第4話:家出青年はロストマン


 《前書き》

 桁の大きな数字が沢山出てくるため、漢数字では見にくいと考え、半角数字での表現となります。

 尚、最後の『二人』表現のみ漢数字で表しております。ご了承下さい。

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 彼女の目の前に置かれたスマートフォン。そこに映し出されたのは、モニターに揺ら揺らと美しく揺れる——。まさにそのものだった。真っ白に染められた長い艶がかった髪に、宝石のような輝きを放つ水色の瞳。少し桃色のファンデーションが加えられた頬、そしてぷるっとした唇。

 当たり前だが、とても整った顔立ちをしている。

 雪の結晶の紋章が所々に施された真っ白に染められた着物。そこから少しだけ露出された肌は、これまた白くて美しい。首、腕、足先に至るまで、全てがバランス良く、細くて美しい体型をしている。

 ビジュアルも完璧だ。まさに、美少女の中の美少女と言えるだろう。

 流石、だ。


 Vtuber ──簡単に説明すると、顔出しをせずに2DCGまたは3DCGの描画を用いたキャラクターのアバターで、動画配信や生配信を行う人のことだ。


 安芸さんのアバターである冬雪セツナは、Vミントという大手の事務所に所属しているだけあってか、Vtuberの中でも日本屈指のチャンネル登録者数、再生回数を誇っている。

 そんな冬雪セツナのキャラクターデザインを手掛けたのは、今をときめく人気イラストレーターの『おばっけえ』さんだ。

 よくラノベやGwitterでイラストを上げている超有名な方で、他のVミントメンバーのキャラデザも行っている。

 ちなみに、こう言った人のことをVtuber業界ではママと呼ぶ。

 そして、Liveの2Dや3Dモデルを手掛けたモデラーさんを、パパと呼ぶ。

 これだけは押さえていただけると大変ありがたい。


 ひと通りの説明が済んだところで、話を僕と彼女の物語に戻そう。

 今、彼女にバレないように、配信作業をする彼女の隣で、こっそりとミーチューブを開いて、ミュートで動画を流して観てみた。


 現在のチャンネル登録者数は160万人で、雑談やゲームなどの生配信での同時視聴者数は毎回1万人を軽く超えているらしく、昨日のASMR配信のアーカイブは42万回再生もされている。

 しかも、#急上昇ランク14位のタグまで付いている。


 そして、そんな冬雪セツナの最大の特徴は、歌って踊れるアイドル系Vtuberであるということだ。


 ミーチューブを閉じ、今度はパーグルを開いて『冬雪セツナ』と入力して検索する。そして、一番上に出てきたピキぺディアをタップして文章を目でざっと読み流した。


 最近では、アイドル活動もするVtuberは珍しくないそうだが、冬雪セツナはまだそんなアイドル系Vtuberという言葉が定着する以前からその活動を行っており、まさにアイドル系Vtuberパイオニア的存在らしい。


 ヒット曲も多数で、普段バンドの曲しか聴かない僕でも知っている曲はいくつもあった。


 特に彼女が半年前に出したオリジナル楽曲である『紅葉吹雪』のMVは3000万回も再生されているらしい。


 僕が二年前に初めて作って、ネットにあげた曲なんてたったの350回再生しかされていないのに……。


 そんなことを考えながら、僕が自分のスマホの画面をピキぺディアから、また先程までミュートで観ていたミーチューブに切り替えた。


 すると、先程彼女のチャンネルをチェックした時にはなかった、新たな枠が立っていることに気付く。


 画面のサムネイルになっているイラストは、Gwitterのファンアートから借りてきたものだと詳細のところに書いてある。


 サムネの冬雪セツナのちょっぴりンなところは、無意識のうちに小さな声で微笑んでしまう程、とても可愛いくてオタク受け間違いなしのクオリティーだ。


『冬雪セツナch』の今日の22時からに設定されている生配信ライブ動画の待機画面では、まだ始まる30分前だというのにも関わらず、2,300人が待機中と表示されていた。きっとスタートしたら、いつもの通り1万人以上の視聴者が流れてくることだろう。流石、登録者数160万人のVtuberチャンネルだけある。


