第9話、ヴァレンタインデー①悪役令嬢の場合。

「──るんるんるんるんるん〜♫」


 その日、私こと、ヨシュモンド王国公爵令嬢、オードリー=ケースキーは、かつてないほど上機嫌だった。


 だって、明日は、待ちに待った、ヴァレンタインデー当日。


 それは、鼻歌も、出ようというものですわ♪


「……あ、鼻歌と言えば、鼻を忘れておりましたねえ」


 大切な『素材』の一つを思い出し、すでに液体化したチョコレートをなみなみと満載している大鍋(公爵家付きの魔女の私物)と、しばしの間にらめっこ。


「……う〜ん、すでに『血液』関係は、十分に入っておりますし、今年の分には、必要ないですかねえ。──それにしても、チョコレート作成期間と、私の毎月のアレの時期が、ちょうど重なって、今回はラッキーでしたわ♡」


 やはり愛しいヒットシー様には、私の『女の子としてのしるし』こそを、食べていただきたいですしね!


「……ああ、早く、明日にならないかしら。ヒットシー様がどんなお顔をなされて受け取られるか、今から楽しみですわ♡」


 そのように感慨深くつぶやきながら、毎年この時期短くしている髪を振り乱しながら、わたくしはまさしく魔女そのままに、大釜をかき回し続けたのであった。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──要らん、持って帰ってくれ」


 次の日、ヴァレンタインデー当日。


 ……ちなみにこの世界のヴァレンタインデーは、現代日本とは違って、2月11日ですので、お間違いなく。


 とにかく、ここは、わたくしが通っている、王侯貴族の子女御用達の王立魔法学園内に設けられている、上級貴族専用のサロン。


 放課後にて頃合い良しと、私が丹精込めて作ったお手製の本命チョコを、婚約者であるヨシュモンド王国第一王子の、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンド様──当年11歳ながら、飛び級で高等部に在籍なさっておられる、超天才ショタ美少年に、差し出したところ、何と思いも寄らないことにも、けんもほろろに拒絶されてしまったのだ。


「なぜです、なぜなのです? なぜ婚約者の私の本命チョコを、受け取ってはもらえないのですか⁉」


「──なぜもク○もあるか! 去年僕が君の手作りチョコを一口食べただけで、どんなに七転八倒の苦しみに見舞われたか、忘れたとは言わせないぞ⁉」


「……ああ、そうでしたね。去年は気合いを入れすぎたせいで、『わたくし成分』も余計に入れすぎてしまったんですっけ。──大丈夫ですよ、今年は例年通りのレベルに抑えておりますので」


「アレって、去年だけの話じゃなかったのかよ⁉ それに何、『わたくし成分』って?」


「もちろん、『わたくし成分』は、毎年欠かさず、混入しておりますよ? まず『月のモノ』を大さじいっぱい──」


「やめて! もう最初の成分から、スリーアウトチェンジじゃん⁉ 何君、第一王子を毒殺しようとでも思っているわけ?」


「毒ですって? 聞き捨てなりませんわね、これはあくまでも、『愛』なのです!」




「きっとその愛には、枕詞として、『狂気の』とか付くんだよね⁉ ──いや、もうたくさんだ! 君とは、だ!」




 ……え?




 コンヤク、カイショウ?




 ──ドクンッ!




 その時、私の心臓が、大きく鼓動を打った。




 それはまさしく、私の世界の終わりを告げる、崩壊の音であった。




 ……どこか遠くで、王子と、お付きの宮廷魔導師との、会話が聞こえる。


「い、いけません、王子! ケースキー公爵家の御令嬢に対して、『婚約解消』は、絶対に口にしてはならない、『禁忌の言葉NGワード』ですぞ!」


 ──ドクンッ。


「はあ? NGワードって……」


 ──ドクンッ。ドクンッ。


「ケースキー公爵家の直系の女子は、『婚約解消』という言葉がトリガーとなって、古き悪鬼の血が甦り、第二形態として、『悪役令嬢』にステータスアップしてしまうのです!」


 ──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


「何だよ、第二形態って、魔王かよ⁉」


 ──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


「魔王なぞといった、生やさしいものではございません! この世の災厄の具現たる、悪役令嬢です!」


 ──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


「……前から思っていたんだけど、この作品の作者って、悪役令嬢というものを、何か勘違いしているんじゃないのか?」


──ドックゥウウウウウウ──────────ンンンッッッ!!!


