13.魔剣の適性
朝、小鳥が鳴き、青空を飛ぶ。
眩しい日差しが窓から入り込んで、目覚めた時には八時を過ぎていた。
普段なら寝坊で、師匠に頭を叩かれていただろう。
「師匠がいなくて良かった……」
ぼやきながら起き上がって、服を着替える。
外用の服装ではなく、訓練用の服に。
着替え終わったら鍛冶場へ向かい、木剣を手に鍛錬を始める。
「一、ニ、三――」
素振り千回、その他筋力訓練項目。
毎朝欠かさず続けてきた日課を、ここでも続けて行こうと思う。
術式が使えない俺にとって、体術や剣術は己の強さに直結する技能だ。
一日でも鍛錬を怠れば、それだけで強さが綻ぶ。
強くあるために汗を流す。
案外、こういう地道な努力も嫌いじゃなかったみたいだ。
「九九八、九九九、千! ふぅ~」
「お疲れ様」
不意に背後から声が聞こえてビクッと反応し、後ろを振り向く。
そこにはハツネがニコニコと笑顔で立っていた。
「いつからいたんだ?」
「五百くらいから?」
「そんなに前からいたのか。気付かなかったな」
「集中してたもんね。だから邪魔しちゃ悪いなーって思って声かけなかったんだ」
気を遣ってくれていたのか。
それにしても、集中していたとはいえ二度も近づいてくる気配に気づけないなんて。
俺が抜けているのか、それとも彼女が気配を消すのに長けているのか。
出来れば後者であってほしいな。
そう思って木剣を降ろし、額から流れる汗を拭う。
「毎朝やってるの?」
「ん? ああ、魔剣も剣だからな。他の武器も使えるようにしてるよ」
「ふーん、そうなんだ……試験で使ってた魔剣、あれ凄かったよね」
「千変のことか?」
ハツネはうんと言って頷く。
千変、固有術式が付与されたオリジナルの魔剣の一つ。
彼女はあの戦いを振り返りながら語る。
「相手に合わせてどんな形にもなれて、いろんな能力に変化する。そんな魔剣……ううん、そんな術式聞いたことなかったよ」
「それはまぁ、俺のオリジナルだからな」
「凄いよグレイス君は……固有術式を作って、しかも魔剣に変えちゃうなんて。それに比べて……」
「ハツネ?」
ふいに悲しそうな表情で目を伏せる。
嫌なことでも思い出させたのかと思って、謝ろうと口が動く。
それよりも少し早く、彼女は俺に顔を振り向かせ、力強い目つきで懇願する。
「ねぇグレイス君! お願いがあるんだ!」
「俺に?」
「うん! 私にもグレイス君の魔剣を使わせてほしい!」
思いがけないお願い……でもなかった。
なんとなく、彼女ならそう言うんじゃないかと思ったりしていた。
限られた術式しか使えない彼女は、状況的に俺と似ている。
そんな彼女が魔術師を目指しているんだ。
中途半端な覚悟で王都にやってきたわけじゃないだろう。
「会ったばかりでこんなことお願いするのは失礼だって思う。でも、私も強くなりたい。強い魔術師になりたい。そのためには……今のままじゃ駄目なんだ」
「ハツネ……」
「もちろんお金は払うよ! 今は無理……だけど、必ず用意するから! た、足りないなら私を」
「違うよハツネ。そういうことは望んでない」
必死に懇願する彼女には落ち着いてもらおう。
お金とか、気持ちの問題じゃないんだ。
彼女はどうやら、魔剣のことを深くは知らないらしい。
「協力することは嫌じゃないよ。こうして出会ったのも縁だし、ハツネが頑張る理由も良いと思ったから」
「ほ、本当?」
「ああ。ただ問題はそこじゃないんだ。ハツネは魔剣にも適性があるって知ってる?」
「え、うん。使えない魔剣もあるってことは知ってるよ」
そう、魔剣は使用者を選ぶ。
術式と同様に適性があるんだ。
ただし魔剣と術式では、適性の意味合いが変わってくる。
「術式の適性は生まれ持った才能だ。俺たちは生まれた時点で、どの術式が使えるか決まっている。相性とかじゃなくて、そういうものなんだ」
だから、どれだけ努力しようと使える術式は変化しない。
俺が嫌ほど思い知らされた現実だ。
「対して魔剣の適性は、宿っている魔力の相性だ」
「魔力の相性?」
「ああ。魔剣と魔導具の違いは、剣そのものに作成者の魔力が宿っているかどうか。魔剣には、それを打った鍛冶師の魔力が宿っている」
魔剣を使う時、使用者は自身の魔力を流し込むことで、魔剣に宿った別の魔力と同調し、増幅させる。
それによって効果を高めて術式を発動する。
これが魔剣の使い方だ。
「魔力の同調、これができないと魔剣は使えない。で、これに関しても努力とかでどうこうできる問題じゃないんだ。修行しても魔力の性質は変わらないからな」
「えっと、じゃあつまりどういうこと?」
「つまり、俺の魔剣が一つでも使えなかったら、他の全部が使えないってこと。能力は違っても、全て俺の魔力が宿っているからな。試してみるか」
俺は腰に装備した黒い短剣、黒錠を抜く。
戦闘用ではないが、これも俺が作成した魔剣の一つ。
彼女が使えるのであれば、彼女用の魔剣を作ることだってできる。
「ど、どうすればいいの?」
「普通に握れば良い。適応がなければ、魔力が乱れて痛みを発する。握っていられない」
「……わかった」
彼女はごくりと息を飲む。
その音が聞こえるくらいには、緊張しているようだ。
恐る恐る、ゆっくりと手を伸ばす。
そして――
「っ!」
カラン。
音を立て、黒錠が床に落ちた。
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