「いやむしろ、『帝国』とか国名についていたら、完全に『負けフラグ』じゃん」
「実際、負けているしな?」
「「「ぎゃはははははははははっ!!!」」」
………………な、何だ?
こいつら、意識を取り戻したと思ったら、まったく別人のようになって、わけのわからないことばかり、ほざき始めやがって。
そのようなあまりに予想外な状況の急変にまったくついて行けず、呆然と立ちつくしていれば、新兵の一人が声をかけてきた。
「う〜ん? ひょっとしてあんたが、『俺ら』の指揮官かい?」
はあ? 何を今更、わかりきったことを……。
「ああ、いいいい、俺たちが何を言っているかはもちろん、そもそも、俺たちが何者で、どうしてあんたの部下の
「……部下の身体を、乗っ取った?」
「要は、今回の『桜花での出陣』を、実際に敢行して、『先例』をつくればいいんだろ? 任せとけ、俺はこの手のゲームでは、『特攻屋』で名が通っているんだ、桜花の操縦なんて、お手の物だよ」
「ゲーム? それに、特攻屋って……」
「──ようし、みんな、搭乗準備!」
「やった! いよいよかよ⁉」
「腕が鳴るぜ!」
「せいぜい、アメさんたちを、びっくり仰天させてやろうぜ!」
「しかも、俺たち自身が、自爆することでなw」
そう言って、すでに母機である、一式陸攻の下部に吊り下げられている、桜花のコクピットへ乗り込んでいく、新兵たち。
「──待て待て待て、一体何なんだ? おまえらのその、いきなりの変わりようは?」
もはやわけがわからず、例の『特攻屋』と名乗った新兵へと食ってかかれば、いかにも面倒くさそうに説明をし始める。
「……だからよう、たぶん理解できねえとは思うけど、俺たちって別の世界から、精神体だけやって来て、あんたの部下に乗り移っている
「よその世界って…………まさか、おまえら、スパイか何かか⁉」
「違う違う、別の世界と言っても、ここと同じ日本だよ──ただし、『未来の』だがな」
「へ? 未来、って……」
「ある意味俺たちは、この時代の人間をゲームのコマにして、特攻ゲームをやっているようなものだから、いくら自爆しようが、元の世界にいる自分の
「ゲーム? それに女神とか、死に戻りって?」
「おいおい、あんた完全に、小説あたりの『相づちキャラ』、そのまんまになっているぞ? だから言ったろう、あんたにゃ理解は無理だって。──とにかくさあ、俺たちが特攻するごとに、精神体のようなものである俺たち自身は平気だが、そのつど取り憑かれた兵隊さんのほうは、みんな死んでしまうからな?」
「……ああ、それは別に、構わないが?」
「おいおい、いいのかよ? 俺たちにとってはゲームのようなものとはいえ、この世界はあんたらにとっては、あくまでも現実で、あんたや部下の兵隊さんも、本当に生きている人間なんだろうが?」
「ふん、我が大日本帝国においては、それこそ兵隊なぞは、使い捨てのコマに過ぎん」
「おおっ、いいね、いいね、あんたらの軍の司令官は、俺たちの時代に生まれていたら、さぞかし凄腕のゲーマーになっていただろうよ」
「そ、そうか?」
……あれ、これって、褒められている、わけなのか?
「だけど、この国が、どうしても戦争に勝てないわけが、今わかったわ」
「──っ。な、何だと⁉」
「だってさあ、自分の国の兵隊や一般国民の命を、己の責任逃れのためだけに、使い捨てのコマ扱いにすることしかできずに、『敗戦に次ぐ敗戦』という現実から目を背け続けている、文字通りの現実逃避者で社会落伍者のゲーム脳の指導者しかいない国が、
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