第2話:お隣さんと話がしたいよ
《前書き》
基本的に、毎週日曜日の22:00に投稿していく予定ですが、作者の都合で変更があったり、更新が滞ってしまう可能性があるのでご了承下さい。
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このアパートの説明を少ししよう。
防音機能付きの部屋があるアパートの中で、一番格安の家賃を誇るということは、前にも述べているので、ご存知しているだろう。
では、それに付け加えてもう少しだけ。簡潔にまとめて一言で表すとすると、『二階建てで年季の入ったボロアパート』だ。
しかも、一つの階に部屋が三つずつしか存在しないため、このアパートには僕含めて六世帯しか住んでいないことになる。
僕の部屋は建物の左端部分についてる錆び付いた階段を上がって、一番奥にある部屋──二〇一号室だ。
一番右端の部屋となれば、お隣さんの部屋というのは、一つしかない。
そう今、目の前に立ってるこの部屋だけだ。
僕は『二〇二』と薄く消えかかった文字が刻まれた扉の横にあるインターホンを鳴らした。
「す、すいません……」
僕はコミュ障らしいおどおどとした声で、薄い扉の先に居る住人さんに声をかけるが、なかなか返事がない……。
まさか手土産をケチって、滅茶苦茶安いのにしたのがバレて、出てくれないのか……。
一応、お菓子は持って来たが、地元のお土産屋さんで売っていた一番安いどら焼だ。
しかも、一つ百二十円のを、一個だけ小さなビニール袋に入れて。
なんで、そんなにも貧相な品になってしまったのかというと、両親と担任と、僕との間に繰り広げられたあの白熱の鬼ごっこの最中に、隠れるためにお土産屋さんに入ったからだ。
店の中から外の様子を観たら、またすぐに新幹線乗り場に向けて走らねばならない。
そんな緊迫の場面の際に、一応、店に寄って何も買わないのはアレだし……と、まさに典型的な日本人の思考が働き、適当に選んで買ったのが今、手にぶら下げているこれだ。
何処かのタイミングで自分で食べようとしていたが、つまるところ要するに、単純に食べるの忘れていて、お隣の挨拶に行く際、「手土産あった方が良いよね」ということに気づき、それでちょうど良く、どら焼が一個あったのでそれを手にぶら下げて、そのまま持って来ただけということなのだ。
なんか、ちょっと申し訳なくなってきたな……。
もしも、隣人さんが許してくれるならば、また次の機会に、今度はちゃんとした手土産を渡すことにしよう。
……それにしても、なかなか出てくれない。何か仕事の最中かなんかで、出れないのだろうか。
電気の灯りはドアの隙間から漏れているので、一応起きてるとは思うけど。
普通のアパートなら、物音とかでもわかるのだろうけど、ここは防音機能付きなので、音で居るかは判断出来ない。
単純に電気をつけ忘れたまま出掛けているのかもしれない。
出直すか……。
そう頭に、考えが過って、自分の部屋に引き返そうとしたその時だった──。
「ご、ご、ぎょ、ぎょめんなさい、出てくるのが遅くなってしまって……!」
急に目の前の扉が開くと同時に、そんなあわふたとした声が聞こえてきた。
「す、す、しゅみません!少し手が離せなくて、その……」
可愛らしい声と一緒に、優しく包み込むようなほんのりとした甘い香りも、運ばれてくる。
僕は無意識のうちに、扉の先から出てきた甘い香りのする可愛らしい声の持ち主を、しばらくの間無言で凝視してしまっていた。
「あ、あ、あの、その……私の顔に何かついていますか?」
僕が無意識のうちに、お隣の住人さんを見詰めてしまっている理由、それは──、
──お隣さんが今までに見たことがない程の絶世の美少女であるからだ。
「だ、大丈夫ですか……?」
綺麗な白い肌をしたとても整った顔が、こちらを心配そうに、紫紅の美しい瞳で見つめてくる。
服装は軽い家着といったもので、少し冷たくなる夏の夜にぴったりのフード付きで猫のシルエットが真ん中に描かれた薄手の薄紫色のパーカーに、黒のロングチュールスカートを履いている。
艶がかった綺麗な黒髪は、後ろで結んで、ポニーテールにしており、横に少しだけ垂れた髪を今も、もじもじしながら弄っている。
そして、ふわっとした桃色でいて且、艶のある唇をキュッとしている姿がもうなんとも……!!
