8.落ちこぼれの再起

 試験会場は魔導具で作られた疑似空間。

 その広さはざっと王都全域と同じ。

 生成され放たれた魔物はざっと五万と説明された。

 受験者の数を考えれば妥当だし、該当の魔物は比較的弱い個体ばかりで、そこまで苦戦する相手じゃない。


「右から三、左から二匹くるぞ! 俺が右でいいか?」

「うん! じゃあ私は左だね」


 共同戦線を張っている俺とハツネ。

 森のエリアで木々に囲まれながら、左右に蠢く気配を感じ取り臨戦態勢をとる。

 ほぼ同時に五匹のウルフが姿を現した。

 俺は腰の剣を抜き、近寄られる前に先制する。


「――【烈火れっか】」


 魔剣の切っ先を一匹に向け、術式名を発したことで効果が発動。

 術式の円陣が展開され、そこから放たれる火球がウルフの一匹を燃やす。

 残る二匹は近接で対応。

 左から斬りかかり、喉を斬り裂いてから反転。

 噛みつこうとするウルフの顎を蹴り飛ばし、喉を突き刺す。


「よし」


 この程度なら問題ない。

 彼女の方は――


 ハツネも剣を抜いていた。

 俺とは違いただの剣を右手にもち、左手を構える。


「【狐火きつねび】」


 展開した術式から生成される手のひらサイズの火球。

 大きさは烈火に劣るが、数は七発と多い。

 それらを自在に操り、離れたウルフに攻撃を加える。

 素早いウルフも七発も打てば数発は当たる。

 被弾したウルフの身体は燃えダメージを与えた。

 しかし威力が劣るため倒すまでは至らない。

 そこへすかさず駆け出し、剣で二匹の首を跳ね飛ばす。


「良い動きだな」


 狙いに迷いがない。

 相当訓練を積んできたのがわかる動きだった。


「これなら助けなくても良かったな?」

「え? 何か言った?」

「なんでも。良い動きだったなって思っただけだよ」

「本当? ありがとう!」


 嬉しそうにそう言って、彼女は剣を鞘に納める。


「剣も使うんだね。飾りかと思ってたよ」

「うん。私、術式の適性が悪くて三つしか使えないんだ」

「え、そうなのか?」

「うん。今見せた炎の術式と、光、あと回復だけ」


 ハツネは指折り数えながら教えてくれた。

 たった三つの術式しか使えない?

 まるで俺と……いや、俺よりはマシなのか。

 それでも十分なハンデだ。


「少ないでしょ? だからいろんな武器を付けるように練習したんだ。ちょっとでも手数を増やせるように!」

「……そこまで同じか」

「え?」

「驚いたよ。まさか同じことを考えてる人がいたなんて」


 なるほど、わかったぞ。

 どうして初対面なのに、彼女といると落ち着くのか。

 考え方や境遇も似ているから、自然と引き寄せられたんだ。

 

「グレイス君のそれ、魔剣だよね?」

「ん? ああ、【烈火】を付与した魔剣だよ。もう一本も別の術式が付与された魔剣だ」

「へぇ~ 私魔剣って初めて見た! 後ろの黒い短剣もそうなの?」

「ああ。これは戦闘用じゃないけどね」

「そうなんだ。術式は使わないの?」


 何気ない質問にビクッと反応する。

 彼女は事情を知らない。

 特別な意味もなく尋ねてきたのはわかるけど、やっぱり身構えてしまうな。

 

「俺は……!?」


 話そうとした時、複数の気配が接近してくる。

 魔物とは違う人の気配。

 それもこちらに敵意を向けている。

 

「ハツネ構えろ! 敵が来る!」

「え、うん!」


 彼女も遅れて気配に気づいたのか、迫る方向に視線を向けた。

 正面から五つの気配。

 彼らは堂々と姿を現す。


「おっ! やっと見つけたぞ田舎者だ」

「……」

「そう怖い顔をしないでくれよ。君たちだって覚悟していたはずだろ?」


 五人とも身なりが整っている。

 庶民、という感じもしない。

 全員貴族か。


「田舎者狩りか」

「その通り! 光栄に思い給えよ! 君たちが最初の一人と二人に選ばれたんだ」


 偉そうな態度はさすが貴族の子供か。

 思っていたより早い遭遇だな。


「グレイス君」

「田舎者を優先して狙いポイントを総取りする。毎年横行するんだ。話しただろ? 田舎者は当たりが強いんだって」

「そんな……」

「ルール上は問題ないし、ちまちまポイントを稼がず受験者を狙うのは戦法としては正しい。ただまぁ、狙いを俺たちにしたのは嫌がらせだろうけどね」


 他にも受験者はいる。

 あえて俺たちを狙ったのは、俺たちが外部からの受験者だから。

 田舎者だと馬鹿にしているんだ。


「五対ニか、気を付けろよハツネ。自分の身を守ることを優先するんだ」

「う、うん!」

「優しいことを言うね? でも大丈夫、どうせ君たちは仲良くリタイアするんだから!」


 有無を言わさず先制攻撃をかます。

 彼が発動したのは【業火】の術式だ。

 烈火より強力な炎を前方に放つ。

 威力的に劣る烈火では防ぎきれない。

 ならばもう一本を――


「【水陣すいじん】」


 術式を解放。

 前方に水の壁を生成し、迫る炎を防ぐ。

 さらに烈火を発動。

 反撃を試みるも、軽々と業火で相殺されてしまう。


「ちっ」

「これは珍しいな! それは二つとも魔剣か!」

「……そうだが?」

「へぇ~ 意外と凄いんだね。魔剣は適応できる人が少ないって話なのに。でもおかしいな? 烈火と水陣、どちらも簡単な術式だ。わざわざ魔剣なんて使わなくても……待てよ? グレイスとか聞こえたなぁ」


 男の表情が変わる。 

 相手も貴族ならもしかしてと思ったが、気づかれたか?

 俺の正体に。


「そうかそうか! 君、もしかしてグローテル家の落ちこぼれ君か?」

「……」

「答えないってことは正解かな? そういうことか! まさかもまさか! 行方不明になったって聞いてたけど、魔剣使いになって帰ってきたんだね? 凄いじゃないか~」

「グレイス君……貴族だったの?」

「……除名されてなければね」


 驚くハツネに答え、高笑いする貴族の男を睨む。

 

「なるほどなるほど。術式に一切適性がなかった君でも、魔剣なら戦えるってことか! 健気な物だね? だけどさ? それじゃ魔術師にはなれないってわからないのか?」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ! 所詮君は魔剣使いだ! 烈火も水陣も、僕たちなら自由自在に使えるけど、魔剣は手に持っていないと使えない。魔術はこの世で最も自由な力だ! 君のように不自由ないくら工夫した所で魔術師は名乗れないよ!」


 彼は豪快にあざ笑う。

 言っていることは正直、御尤もだ。


「その通りだ。良かった……お前はわかってる側なんだな」

「ん? 何か言ったかい?」

「俺は運が良かったって言ったんだよ」

「……何?」


 目つきを鋭くする男に、俺は続けて言い放つ。


「丁度良い相手だ。俺が今日まで積み重ねてきた物を……お前たちに見せてやる。魔剣使いじゃない。俺が魔術師として戻ってきたことを!」


 今こそ、再起の時だ。 

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