11.試験終わりに

「がっ、は……」


 ドサッと音を立て、ネハンは地面に倒れ込む。

 顔面に打ち込んだ重い一発の衝撃で脳が揺れ、意識を失ったようだ。


「ふぅ、しまったな。ちょっとムカついて強く殴り過ぎた」

「嘘だろ……」

「ネハン様が負けるなんて」

「ありえない。落ちこぼれが名門貴族に勝つなんて……こ、このインチキが!」


 取り巻きの三人がそれぞれに魔術を展開する。

 一人は炎、一人は水、最後の一人は風の魔術を発動した。

 全員がバラバラで、威力も互いに邪魔し合ってお粗末。


「誰がインチキだ」


 俺は千変を大きな扇子に変化させ、大きく煽る。

 吹き荒れる突風によって彼らの攻撃はかき消え、そのまま彼らも吹き飛ばされる。


「「「ぐああっ!」」」

「ついでに言うなら遅すぎる。攻撃もそうだけど、今さら動いたって手遅れだ」


 ドサドサドサっと、三人が串に刺さった団子のように重なり地に伏す。

 吹き飛ばされた衝撃と宙を舞った感覚に酔って、上手く身体が動かせない様子だ。

 この程度でやられる時点で勝負は見えている。

 さっきの攻撃もやけくそだった。

 大方、ネハン一人で倒せると思っていたから、自分たちが戦うことなんて考えなかったのだろう。


「最初から四人でまとめてかかって来ればよかったんだ。せめてあいつが苦戦してるとわかった時点で手を出すべきだった。機を逃したな」


 説教みたいな会話も、彼らには聞こえていなかった。

 よく見るとすでに三人とも意識を失ってしまっていたようだ。

 今の程度で意識を失うのか。

 情けないなと呆れて、俺は小さくため息をこぼす。


「戻れ、千変」


 扇子状に変化していた千変を軽く振ると、原型であるただの剣へと戻す。

 周囲に他の人間、魔物の気配はない。

 一先ずこれで安全だ。


「グレイス君!」


 一呼吸おいて、ハツネが俺の元へ駆け寄ってきた。

 俺は黒錠で開けた空間に千変を収納し、彼女の方へと歩み寄る。


「待たせて悪かった」

「ううん! 凄かった! とっても凄かったよ!」


 ハツネは目をキラキラと輝かせながら俺に顔を近づける。

 興奮と歓喜が交じり合い、表情もニヤけているように見える。


「あんな戦い方見たことないし! 魔剣の力にもビックリしちゃったよ!」

「あはははっ、そう言って貰えると嬉しいよ。今日まで頑張ってきたかいがある」

「さっきの魔剣ってグレイス君が作ったの?」

「ん? ああ、そうだよ。俺はこう見えて鍛冶スキルを持っているんだ。少し前に話した師匠って言うのも、鍛冶の師匠なんだ」


 俺が説明を始めると、ハツネが興味津々な顔で次の言葉を待っている。

 そんなに期待されると、俺も話したくなる。

 

 と、思った所で会場に大きな鐘の音が響いた。


「あ、この音って」

「規定人数まで残り僅かを知らせる鐘だ」


 残りが三割になったところで実技試験は終了となる。

 まだ開始から一時間も経過していないというのに、もう半数以上が脱落したのか?

 思った以上に苛烈な試験だったようだ。


「話は終わってからにしよう。今は試験中だしね」

「うん! 私も頑張らないと」


 気合を入れるハツネと一緒に、次なる戦いを見据える。

 その後は特に目立ったイザコザもなく、他の受験者と鉢合わせることもなかった。

 平和、という表現は不適切だが、弱い魔物を次々倒して行くだけ。

 ほとんど作業のような戦闘を繰り返し、鐘の音からニ十分後。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 二度目の鐘が鳴り響いた。


「終わったみたいだな」

「うん!」


 これにて試験終了。

 午前午後の全工程を終えて、最後に残った受験者たちに案内が配られた。

 ペラペラの紙切れに書かれていたのは、合格発表の日取りと場所。

 今日から二週間後の正午に、学園の掲示板に結果が張り出されるそうだ。


「二週間後か。意外と長いんだな」

「グレイス君はどうするの? ブロッケンに戻る?」

「……いや、王都に残るよ。どうせ受かってるだろうし」

「す、凄い自信だね」


 ちょっとハツネは引き気味だ。

 調子に乗っていると思われてしまったか?


「自信も何も、あれだけ倒して最後まで残ったんだ。これで合格してなかったら不自然じゃないか?」

「そ、それもそうかな。グレイス君の活躍は凄かったもんね」

「ハツネだってバンバン魔物を倒してただろ? 俺たちが落ちることはない! どっちみち合格したら王都に住むことになるんだ。先に支度だけしておきたいだろ?」

「ふふっ、前向きだね。そういう所良いと思う」


 ハツネがニコッと微笑みながらそう言ってくれた。

 なんだか恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。

 今日は褒められてばかりだな。

 昔の俺からしたら信じられない一日だよ。

 

「さて、そういうわけで俺は王都に残るけど、ハツネはどうするんだ?」

「私も残るつもりだよ。家は遠いし、一度戻るとしても発表があってからかな」

「だよな。ってことは宿でも探すのか」

「あ、うーん……私その、お金がないから……」


 むにゅむにゅと言い辛そうに口を紡ぐ。

 魔術師になりたい動機も聞いていたし、貧乏だとは知っていたが……

 話を聞く限り、どうやら旅費でほとんどお金を使ってしまって、ほぼ持っていないそうだ。


「え? じゃあ野宿するつもりだったのか?」

「あははははっ……うん」

「駄目だろそんなの! 女の子が二週間も野宿なんて、何かあったらどうするんだ?」

「そ、それはそうなんだけど……」


 お金がないから仕方がない。

 ハツネはそう言ってしょぼんと落ち込んでしまう。

 俺は路地での出来事を思い出していた。

 あの時も悪い男たちに絡まれて、結果的には俺が助けた形になっていたし、ハツネなら大丈夫だっただろうけど。

 寝込みを襲われたりしたら……


「ハツネがもしよければ、俺の所に来ない?」

「え?」


 俺に提案に、ハツネはキョトンと首を傾げる。


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