第8話、転生者殺人事件。(その6)

「ふふふ、どうやらすべては、あなたの計画通りに、行かれたようですねえ」


 いかにも多くの信者から人望のあるの聖職者らしく、穏やかな笑顔で近づいてくる、聖レーン転生教団帝都教会の首席司祭、ヘルベルト=バイハン氏。




 ──しかし、今の私には、その身にまとう漆黒の聖衣と併せて、どこか不気味に思われたのだ。




「……計画通り、とは?」

 司祭様が私のほんのすぐ目の前で歩を止めたのに合わせて、あたかも悪あがきのような台詞を述べてみた。

 ──しかし帰ってきたのは、予想通り、すべての核心を突くものであった。




「もちろん、今回の事件の最初から最後までのすべてを、希代の召喚術士であられる、あなたこそが仕組んでいたことですよ」




 ──っ。

 ……やはりすっかり、見破られていたわけか。

「あは、あはははは、一体何をおっしゃっているのやら。確かにまさに私は、この身に神様そのものを降ろして、その力を使えるようになるという、超絶なる異能を隠し持っておりましたが、『亡霊』なんかを操って、あのように一つの世界の中での『転生』を繰り返させるなどといった、異常な状況を作ることなぞ、できるわけがないではありませんか? そもそも司祭様もご存じの通り、私も一度はハンスに取り憑かれて、自分の自由意志を奪われたことがあるのですよ?」

 それでもこのように、前々から用意していた理路整然とした反駁を、一応試みてみた。

 ……まあ、どうせ無駄だと思うけどね。

「いや他ならぬあなたなら、おできなるでしょう、しかも簡単に。何せあれほど見事に、ご自分の身に、神を降ろすことができたのですからね。──後はそれを、応用すればいいだけの話なのです」

「……ほう、そうすると司祭様は、私が自分以外の方にも、神を降ろすことができるとでも? あのですねえ、東洋の巫女とは、あくまでも自分の身に、『神や精霊』の類いを宿すことこそを『役目』としていて、他人に『物の怪』の類いを取り憑かせるなんてのは、外法の呪術師や世俗の陰陽師あたりのやり口なんですよ?」


「──だから、それらは全部、だと申しているのですよ。あなた方に取り憑いていた『ハンスさんの亡霊』は、実は『自意識を持った霊魂』なんかじゃなかったのです。あくまでも彼の『生前の記憶や知識』のみが、他のギルメンの方のだけであって、実際に連続殺人事件を実行する際にも、あくまでも『ハンスさんの記憶や知識』を材料データにしつつも、それぞれご自分の脳みそで考えて行動なさっていたのです。では、『ハンスさんの記憶や知識』は一体どこからきたのか? それは現代日本でいうところの『ユング心理学』でお馴染みの、現代日本だけでなくこの世界を始めすべての異世界をも含む、文字通りのありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくるという、いわゆる『集合的無意識』と呼ばれる、全人類共通の超自我データベース的領域であって、これは元々あらゆる世界の全人類の深層意識において繋がり合っていると言われていますので、個々の人間がアクセスできてもおかしくはなく、歴史的発明や発見が行われる際の最後の『閃き』こそ、集合的無意識にアクセスできた時とも見なされており、別に非現実な超常現象ではないのです。ただし、それはまさに『閃き』なようなものであるからこそ、本来は普通の人間が意識的にアクセスできるものではなく、あくまでも偶然によるしかないはずなのですが、──何と、『神降ろしの巫女』であられるあなただったら、いつでも自由自在にアクセスし、どの世界のどのような存在の『記憶や知識』であろうとも、自分の脳みそにインストールすることができるのですよね?」


 ──くっ。

「……さすがは、『なろうの女神の使徒』、あらゆる異世界を司る、聖レーン教団の首席司祭殿、すべてはお見通しってわけですか」

「ふふふ、私が『使徒』なら、さしずめあなたは、『なろうの女神』様の、この世界における『代行者エージェント』のようなものではありませんか? 何せあなたは、神様をその身に降ろして、その力を行使することができるのです。つまりあなたは何と、我ら聖レーン転生教団の御本尊であられる、ありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生を司られている、『なろうの女神』様ですら、我が身に降ろし、その御業を行使することができるわけですが、『なろうの女神』様のお力とはすなわち、『転生に関わることのすべて』なのです。──そしてだからこそ、あなたは今回の奇怪極まる超常的事件の、すべてを仕組むことができたのですよ」

 ──‼

 まさか! 私が──『炎の女神の巫女姫』が、『なろうの女神』のこの世界における代行者エージェントであることすらも、見破っていたの⁉

 ……くっ、つまりは、最初から私を転生教団に囲い込むためにこそ、我々エーベルバッハギルドに接近してきたわけか!


「実は、異世界転生も、今回の『亡霊連続憑依』事件も、そしてあなたの『神降ろし』のわざも、すべて『自他を問わず強制的に集合的無意識にアクセスさせての、世界や時代すらも問わず『ある特定の存在じんぶつの記憶や知識』を、自分や他人の脳みそに刷り込むことによって、現実的に実現可能なんですからね。何と『異世界転生』も『神降ろし』も、実際に現代日本人や神様の『精神体』そのものが、世界や次元の境界線を越えて、この世界の人間に取り憑いているわけではなく、あくまでも彼らの『知識や記憶』のみを、集合的無意識を介してこの世界の人間の脳みそにインストールすることによって、あたかも現代日本人や神様になったようにして、その記憶や知識を活用することで、転生者なら現代日本の最新の技術や知識による『NAISEI』や『本好きの下克上的転生者による製本技術の発明』等を実現し、更にまさにあなたの行っている『神降ろし』については、元々あなたの身のうちに秘められている、神様レベルの莫大な魔導力を、それこそ集合的無意識にアクセスすることで得た神様の記憶や知識をガイドラインにして発現しているからこそ、まさに我が身に神を降ろしてその力をそのまま使っているように見えているわけです」


