第3話:お隣さんと過去の大我慢大会話
「せ、狭いところですけど、どうぞごゆっくりと。今、何か飲み物を持ってきますね」
「わ、わざわざ、ありがとうございます……」
まさか、ご挨拶に伺っただけで、お隣さんのお部屋に入れてもらえるとは思わなかった……。
しかも、お隣さんは超絶清楚系美少女である。
そのため、僕の心臓が平常の鼓動のスピードを保てるはずもない。
や、ヤバい……。
部屋中、甘くて優しい香りが充満していて、なるべく考えようとしなくても、女の子のお部屋ってことを意識してしまう。
心を無にせねばならぬ……。
僕は小さい頃、たまに遊びに行っていた近所のお寺の住職さんの真似をして、呼吸を整えてみる……が、全く一向に落ち着かない。
部屋の造りが同じでも、僕の引っ越してきたばかりの部屋とは全く違うからな。
お洒落な観葉植物や可愛いらしいぬいぐるみが、棚の上に置かれていたり、ソファーやテーブルなどの家具も揃っていたりする。
結構、いろんな部屋の扉が半開きになってるから、いろいろと視界に映り込んでしまうんだよな……。
ちなみに、一番奥の部屋に続く扉もしっかり閉まっていないため、隙間からピンクのベッドと、枕の横にちょこんと座っているテディベアも視界に映る。
あんまり、他人の部屋を覗くのは善くない行動なので、これ以上はなるべく視界に映さないように気をつけておこう。
とにかく、ギターが一本しか置かれていない僕の部屋の隣に存在する部屋とは到底思えず、それも相まって、どうにもこうにも落ち着かない。
こうして、来客用の椅子や食器なども揃っているのだから。
僕の部屋は、自分の座る椅子どころか、寝る布団すらないのに。
家出したのが夏と呼ばれる暑い季節で良かった。冬だったら、掛け布団無しじゃ流石に次の日凍死しているだろう──そんなことを考えていると、急に先程、地の文で述べた言葉が頭の中でフラッシュアップしてきた。
──『来客用』
でも今、自分が座っている椅子って、本当に来客用なのかな……。
この自分が座っている椅子を来客用と考えること、それはすなわち──安芸さんが一人暮らしをしているということになる。
安芸さんって見た感じ、僕と同い年か、なんなら、年下とかにも見えるんだよな……。
自分と同じくらいの年齢の女性が、こんなちょっぴり怪しい感じもするボロアパートで一人暮らしをするというのは、考えにくい。
だが、ベッドとか、歯ブラシとか、生活用品とかは、一人分しかなかったはずだ。
もしかすると、安芸さんは何かワケアリかもしれないな……。
まぁ、『勝手に一人暮らしを始めた今日で十八歳を迎える家出少年』というワケアリ過ぎる肩書きを持つ僕が言えることではないのだが'`,、('∀`) '`,、……。
全く、僕は誕生日に何をやっているんだか。
安芸さんのことは少し気になるが、こういうことは相手に訊くべき内容ではない。だって──、
自分も訊かれたら嫌だしな。
うん。この事は触れずにおこう。そう自分の中で考えを固めると、安芸さんが二人分のお茶とお菓子をテーブルに持ってきてくれて、僕が掛けている席の真正面の椅子に腰掛けた。
僕は軽く会釈をして、お茶を啜る。すると、安芸さんがとてもタイムリーな話題で話し掛けてきた。
「私、実は実家に住む両親のところから逃げて来て、ここに住んでいるんです……」
「ゴクゴク……っむぶぶぶっ?!」
「だ、大丈夫ですか?!す、すいません。急にこんなお話を私がしちゃったからですよね……」
急にむせてしまった僕の背中を、安芸さんはテーブル越しに、身体を少しだけ乗り出して腕を伸ばし、優しくさすってくれた。
美少女からこんなことをされるのは、初めてで当然、ドキドキしなくもないが、今は心がとてもそんなことを感じている暇ではなかった。
僕と全く同じ境遇だったとは……!