控えみに言って、超可愛い……。
「あ、あのぉ……」
歳は僕と同じくらい、高校生くらいに見える。
「むぅ~、エイッ!」
──むにぃぃぃぃぃ、ぐぃぃぃぃぃぃぃ……。
ん、僕は今、目の前の美少女に頬をつねられて……。
「イタタタタ?!」
「わっ、やり過ぎちゃった……怪我してないですか?」
「け、怪我はしてないです……」
「良かったです。話し掛けても上の空で相手が聞いてない時はこうするのが一番だと、結構前にいただいた視聴者さんのアドバイスが、ようやく役に立ちました!」
た、確かに我に返ることはできたけど、そこそこ痛かったな……。
「すいません。少し、急にボーとしちゃってて……」
僕は「あなたに見惚れていて、上の空でございました」とは流石に言えず、なんとか誤魔化した。
「……あっ、えっと、先程のことは、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。本当にボーとしていただけで……」
「い、いえ、そのことではなくて、頬っぺたの方です。ちょっと、コミュ障なりに頑張って話したつもりなのに、聞いてくれなかったのに、むぅ~となっちゃって……」
そうか、僕と同じくコミュ障だから、さっきから言葉の始めの文字を噛みまくったり、動作に落ち着きがなく慌ただしい感じがしていたのか。
そんな様子も含めて、目の前の美少女は可愛いく見える。
まぁ、その可愛さのせいで、僕はしばらく固まってしまっていたのだが。
「……本当に反省しています。頬っぺたに罪は無いですよね。右から左に聞き流したのはお耳なので、お耳を引っ張るべきだったです!!」
「そ、そう言う問題ではない気がしますが……」
「そ、そう言えば、そんなことよりも何か私にご用件があって来られたのではないですか?」
僕はコミュ障なりにツッコミを入れてみたが、ナチュラルに受け流されて、ようやっと本題に入ることになった。
「あ、あの僕、今日から隣に引っ越して来た者でして……その、ご挨拶に伺いました。これからどうぞよろしくお願いします」
「そ、そうだったんですね。わざわざ来てくださりありがとうございます。わ、私は
「あっ、えっと、僕は名賀山冬邪と言います!」
二人ともコミュ障なため、言葉に詰まりながらの、あわふたとした感じのご挨拶となってしまったが、なんとか、お隣さんと少し軽い顔見知りとなれて良かった。
なんか、とても善い人そうだし、本当に美少女って感じだし。
あとは、これを渡すだけだ。
──そう、百二十円のどら焼を。
本当に「つまらないものですが……」という品である。
一応、渡すだけ渡して、その後に謝って買い直して、次の機会に、もっとちゃんとした品を持っていこう。
おそらく、善い人だから、謝ったら許してくれるだろう。
よしっ……!
僕は頭を下げる覚悟を決めると、手に下げていたビニール袋を、お隣さん──安芸さんに手渡して、謝罪を始めたのだが……。
「す、すみません。ちょっとした事情があって、本当につまらないものですが……もし、機会をいただけるのならば、今度ちゃんとした品を持って来るので、それでよろし──」
「わぁー!!やったです!!私の大好物のどら焼です!!しかも、地方限定の!!本当に、ありがとうございましゅ!!……(恥)」
語尾、噛んじゃったところも可愛いなぁ……。
ゴホンッ!気を取り直していこう!!
どうやら、安芸さんはビニールの中身がしょぼすぎるということは、本気で気にしていないらしく、そのおかげで、僕は謝罪の言葉を最後まで口に出来なかった。
逆に百二十円のどら焼一個で、大喜びしてくれると申し訳なくなる。
だが、喜んでくれたのなら良かった。
今度また、安芸さんとお話しできる機会があれば、その時は、どら焼を箱買いして持ってこよう。
そう思いながら、安芸さんの幸せそうな笑顔を見て、自分もまたほっこりしていると、急に彼女の口から予想だにしていなかったことを言われ、僕は再び固まってしまったのだった。
「な、名賀山さんでしたよね。よろしければ、家にあがって下さい。立ち話もなんですし」
──そう、僕は生まれて初めて女の子が住む部屋に、お邪魔することになったのだ。
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※2話タイトル『お隣さんと、話がしたいよ』
引用元:楽曲名『話がしたいよ』(アルバム:aurora arc)
素敵な楽曲なので聴いていただけたら嬉しいです。
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次回の更新は、2023年 7月23日(日)22時の予定となっております。
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