第3話 出口のない夜

 数分間に及ぶ死闘の末、カナとアミとユリは3人がかりで蜘蛛を倒した。巨体が上向きに転がり、蜘蛛が息も絶え絶えになっている。カナは、下に落ちていた自分のスマホを拾うと、蜘蛛にキヨ子のtwwitterの裏アカを見せた。


“死にたい。死にたい。誰か殺して”キヨ子は連日、自殺願望を書き綴っていた。


「ほら、キヨコは死にたがっていたのよ。自殺だったんだわ」

「嘘だ!おまえは嘘つきだ」

 カナは、なおも、ジョロウグモの前で、キヨ子のブログを読み上げる。


“蜘蛛を飼い始めた。いつかこの蜘蛛は、私を食べてくれないだろうか。毎日が辛い。人間でもいい、蜘蛛でもいい、誰でもいいから、私を殺して“


「違う!違う!違う!キヨコは自殺などしない!」


“明日の時間が違うのは知っている。カナもサキも私に来てほしくないんだ。もう、死のう。明日、みんなの前で”


「事故じゃなくて自殺だったとしても、お前らのせいじゃないか!おまえらが、キヨコを追い詰めたんじゃないか!」

 蜘蛛は明らかに動揺しているようだったが、最期の力を振り絞って、カナに向かって白い糸を吐き出した。

 体に糸を吹きかけられて、身動きを取れなくなりながらも、カナは続きを読み上げる。


“ありがとう、カナちゃん、サキちゃん、アミちゃん、ユリちゃん。クラスの誰もが私を避けて無視して話しかけもしなかったのに、あなたたちは、嫌がりながらも、いじりながらも、結局はいつも私を仲間に入れてくれた。たとえ嫌がられていても、私はあなたたちが好きよ”


 アミはその裏垢を知らなかった。キヨ子の気持ちを知って涙が出てきた。

 何もできなくてごめん……。キヨ子はこんなにいい子だったのに……。


 と、そこへ、本物のキヨ子の声が重なった。

「カナちゃん、サキちゃん、アミちゃん、ユリちゃん、怖い思いをさせてごめんね。蜘蛛さんは、私が天国へ連れていきます・・・」


 ぼんやりとした白い光に包まれたキヨ子の霊が現れて、怒れるジョロウグモの魂を天国へ連れて行った。


 後に残ったのは、普通の四センチほどのジョロウグモの死骸だけだった。



 巨大な蜘蛛が消えたことで、身体に巻き付けられていた蜘蛛の白い糸も消え失せていた。

 アミはまず、近くのカナに駆け寄ったが、大丈夫そうだった。その間に、目で合図を出して、ユリに一階のサキの様子を見てきてもらった。

 サキは意識があり、言葉もはっきりしていたが、身体が寒いと言っていた。サキを座席に座らせて、温かい飲み物を飲ませて、四人分の上着を被せてモコモコにさせた。

「あの蜘蛛は?」

「もういないよ。キヨ子の霊が現れて、蜘蛛を天国に連れて行ったよ」

 サキは涙を流した。

「私、悪いことしたんだね……」

 そこへ、それまで黙っていたユリが言った。

「ねえ、みんなで、キヨ子の家へ行ってお線香あげようよ」

「そうだね。キヨ子、私たちのこと全然恨んでないみたいだった。悪かったね。謝りに行きたいよ、私」

 アミも賛成すると、カナとサキも複雑な表情をしながらも頷いた。

「そうだね、蜘蛛から助けてくれたことには感謝してる」

「うん、私たちが、悪かったよ」



ぴーんぽーん

 キヨ子の家のチャイムを鳴らすと、四人はモニターに向かって、声を合わせた。

「こんにちはー。キヨ子さんのクラスメイトです。お線香あげさせてもらえませんか」

 無言で玄関のサムターンの回る音がした。違和感を覚えつつも、四人が家の中へ入ると、玄関のカギが自動で閉まる。


 家の中は、真っ暗で何も見えなかった。

 玄関の扉がどこにあったのかもわからないほどの暗闇だった。動揺して光を探して辺りを見回す四人。

 すると、あの消えたはずのジョロウグモの声と同じ声が響いた。


「ふん。使えない女郎蜘蛛め。一人も始末できなかったじゃないか。ふん」

 奥の方がぼうっと光ったと思うと、ランタンを手にした人物がやって来ていた。その手には包丁が握られている。

「お前ら、よくも我が家へ足を踏み入れたもんだ。この時を待っていた。ふん。サキとカナ、仕留め損ねたお前らだけじゃない。アミとユリ、協力したお前らも同罪だ。お前らは誰一人として謝らなかった。娘が死にたがっていたって?自殺だって?たとえそうだとしても、お前らが追い詰めたからだろう!今度こそ一人も逃がしやしない。ふんふんふんふふふふふははははは」

 不気味な笑い声を響かせるのは、修学旅行の日に、娘は間違えた時間を知らされたと主張していた、キヨ子の母親だった。


「ふん、驚いているようだな。あの日、女郎蜘蛛が、キヨコの携帯を持って帰ってきた。其の携帯には、おまえらがキヨコにしてきたいじめの証拠が残っていた。私の怒りは怨念となり、女郎蜘蛛の飼い主を思う気持ちと同化した。私の姿はいつのまにか、巨大な女郎蜘蛛となっていた」

 蜘蛛の体はあの蜘蛛だったが、その実態は、キヨ子の母親の怨念による生霊だったのだ。

 ジョロウグモの身体に、母親の生霊が乗り移って、蜘蛛の身体を巨大化させて操っていたのだ。


「ふん、蜘蛛のような下等生物が、文字を読めるわけがないだろう。私はお前らの名前だけは知っていたが、顔がわからなかった。だが、名前の確認に手間取り、愚かな蜘蛛の身体はお前らに倒されてしまった。ふん。嘘つきなお前らめ。そして役立たずなのろまの蜘蛛め」


 蜘蛛の目を通して母親がすべてを見ており、四人組の名前を確認していたのも母親だったのだ。

「ふん、私に似て優しいキヨコは蜘蛛の魂を天国へ連れて行ったな。挙句の果てに、酷いいじめをして死へと追いやったお前らのことまで庇っていたな。なんて優しい子なのだろう。それを、お前らは!寄ってたかっていじめて!死へと追いやった!許すものか!ふん!」


 蜘蛛の身体はキヨ子が天国に連れて行ったが、蜘蛛の死によって生霊であった母親の魂も元の身体に戻り、恨みに満ちたまま、四人へ復讐する機会を待っていたのだ。

 四人は暗闇の中で身体を寄せ合った。


 先ほどまで、蜘蛛を相手に啖呵を切っていたはずのカナでさえも、恐怖のあまり、言い返すことさえできずに震えていた。

 人間であるはずのキヨ子の母親は、巨大なジョロウグモの怪物よりも何よりもおそろしい形相をしていたのだ。もはやこの世のものとも思えぬ恐ろしい怪物そのものだった。


「ふん、キヨ子に似て優しい私は、おまえらの悪しき魂を、痛みを感じないように一瞬で葬ってくれよう」

キヨ子の母親は、包丁をふりかざした。

……静かな住宅街に、四人の少女たちの断末魔の悲鳴が轟いた。



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女郎蜘蛛は見ていた~キモ子と呼ばれた少女~ 花彩水奈子 @kasasuna

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