第2話 死の宣告の夕

 その日の夕方、キヨ子のせいで修学旅行がなくなったと、憤慨しているカナの家に寄っていたサキは、カナとサキのスマホに同時にメールが届いたので、びくりとした。

 メールの差出人は、キヨ子だった。

 『イイダカナ、お前は24時間後に死ぬ。キヨコに謝れ』『スギモトサキ、お前は24時間後に死ぬ。キヨコに謝れ』

 全く同じ内容のメールだった。二人は凍り付いて、アミとユリも呼んで、四人で対策を練った。

「きっと、キモ子のスマホを拾った誰かのいたずらよね!」

 そうひきつった笑いをしていたが、謎の死の宣告メールに確実におびえていた。


 修学旅行が予定されていた3泊4日の日程は、そのまま、学校が臨時で休みになったので、四人はカナの家に集まっていた。

 カナの両親は、一人娘の修学旅行に合わせて海外旅行に行っているので、家の中は留守だった。


 だんだん日も落ちてきたのに、四人で楽しく話していたのに、ふと会話が途切れると、シーンとして、妙に怖かった。

 カナは、

「この家はなんか怖いよ。人ごみに行きたい」

 と言った。

 人がたくさんいるところでは、誰も襲って来られないような気がした。


 サキも賛成した。なので、四人で、深夜でもにぎわっている駅前のカフェに行くことにした。四人は隅の二階席に座った。死の宣告を受けた午後六時が近づいてきていた。

 そして、六時になると、突然青空だった空が真っ黒になり、空から三メートルはありそうな巨大なジョロウグモが降りてきて、二階のテラスから、ぬッと顔を出し、四人の前に立ちはだかった。

 黄色と黄緑色と黒の縞々模様の細長い巨大な足を振り下ろして、ジョロウグモはまずサキの方に寄っていった。


「お前の名前はなんだ?」

 地の底から響くようなゆっくりとしたおぞましい声。

 ジョロウグモの尖った足をのど元に突き付けられて、サキはぶるぶる震えるばかりで、何も答えられなかった。

 するとジョロウグモは、サキの持ち物であるカバンを、長い脚で器用にあさり、名前の書かれたポーチを見つけて、サキの目の前に掲げて見せた。

「ふん、スギモトサキ、おまえだな!!」

 巨大な蜘蛛の腹部の模様が顔に見え、その顔が笑いで揺れてニヤニヤ笑っているように見えた。

 サキはあっという間に長い脚で身体を持ち上げられて、カフェのテラスから投げ落とされ、その体は一階の芝生の上に落ちた。

「大丈夫ですか?」

 近くにいた男性客二人組が近寄ってきたが、2階席から巨大蜘蛛がさっと降りて近づいてきた。

「きゃあ!来ないで!いや、あっちに行って!私に近付かないで!」

 蜘蛛に向かって叫び声を上げたのだが、四人組女子高生以外の一般客には巨大蜘蛛は見えていないようだった。実際には、普通のサイズのジョロウグモはいたのだが、芝生の中に紛れた蜘蛛など気付かない。


 せっかく声をかけた男性客も、自分たちが言われたのかと思い、

「なんだよ、変な女」

「おかしいんじゃねーの」

 嫌な顔をしながら去ってしまった。

 

