14.持たざる自分

 魔術の適性は専用の装置を用いて調べられる。

 大掛かりな魔道装置で、王国にも三台しか存在しない。

 装置には現存するあらゆる魔術の術式が記憶されており、触れた者に適応する術式を割り出す。

 王国に生まれた者で、魔術師を目指す者はかならず受ける検査だ。

 

 対して、魔剣の適性を調べる方法はシンプル。

 触れれば良い。

 剣に触れ、なんともなければ適性があるということ。

 なければ魔剣に拒絶され、触れた箇所に痛みが走るだろう。

 その痛みは鋭く、咄嗟に手を放してしまうほど。


「……」


 床に落ちた黒錠を見つめるハツネ。

 そんな彼女の表情を見せられている俺は、どんな顔をすればいいのだろう。

 これでハッキリしてしまった。

 彼女では、俺の魔剣は扱えない。


「残念だけど、ハツネは俺の剣を使えないね」

「……そう、みたいだね」

「ごめん」

「謝らないでよ! グレイス君が悪いわけじゃないから」


 それは、その通りなのだけど。

 悲しそうな彼女の顔を見てしまったら、罪悪感は残る。

 できれば、なんともなく使えてほしかったと思う。


「あのさグレイス君、今は無理でも慣れれば使える……とかないかな?」

「聞いたことないな。少なくとも痛みに耐えた所で、適応できなきゃただの剣だよ」

「そっか……そうだよね」


 そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

 魔剣の適性も術式と同じで、一度決まってしまえば変わらないんだ。

 身体に流れる魔力の性質が変わらない以上は。

 一応、それをなんとかする方法もある。

 あるのだが……提案するには覚悟が必要だ。

 俺にとっても、彼女にとっても。


「ハツネ」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


 少なくとも今の俺たちじゃ、その方法は使えそうにないな。

 やるべきじゃないと思う。

 出来ないことは一先ず置いて、今できることは何だろう?

 そう考えた時、浮かんだ選択肢があった。


「そんな顔するな。魔剣が使えなくても強くはなれる。そっちが普通で、正解なんだよ」

「でも……私、使える術式も少ないし」

「少なくてもあるじゃないか。俺には一つもなかった。だから魔剣に頼るしかなかったんだ」

「グレイス君?」


 この話をすると、どうしても声のトーンが下がるな。

 ハツネも声色の変化に気付いて、心配そうに俺に顔を向ける。

 俺は大丈夫と言うように笑顔を作って、続きを語る。


「俺はさ、強くなったと思う。自分でも自信がつく程度には強くなった……と思ってる」

「強いよ! グレイス君は強かった」

「ありがとう。でも、今の自分に……魔剣を使う自分に満足しているかって聞かれたら、はいとは答えられないんだ」

「え……?」


 彼女は不思議そうな顔をする。

 境遇は似ていても、やっぱりこの気持ちは俺にしかわからないよな。

 ほしかった才能が一つもなかった俺にしか。


「本当は俺だって、みんなのように魔術を使いたい。魔剣じゃなくて、自分の身体で魔術を使ってみたい。俺にはそれが出来ない。魔剣がなくちゃ一つも使えない。俺はそれでも魔術師を名乗る気でいるけど、少しも疑問を感じないわけじゃないんだ」


 魔剣がなければ魔術が使えない自分は、本当に魔術師なのだろうか?

 その問いの答えに俺は、ハッキリとは答えられない。

 だって、違うと言われたらその通りだから。

 常識だけで考えたら、そう指摘する奴のほうが正しいんだ。


「俺はそんな常識を覆したい。自信を持って魔術師を名乗るためには、世界に認めさせるしかないんだ。俺も魔術師なんだって! それしか道はなかった。だけど……」


 俺はハツネに視線を送る。 


「ハツネは違う。俺とは違って、ちゃんと持ってる。少なかろうと適性があるんだ。一つも使えない俺なんかよりずっと才能があると思う」

「……そう、なのかな?」

「ああ、あるよ。俺はどの術式にも適性がなくて、固有の術式ならって期待したけど、それも全部だめだった。たぶんそういうことなんだろう……でも君は適性のあった術式がある。それをヒントにして新しい術式を開発すれば、今より強くなれると思わない?」

「新しい……術式……」


 固有術式の開発は、全魔術師にとって一つの目標。 

 これまで世界に存在しなかった新しい術式を生み出すんだ。

 誰だって興奮するし、夢に見るだろう。

 

「幸いなことに、俺にはそっち方面の才能はあったらしくてさ。この数年で七つの固有術式を開発してるんだ」

「七つも!?」

「ああ。全部自分じゃ使えないけどね」


 自分で言っていておかしくなる。

 本当に滑稽な話だ。

 いくら新しきを生み出しても、それを自分じゃ使えないんだから。


「俺の魔剣は貸せないけど、知識と経験なら貸せるよ。だから、えっと、元気出して?」

「……どうして、私にそこまでしてくれるの?」

「え?」

「私なんてつい昨日会ったばかりだよ? それにもし学園に入ったら、魔術師を目指すライバルになるのに」


 あ、ああ……そういうことは考えていなかったな。

 ライバルか。

 確かにそうだ……そうだけど。


「あー、うーん……なんていうのかな? 境遇が似てるからもあるし……あとはやっぱり、魔術師になりたい理由が好きだったからかな」

「理由って」

「家族のためだろ? 俺は自分のことで精一杯で、それしか考えてなかった。ハツネみたいに誰かのために頑張れる人を、俺は凄いと思うんだ」

「グレイス君……」


 と、ここで自分が凄く恥ずかしいセリフを口にしたことに気付く。

 彼女を元気づけたくて正直に色々と話してしまった。

 遅れてきた羞恥に顔が赤くなる。

 今さら恥ずかしがっても手遅れだし、口にした言葉は聞かれたからなかったことにもできない。

 

 へ、変な奴だと思われてないかな?


「グレイス君」

「な、なに?」

「わ、私――」


 トントントン!


 彼女が何かを打ち明けようとした時。

 良いのか悪いのかわからないタイミングで、扉をたたく者が現れた。

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