 うわっ、すごい! 実は異世界転生というものが、本当に世界を超えて現代日本人の魂がやって来て、『生まれ直している』わけでも、この世界の人間が『現代日本人としての前世に目覚めている』わけでもなく、単に、あくまでも全人類の集合知である集合的無意識にアクセスするという『現実的方法』によって、現代日本人の記憶と知識のみを己の脳みそにインストールして、実際にはこの世界の人間自身の脳みそでこそ、すべてを考えすべてを行動しているってことを明言したわけだけど、こんな異世界の片隅で、現代日本における異世界転生というものに対する認識を根底から覆してしまって、本当に大丈夫なの⁉


「そして何よりも肝心な、今回の事件についてですが、基本的には、これまで話してきたことと、まったく御同様なのです。最初から──そして最後まで、『ハンスの亡霊』なんて、どこにも存在していなかったのですよ。エーベルバッハギルドの方たちはただ単に、次々に集合的無意識に強制的にアクセスさせられて、そこに当然存在している、『過去に存在していた──つまりは人物の記憶と知識』をインストールされることによって、自分自身を『ハンス』であると錯覚していただけなのです。──そう、あくまでも『ハンス』であったのは『記憶と知識』のみであって、自分以外のギルメンを殺したのは、間違いなくそれぞれの人物自身の意志だったのですよ!」


「……ああ、まあね。今回の無限転生方式による、『亡霊の憑依』は、ある意味催眠術のようなものだし、他人を殺したり自殺したりといった自他の生命に関わることは、あくまでも自分自身の意志で行われることになりますからね」

 もはやすべてを見抜かれているのがわかっている今、ごまかそうとしても無駄だろうと、あっさりと認める、他称『すべての黒幕』の少女召喚術士であった。

「そこら辺は、あなたのつい先程の台詞にも、現れていましたよね。『まさかが、そんな人とは思わなかった』とか何とかいうやつ。つまり今回の同じギルドの仲間同士での連続殺人事件は、何もハンスさんの『復讐劇』なんかではなく、各ギルメンの意志によるものだったのですよ。……元々ギルド内に、殺意すらも含む愛憎関係があったのか、それとも、例の高位のモンスター討伐の報奨金を、独り占めしたかったのか、もはやすべては謎のままに終わってしまいましたがね?」

「あら、まだこの私が残っているではありませんか? このまま捕縛して教団に連行して、お得意の拷問でも何でもおやりになればよろしいのに」

「……何を白々しい、先程テオさんを殺害なさったのは、あくまでも正当防衛だし、それ以前もうまく『ハンス』さんが憑依する順番を仕組んで、自分が憑依状態の時に他者を殺したりしないようにしたくせに」

「あらら、そこまでお見通しでしたか、さすがは、転生の専門家プロフェッショナル、転生教団!」

「おだてても、何もでませんよ。……せめて自主的に、転生教団に加入してくださると、私が助かるのですが。まさに御本尊の『なろうの女神』様の代行者エージェントであられる、あなた様は、入団とともに大司教や枢機卿どころか、トップであられる教皇聖下と同等の、『聖女』として遇させていただく所存であります」

「うふふふふ、身に余る光栄ですけど、私は何よりも自由を愛しておりますので、小規模のギルド等ならともかく、全異世界級の宗教組織である聖レーン転生教団の象徴シンボルたる聖女様なぞ、とてもとても」

「……わかっておりますとも、どうせ今回の事件を仕組んだのも、個人的仕返しとか、お金目当てとかではなく、今回たまさかハンスさんがお亡くなりになったので、彼が甦ってきて復讐劇を始めたら面白いぞと、ご自分の他者の強制的な集合的無意識へのアクセス能力の、体のいい実験台になされたといったところでしょう?」

「ご名答、何せ『なろうの女神』様の代行者エージェントですので、何かと『仕組む』ことが大好きなもので♡」

「存じておりますとも、御本尊のくせに、何よりも陰謀をめぐらせることがお好きなものだから、我々『教団特務』の人間が、どれだけ尻拭いに苦労してきたものか」

「では、無罪放免ということですので、これにて失礼させていただきます」

「くれぐれもお気を付けてくださいね? あなたを利用しようと思っているのは、何も教団だけとは限りませんよ。いくら強大な力をお持ちとはいえ、あなたはまだほんの、年端のいかない女の子にすぎないのですから」

「心配ご無用。たとえドラゴンや悪鬼が襲ってきたとしても、集合的無意識を介して『殺意』や『戦意』を消去してしまいますので、私が何者かに気づかれることなぞ、絶対にあり得ませんから」

「……本当に、やっかいな方ですねえ。お願いですから、くれぐれも、我ら教団の敵には回らないでくださいね?」

「それはそちらの出方次第ですわ。──まあ、今回のことについては、見逃してもらえたことですし、一つ貸しとしておきますので、教団の上層部の方にも、よろしくお伝えください」

「それを聞いて安心いたしました、まさか手ぶらで帰ろうものなら、どんな叱責を受けたものか」

「ふふふ、本当に特務の方は大変ですねえ」


 そう言って、私は今度こそ、踵を返した。


 教団には本格的に目を付けられてしまったが、問題は無いだろう。


 何せ、今回の『実験』は、大成功だったのだ。


 本番は、むしろこれからである。


 今ようやく、すべては始まったばかりなのだ。




 ──だって、私にとっては、この世界そのものが、『遊戯盤』のようなものに過ぎないのだから♡

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