これは自分も、ここに来た経緯を話すべきなのだろうか。
そんな考えが僕の頭に過ったが、口を開く前に安芸さんが、僕が落ち着いたのを見て、続きを語り始めた。
「私、実は高校一年生の時に、このコミュ障のせいで、お友達が中々できずにいて、それでクラスで浮いてしまって、いじめの対象になっちゃって。担任の先生も、私が一人でいるのをからかって、とても大人とは思えない程の酷い言葉まで言われちゃって……」
「……」
「それで私、両親に学校に行きたくないって、勇気を振り絞って言ったんですが、結果はダメで、両親からは少しでも普通の人に近づけるようになりなさい、だってあなたが全て悪いのだからって、皆もあなたと同じくらい悩んでいるから、それくらい堪えなさいって、怒鳴られて……」
「……」
そこまで僕と同じだったんだ……。
本当に安芸さんの過去も、聴いていて心が辛くなる。
全くもって酷い話だ。
なんで、平気で価値観が少し普通と違っただけで、いじめを受けなければいけないのか?
なんで、子どもを守るべき大人が、平気で敵になれるのか?
なんで、自分が絶対に正しくて、お前が絶対に間違えてると、言い切れるのか?
仮に皆が自分と同じくらい悩んでいたと、苦しんで辛い思いをしていたとしても、皆がそうならばそれで良いと、どうして言い切れるのか?
僕にはそういったことを、よくもまぁヌケヌケと出来きてしまう人の心理がよくわからない。
いや、絶対にわかってたまるか!!
そう憤りを憶えていると、安芸さんはさらに重たいことを口にした。
「私の味方はゼロなんだって気付いてしまった時、私は自殺も考えました……」
「……」
辛いのも苦しいのも全部、頼れる味方がいないから独りでどうにか乗り越えて、相手を信じて勇気を持って行動した結果がこれじゃ、本当にこの世界は救いようがない。
そのことに気が付いた多くの人々は、一度は自殺を考えたり、精神が完全に壊れきって、なにもかもが感じ取れなくなったりするものだろう。
それで実際に、尊い命がいくつも失われた事例だって、きっと自分が知らないだけで、数少ない訳ではない。
自分も生死を彷徨いそうになりかけたのだから、その気持ちはわかる。
でも、僕は今日をこうして生きている。明日に続きを描こうとしている。その理由は──、
僕はランプに奇跡的に救われたから、音楽があったから、こうして生きてることができてるけど、安芸さんは、いったい……。
──彼女は、何に、誰に、救われて、今日を生きて明日を続けていこうと思ったのか。
その正体はなんなのか、彼女の口からこれから放たれるであろう。
僕は彼女を死の底から救ったものに、興味を引かれた。だから──、
アニメとか、ラノベとか、漫画の主人公の言葉とかかな。それとも、もっと違ったことなのかな。
などと、勝手にいろいろと、彼女を救ったものを想像していた。
しかし、安芸さんが口にした言葉は、自分の想像していたどれでもなかった。
いや、場違い過ぎる言葉だった──。
「私── 安芸春夏のもうひとつの顔は、Vミント所属の歌って踊れる可愛いVtuber『冬雪セツナ』なんです♪」
「えっ……」
僕でも、というか、ちょっとしたネットオタクなら誰もが知るあの人気Vtuberだよな……言われてみたら、声が確かに同じ気がする。
でも、今はそんな驚きよりも純粋な疑問の方が勝っている。
仮に彼女が本物だとして、なんで急に、なんの脈絡もなく僕なんかに自分の正体を明かしてきたのだろう。こういうのって、結構業界ではタブーなのでは……?
そんな驚きや疑問といったものが急に頭の中で飛び交ってしまっているため、僕は声を出せずにただその場で固まっていた。
そんな僕の様子に、ようやく彼女は自分の急な発言に気付いたのか、はっとした表情をして、唇を震わせながら、謝ってきた。
「す、すみません。な、なんだか、名賀山さんには打ち明けても良いなと勝手におもちゃって」
「えっと……し、信用していただきありがとうございます!!」
しかし、僕も僕で、未だ頭の整理が落ち着いておらず、よくわからない返答をしてしまっていた。
しかし、彼女は特段、僕のそういった様子に気にする素振りはなく、続けてこう言った。
「よろしければ、今日の22時から、歌枠の生配信をするので、お隣で、ご覧になっていただけませんか?」
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3話タイトル:『お隣さんと、過去の大我慢大会話』
引用元:楽曲名『大我慢大会』(アルバム:Butterflies)
素敵な楽曲なので、聴いていただけたら嬉しいです。
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次回更新予定は、2023年 7月30日(日)22時です。
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