 女郎蜘蛛は、倒れて動けないサキの喉元へ再びギザギザの尖った足を突き付けた。

「ふん、おまえ、キヨ子に謝れ」

「な、なんで?」

「なんでだと?謝れ!!」

 蜘蛛の足の先っぽが、サキの口に入れられ、自然と口を動かされた。サキは蜘蛛の足のにおいとざらざらした感触で吐きそうになった。

「オ、オエ!ごめんあさい、ごめんあさい、ごめんあさい、ごめんあさい」

 何度も何度も口を勝手に動かされて、謝らされた。

 周りの一般客から見ると、普通サイズの蜘蛛に向かって謝っているので、みんな見て見ぬふりをしている。

「何あれ?蜘蛛嫌い?やばくね?」

「やめよう、見ない方がいいよ」


 サキは、しまいには、女郎蜘蛛の糸で身体をぐるぐる巻きにされた。

 そして、二階のテラスの柵から下に向かって、まるでミノムシのようにぶら下げられた。けれど、四人組以外にはサキが眠っているだけのように見えた。

 蜘蛛の糸には麻酔効果があり、捕えられたサキは、意識も朦朧としていって、もう声を上げることもできなかった。

 さらに、蜘蛛は、鋭い針を出すと、サキに向かって突き刺した。仮死状態にする毒を注入する。


「ふん。あとで、まとめて食ってやる。ふん」

 残りの三人は、サキを助けたかったが、怖くて動くことができなかった。

 ジョロウグモは、次にアミのところへ来た。

「おまえ、名前は?」

 体が震えて固まってしまい、あまりの恐怖に声が出ず、うまく答えられない。

 と、蜘蛛は脚をポケットに入れ、中に入っていたハンドタオルに刺繍で大木愛美と書いてあるのを見られた。

「ふん。おまえは、オオキアミか、ふん。おまえにも言いたいことはあるが、今は後回しだ」

 通り過ぎていく。

「お前、名前は?」

 次にジョロウグモは、ユリのところへ行った。

 ユリは震えながら、生徒手帳を取り出して、自分の名前を見せようとした。しかし、手が震えて落としてしまい、あたふたと拾っている。

「カナ、この隙に逃げようよ。蜘蛛が探しているのはカナだよ」

 蜘蛛がユリのところへ行っている間に、アミは小声でカナに逃げることを勧めたが、

「逃げても追いかけられたら逃げきれないよ。大丈夫、私に考えがあるから。あの蜘蛛は、私たちの名前を知らない。物で確認している」

 カナはそう言って自信のある様子だった。

「ふん、じゃあ、お前だな!!」

 ユリの名前を調べ終えた蜘蛛が、カナに向かって突進してきた。

 カナは、クラスメイトから借りていた辞書の入った布バックを見せた。布バックにも中の本にも、友達の名前が書いてある。

「私は、伊藤順子よ」

「嘘だ!!」と、ジョロウグモ。

「イイダカナは、おまえだろう!!」

「違う!!」

負けずにカナも声を荒げてジョロウグモを圧倒した。

「この子はイトウジュンコよ」

 アミも横から助け舟を出した。

 すると蜘蛛は、カッカッとユリの元へ戻って行き、先ほど蜘蛛が自分から遠ざかったことで、脱力したようにへたり込んでいた彼女へ出し抜けに問う。

「おい、おまえ、あそこの赤い服の女の名前はなんだ」

「えっ・・・」

 油断していたユリは、カナの偽名を聞き逃していたので、すぐに答えることができなかった。

 ユリは、横歩きをしながらカナににじり寄り、カナが持っていた布バックをそっと手繰り寄せた。カナの偽名を探そうとするが、手が震えてうまくものが掴めず、すぐにはわからない。

「ふん、ほらみろ、この女の名前は偽名だな。おまえがイイダカナだな!ふん」

 ジョロウグモは、自分の脚にぶら下げていたストラップつきのスマホを取り出すと、履歴から“イイダカナ”の番号にかけたようだった。

「♫ジャージャージャージャーーーーン♫」

 カナのポケットにあるスマホが音を立てて鳴った。

万事休すーーー。


蜘蛛が身体をよじると腹部の模様が動いて、顔がにたりと笑ったように見えた。

「ふん、イイダカナ!おまえ、キヨ子に謝れ!」

 ジョロウグモは、カナの身体の上に乗り、カナの動きを封じると、キヨ子への謝罪を要求した。

「わざとじゃないわ!修学旅行の時間は私も勘違いして間違えただけよ!ミスくらい誰にでもあるでしょう!」

 この期に及んで言い逃れようとするカナに、ジョロウグモは激高した。

「嘘だ!お前は嘘つきだ!!」

 カナのスマホが宙に浮き、カナとサキが、LIMEで、キヨ子に間違えた時間を教えてやろうと相談している画面を見せた。

「お前ら二人がキヨコを騙したことはわかっているんだ!お前らが殺したんだ!」

 カナは、他の客席に助けを求めたが、蜘蛛は普通に小さいサイズに見えているので、皆、カナをおかしな人だと思って遠ざかるだけだった。


「違う、何かの間違いよ!」

 言い逃れるカナに、烈火のごとく怒ったジョロウグモは、我を忘れたように乗り上げて、カナの上に尖った脚を振り下ろした。けれど、運動神経抜群なカナも素早く逃げて、蜘蛛の脚に強烈なキックをお見舞いした。

 カナの奮闘を見て、アミとユリも一斉にジョロウグモに向かって、カフェの椅子や備品を手当たり次第に投げつけて戦い始めた。

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