9.自由の象徴

「ハツネ、悪いんだけどこいつの相手、俺に任せてくれないか?」

「え、でも相手は五人だよ?」

「わかってる。それを含めても丁度良いんだ。俺が魔術師として踏み出す一歩目には……だから頼む」

「グレイス君……」


 街のごろつきを追い払って剣術の自信はついた。

 仮想の魔物を倒して、魔剣の効果は再確認できた。

 どちらも努力の一端に過ぎない。

 俺が魔術師を名乗るなら、魔術師と対等以上に渡り合えないと話にならない。

 そのための相手としては、不本意ながらベストだ。


「……勝てるの?」

「必ず勝つ」

「そっか。じゃあ見てるよ。その代わり、絶対に負けないでね?」

「ああ! 田舎者と馬鹿にされた分もあるからな」


 馬鹿にされたことには多少なり腹が立ってるんだ。

 彼女の魔術師になりたい理由を知っているからかな。

 

「ふ、ふふふ……」

「ん?」

「ふふ、ふはははははははははははっ」


 豪快に、下劣に笑う。

 声が森中に響き渡って、やまびこのように返ってきそうだ。

 他の四人は彼の取り巻きなのだろう。

 身分的に彼より低い貴族だから従っていて、合わせるように彼らも笑う。


「何がおかしい?」

「笑うだろこんなの! 術式一つも使えない君が魔術師? 馬鹿を言っちゃーいけないよ。魔術は自由、故に魔術師も自由! 制限だらけの君が名乗れる存在じゃないんだよ!」

「だから認めさせてやるんだ。お前たちに、世界に!」

「ふっ、どうやら頭がおかしくなっているようだね? 仕方がない……だったら僕自ら引導を渡してあげよう!」


 彼は両腕を開き、自らを大きく見せるように胸を張る。

 自信たっぷりな表情で、俺たちを見下しながら。


「僕はサイネル家の次期当主ネハン・サイネルだ! 王国貴族の一人として、魔術師の名家として君の間違いを正してやるよ!」

「サイネル家か。確かに……名門だな。予想以上にピッタリだよ、俺の相手に」

「名を聞いても不遜な態度は変わらないか。ふんっ、どうやら魂まで落ちてしまったようだね。才能がないというのは辛いようだ」

「さてと、相手も相手だし、ここは一振り使っておくかな」

 

 俺はネハンの言葉を無視して、両手の剣を地面に刺し手放す。

 そのまま左手を腰の後ろに装備した黒い短剣へと伸ばし、鞘から引く抜く。

 黒い短剣の名前は『黒錠こくじょう』。

 空を斬ることでことで空間が裂かれ、黒い穴が空く。


「な、なんだそれは?」

「これはただの鍵だよ」

「鍵……だと?」

「そうだ。俺がもつ魔剣の総数は百を超えていてね。両手で抱えるにしても多すぎるから、こうして異空間に収納しているんだ。特に内七本は強力すぎて、俺でも扱いに困る」


 開いた穴に手を入れ、ごそごそと中身を漁る。

 

「どれがいいかな。せっかくの機会だし派手に……いや無難なほうがいいか? それともビックリする感じか」

「……おい」

「うーん、初陣だし迷うな」

「僕をいつまでも待たせるな!」


 痺れを切らしたネハンが眉をぴくつかせ、豪快に腕を振るう。

 前方に展開された術式から放たれる業火。

 怒りも乗っている所為か、先ほどよりも数段威力が高いように見える。


「よし! こいつにしよう」


 迫る業火に一振り。

 水しぶきが舞い、猛々しい炎はかき消される。

 

「業火をかき消した!? 水属性の術式を付与された剣か!」

「さて、どうかな」


 黄金の柄に刃は青く光る。

 水の壁を生み出した効果と見た目だけなら、彼の言葉は当たっている。

 

「ふっ、確かにさっきの水陣より威力は高いみたいだね? だが所詮は一つの術式しか使えない魔剣! 水属性とわかれば対処は簡単だ!」


 ネハンは右手を前にかざす。

 俺も魔剣を右手に構え、相手の攻撃を待つ。


「水なら凍らせてしまえば良い! ――【氷浪ひょうろう】」


 放たれるは氷の波。

 地面に沿って前方に、氷が高波のように押し寄せる。

 

「さぁ水の壁で防いでごらん! そのまま一緒に凍らせてあげよう!」

「いいや? 氷には炎だろ?」


 魔剣を一振り。

 今度は水ではなく炎を放ち、猛々しく燃え上がり、氷の波を溶かす。

 炎の壁は天に昇る勢いで、周りの木々にも引火する。


「なっ、炎だと?」

「見た通りだよ」


 彼は俺が右手に持つ剣に視線を向ける。

 柄は同じでも、刃が赤く染まっていることに気付いたか。


「いつの間に持ち替えたんだ?」

「さぁね?」

「グレイス君、今のって」


 近くで見ていた分、ハツネは気づいたようだ。

 俺はしーっと指で口を示して合図をする。

 まだネハンは気づいていない様子だし、もう少し驚かせよう。


「持ち替えの速度には驚いたが、やはり所詮一つしか使えないだろ! だったら次は、持ち変える暇など与えない!」

「違うな。今度はこっちの番だ」


 魔剣を両手で握り、豪快に振り下ろす。

 否、この時点ですでに、剣という形状は捨てていた。

 俺が持っていたのは剣ではなく、スレッジハンマーになっている。

 地面を叩き割り、地響きと地割れがネハンの足元まで襲う。


「くっ、な、何だこれは!」

「お前は言ったよな? 魔術とは自由だと。俺もそう思う」

「なっ! いつの間に」


 懐に入り込んだ俺に驚き、ネハンは大袈裟に後退する。

 距離をとって攻撃に転じようとした素振りを見せたので、それより早く弓で矢を射る。

 ただの矢じゃない。

 雷を纏った矢を。

 咄嗟にネハンはしゃがみ込み、間一髪で矢を躱す。


「ば、馬鹿な! 一体どこから、どうやって取り出している!」

「取り出してないよ」

「は?」

「魔術は自由、それを体現しているだけだ。この魔剣が……と言っても、このままじゃわからないよね?」


 どこからどう見ても弓だし、魔剣には見えないか。

 そろそろ種明かしをしよう。


「これが答えだ」

「何を言って――」

剣威召覧けんいしょうらん――【千変せんぺん】」


 弓の形をしていたそれは、ガラスが割れ飛び散るような音を立て崩れる。

 砕けた欠片が一つに集まり、また新しい形へと変化する。

 否、これこそが【千変】の原型。

 なんの変哲もない、ただの剣の一振りだ。


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