15.汚れた招待状

 トントントン。

 続けて扉をノックする音が響く。

 鍛冶場は特に音が響きやすくて、嫌でも耳に入ってくる。


「グレイス君、誰か来たみたいだよ?」

「みたいだな。誰だ?」


 早朝のこんな時間に?

 ここはつい昨日まで空き家で、誰も住んでいなかったことは近隣の人たちも知っているはず。

 俺とハツネは昨日の夕方に入ったばかりだ。

 近隣への挨拶も、するなら今日にしとうと考えていたくらい。

 なんとなく怪しさを感じて、身構える。


「ハツネ、一応戦える準備をしておくんだ」

「え、どうして?」

「わからないから念のために。なにかあったら自分の身を護る準備だけはしておいてくれ」

「う、うん」


 用心に越したことはない。

 俺とハツネは警戒をしたまま玄関に足を運んだ。

 その間も何度かノック音が聞こえてくる。

 無理やり入ってくる様子はないから、一先ず開けていきなり襲われる、ということはないと予想して。

 俺は玄関の扉を開けた。


「おはようございます」


 そこにいたのは、黒いスーツに身を包んだ男性だった。

 一人が扉の前に、二人がその後ろに立っている。


「このような早朝に失礼いたします。貴方がグレイス様でよろしいでしょうか?」

「はい。そちらは?」

「私たちはサイネル家に仕える使用人でございます」

「サイネル家?」


 数秒、沈黙を挟む。

 俺は頭の中で聞こえた言葉を検索した。

 その結果――


「……誰だっけ?」

「えぇ!?」


 普通に出てこなかった。

 ハツネが驚いて俺の服を掴んでくる。


「覚えてないの? 昨日戦った貴族の男の人! サイネル家って名乗ってたよ!」

「ん? ああ! そういえばそうだったな。もう終わったことだからすっかり忘れてたよ」

「う、嘘でしょ……」

「あはははは、昔から覚えてる必要がない記憶ってすっぱり忘れるんだよ。魔術のこととか、大事に思ったことは忘れないんだけどな」


 自分の中で完結したこと。

 どうでも良いと思ったことは忘れがちだ。

 昨日の戦いは盛り上がったけど、もう終わったことだし別に忘れても支障はなかったから。


「ごほんっ! よろしいですか?」

「あ、はい。で、サイネル家の人が何の用です?」

「はい。私ども主から、こちらをお預かりしております」


 そう言って使用人の男性は、懐から封筒を取り出す。

 封筒にはサイネル家の紋章らしきものが描かれていた。


「どうぞお受け取り下さい」

「これは?」

「招待状でございます」

「招待状?」


 封筒に視線を落とす。

 見た所、ただの封筒みたいだ。

 不自然な見た目はしていないし、魔力も感じない。

 受け取って読む分には害もなさそうだ。

 そう判断した俺は、封筒を使用人から受け取った。

 すると、受け取りを確認した使用人たちはそそくさと立ち去ってしまう。

 

「な、何だったのかな?」

「さぁね。招待状……か」


 あまり良い予感はしないな。

 

 俺たちは部屋へと戻り、封筒の中身を確認することにした。

 テーブルで向かい合い、椅子に腰かけ封筒を開ける。

 中には紙が一枚だけ入っていた。

 長々と前書きがかかれて、読むのも面倒になる長さだったが、要約すると……


「今夜、サイネル家の屋敷に一人で来てほしい、ってことかな」

「それって、絶対怪しいよ!」

「だな。俺もそう思う」


 忘れておいてなんだけど、差出人は俺に負けた貴族の家の当主。

 確かネハンという名前のだったか、あいつの父親だ。

 普通に考えて、友好的な関係を築けるとは思えない。

 十中八九、何かある。


「面倒だな……やり過ぎなければ良かった」

「貴族の目を付けられちゃったの? あ、でもグレイス君も貴族……だよね?」

「俺の家は当てにならないよ。勝手に出て来た身だし、とっくに勘当されててもおかしくない」


 仮に籍が残ってたって、あの人たちが俺の味方をするか?

 あり得ないだろ。


「じゃあどうし……あ、そっか! 招待状なんだし、無視していかなければいいんだよ」

「それは……いや、行ったほうが良いかな」

「え、どうして? 何されるかわからないよ?」

「そうだな。だけどここで無視したら、もっと何されるかわからない。貴族っていうのは何でもありだ。金で暗殺者を雇ったり、罪人にしたてあげたり……やろうと思えば出来ちゃうわけ」

「そ、そんな……」


 ハツネは焦りを見せながら考え込んでしまう。

 別に、彼女が標的じゃないんだし、そこまで考え込む必要もないのに。

 俺のために悩んでくれているのだとしたら、ちょっと嬉しいな。

 心配してもらえるだけ幸せだよ。


「まっ、なんとかしてくるよ」

「なんとかって、そんな軽い感じで……大丈夫なの?」

「大丈夫だ。遺恨を残したままだと後々面倒だし、今夜話し合ってくるよ」

「話し合いに……なるのかな?」


 心配そうに俺を見つめる。

 それはどうだろう?

 実際に行ってみないとわからない。

 俺は使用人たちと話した玄関の方へ視線を向ける。


「その時は……その時だ」

「グレイス君」

「大丈夫、俺はこんな所で躓いていられないんだ」


 目指す場所は未だ遠い。

 ようやくスタートラインに立てそうなんだ。

 この程度の窮地、容易く乗り越えてこそだろう。


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