「ああっ、駄目だ、もう遅い! 完全に悪役令嬢化してしまわれた!」


「えっ、見た目は全然、変わっていないようだけど……」


『くくく、小僧、覚悟はいいか?』


「ほ、ほら、言葉遣いが、いかにも魔王みたいに!」


「……何その、安易なキャラ付け」


『正式に結婚するまで待とうと思っていたが、今この場で四肢の自由を奪い、お持ち帰りするとしよう』


「ああ、何と恐ろしい、魔王が本性を現しおった!」


「いや、魔王というよりも、単なる『ヤンデレ』じゃん」


『安心せい、貴様のことは大切にベッドに鎖で繋いで、すべての世話はこの我がしてやるからな!」


「くっ、この人でなしが!」


「だから、ただのヤンデレだろうが⁉ それよりもじいも宮廷魔導師なら、こいつを退治しろよ!」


『無駄だ無駄だ、第二形態となった我に敵う者なぞ、大陸中を探しても、一人たりとておらぬわ!』


「むう、悔しいが、その通りなのです」


「すごいな、悪役令嬢⁉ こいつがいれば、軍隊なんて要らないじゃないか!」


『その通り。元々我は『戦略魔術師』として、そなたの父である国王に認められて、そなたの婚約者に決まったのだからな』


「ええ、これは王家と公爵家との、古くからの約定なのです」


「かっこよく言っても駄目だからな! あのクソオヤジ、国のために僕を生け贄にするつもりだったんだな⁉」


『大丈夫、そなたは我が、必ず幸せにしてみせる!』


「──と、おっしゃってますけど?」


「ふざけるな! ヤンデレと幸せになると言うことは、男のほうが人生を捨てると言うことじゃないか! ──うわあ〜ん、、助けてえー! このままだと僕、悪役令嬢に、(いろいろな意味で)食べられちゃうよ!」


『……男爵令嬢だと?』


「そんなキャラ、いましたっけ?」


「──あらあら、オードリーさんたら、殿下をいじめては駄目ではありませんか? いまだ御年11歳であられるのですよ?」


「わーん、男爵令嬢、怖かったあ〜!」


「まあまあ、殿下ったら、そのようにいきなり抱きついてきたりして、まるで赤ちゃんみたい♡」


「えーんえーんえーん、スリスリスリ♡」


「あんっ、駄目ですよ、殿下ったら! そんなに、私の胸元に、頭を擦り付けてきたりしたら♡♡♡」


「えへへへへ♡」


『……ちょっと、待てくれ、アネット


「はい、何でしょうか、オードリーさん?」


『あなたは、魔法学の先生ですよね? 男爵とは?』


「……お恥ずかしいことに、わたくしアラサーのこの歳になるまで、良縁に恵まれませんで、一応今のところ、『令嬢』であり続けておりますの」


『確かに、オールドミス──げふんげふん、未婚の女性であれば、「令嬢」を名乗っても、おかしくはないが……』


「そうだ! 僕は君のような化物とは縁を切って、先生と結婚するんだ!」


『はあ? 年上好きは大いに奨励するが、それちょっと年上過ぎないか? もはや「おねショタ」の範疇ではないぞ?』


「構うものか! 先生は君みたいに、ヴァレンタインの本命チョコに、おかしなものを混入したりしないからな!」


「あっ、そうそう、殿下にチョコレートをお渡しようと思っていたのを、忘れていました! ──はい、これです! ……もちろん、本命ですよ? しかも、ただ一つの……キャッ♡」


「わーい、うれいしいなあ♡」


『何と先生のほうもまんざらで無さそうで、すっごく、「相思相愛」感をかもし出している、だと⁉』


「……これはもう、あきらめる他は、ありませんねえ」


『何を言うか、このへぼ魔導師めが! 我は悪役令嬢なるぞ! 男爵令嬢なぞに、後れを取るものか!』


「あ、そうそう、オードリーさんも、いつまでも『第二形態』でいては駄目ですよ、みんなに迷惑ですので、ちゃんと戻りなさい!」


「……あ、あれ? 何かわたくし、力が抜けてしまいましたわ⁉」


「実は、先生の男爵家は、代々『メインヒロイン』の力を受け継いでおられて、第一王子が『婚約破棄』を発動し、公爵令嬢が『悪役令嬢』と化した際には、それを鎮め、自分が後釜に座ることを成し得るのです」


「何その、御都合主義の後付け設定は⁉ ──そんなこと、けして認めるものですか! 来年には公爵家秘伝の媚薬をチョコレートに入れて、今度こそ王子を堕としてやる!」


「……いやだから、まず何よりも、チョコに混入物を入れることを、やめましょうよ?」

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