 ——それにしても今、本当に冬雪セツナご本人が真横に居るんだよな。


 先程までいたリビングの奥にもう一つの部屋がある。そこは、配信する時に使う部屋——言わば、と言うやつだ。

 僕は今、安芸さんに連れられ、

 もう既に心の中でナチュラルに冬雪セツナと勝手にアバター呼びしているが、そんな彼女を動かす安芸さんは今、目の前に置かれたアバターの映ったLPhoneと睨めっこしながら、彼女のアバターの設定諸々を進めていた。


 安芸さんによると、アバターの映ったLPhoneは事務所が支給してくれるらしいが、それ以外のパソコンだったり、コメントを読んだりするためのLPadだったりは自分の物を使用しているらしい。


 また、その使っているネットの管理もかなり大変らしく、身バレしないように、日々気を張っているのが、少々しんどいらしい。


「なるべく、Vのアカウントは外では触らないようにしたり、配信の時にプライベートな通知がこないように毎度設定し直したりすることが大変でしたね」


 とか、


「ゲームのアカウントとかも、配信用とプライベート用で二つ持ってたりしています。配信の時に少しでも上手くなっていれるように、こっそりプライベート用の方で特訓したりしているんですよ」


 など、少々、裏事情的なことも僕に教えてくれていた。

 そして安芸さんは、「視聴者さんに上手くなっていることに気付いてもらって、褒めていただけることが、とっても嬉しいんですよ」と付け足して、本当に楽しそうに微笑みながら、今度はパソコンの方と睨めっこをし始めた。


 彼女との会話も途切れたところで、僕は改めて、つい先程のことを思い出した。


 現在の時刻が午後の9時半なので、ざっと1時間半前くらいだろうか。


 僕が彼女の部屋にお邪魔して30分程経った頃だった。急遽、自分の正体が人気Vtuberの冬雪セツナであることを彼女自身から明かされたのだ。


 あの時はパニックに頭がなっていたので、冷静になって考えることが出来ていなかったが、今は、ふと単純な疑問が湧き出てきている。


 それは、


 Vtuberが自分で中身を外にバラすって普通にタブーなことなのでは……。


 と言うことだ。


 家族でもなければ、業界の関係者でもない、全くの部外者である僕に、彼女が自ら正体を明かしてしまった。この件が所属事務所にバレてしまえば、契約違反とかで辞めさせられたり、下手したら賠償金とかも請求されてしまうのではないか……ヤバイよな、これ。

 この場合、僕も彼女の所属事務所から訴えられる対象とかになっちゃうのかな……。


 彼女との出逢いも、結局はいつも通りの不運な出来事を告げる始まりだったのだろうか。

 いつも、幸せの方角に進んでいけるはずだと信じて行動したことが、裏目に出てしまう。


 わかってるんだ。本当は、迷ってる時点で、心が震えてしまっている時点で、選んだ道が正しくないってことぐらい……。


 いや、そもそも幸も不幸も、正解も不正解もない。二元論で物事を考えてしまっているから、いつまで経っても僕は変わることが出来ないんだ。

 でも、中々この考え方から抜け出すことが出来ない。自分自身にどうしても折り合いを付けることが出来ない。

 何度も愛そうとしたけど、その度に迷い子になった僕を見失ってしまう。


 本当は、あの時だって自死を選ぶ勇気がなかっただけだったのかもしれない。

 ふと我に帰ると、本当の意味では、生きる気力がイマイチしっかりしていないこの人生が、転んでしまう度にどんどん浮き彫りになっていくように感じる——。


 そんな思いで僕の胸が締め付けられている間に、時は流れていき配信5分前になる。

 僕の立てる物音が配信に載ってしまう可能性を防ぐために、僕は防音室の外で見守る流れとなった。


 やっぱり、アイドル系で売り出している女性Vtuberが男性と同じ空間にいるという事実が知れ渡ってしまうのは、炎上騒動に繋がりかねない。


 ——本当に彼女の正体を知ってしまった僕は大丈夫なのだろうか……。


 頭からどうしても拭いきれない感情で、どうしても彼女の配信を楽しむことが出来そうにない自分。


 結局、僕は自己嫌悪を抱きながら、彼女——冬雪セツナの歌枠配信がスタートした。


 そう、この配信は僕の予想通り、二人のこれからを大きく変える物語の序章に過ぎなかった──。



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 4話タイトル『家出青年はロストマン』


 引用元:『ロストマン』(アルバム:ユグドラシル)

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【休載中】流れ星の正体はスノースマイルするラフ・メイカー。歩く幽霊は窓の中から覗いていた。 ハッピーサンタ @1557Takatora

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