中編 クソ心理戦

 冴えない高校二年生キーくんは、登校途中であった。


 頭上には3の数字。ヒロインと会うたびにカウントが減っていく仕組みだ。くだんのヒロイン達はまだ現れない。会えばその時点で負けだからだ。何としても一、二番目に接触するのは避けなくてはならない。


「うーん。今日はカツユ来ないなぁ?」


 毎朝、お節介をかけてくる幼馴染みが来ない。


「……あれ、何だろ?」


 道の先、電柱の影に血塗れの白装束を着た長い黒髪の女がたたずんでいる。顔は髪でよく見えない。


「えっと、大丈夫ですか? めちゃくちゃ血でてますけど」


「……! あーし……じゃなかった私が見えるのですか!?」


「え、えぇバッチリ見えてます」


「実は私は、あの腹黒清楚なカツユなのです」


 本当は茶髪ギャルのヘビコである。他のヒロインに変装することでカウントを減らそうと考えたのだ。


「えっ、カツユなのか!?」


 天然鈍感野郎のキーくんは気づかない。


「うん、さっきトラックにかれて死んだんだけど、未練があって幽霊として復活したのです」


「え、そんな事ある?」


「最近はほら、異世界転生とか流行ってるから。その余波です」


「なーんだ、そっかー」


 それで良いのかキーくん。


「とにかくさ、こんなブサイクになった私でも友達でいてくれる?」


「も、もちろ——」

「チェストおおおお!」


 突如、デフォルメ化した可愛らしい恐竜の着ぐるみが幽霊にタックルしてきた。ギャル幽霊は、ふっ飛んで生垣の中に消えた。


「え、ちょ、えぇ!?」


「やぁ、ボクの名前はノア。さっきのは清楚で美人なカツユちゃんじゃなくて、ただの怨霊だから気にしないように」


 本当の中身は幼馴染みのカツユである。


「ノアってまさか、金髪で傲岸不遜ごうがんふそんなお嬢様の!?」


「そう、あのクズでお馴染みの!」


「自分で言うのか!?」


「ともかく、あたしノアは、魔法でこんな醜い恐竜の姿にされてしまったのよ。シクシク」


「えっでも、どう見ても着ぐるみなんだが……」


 確かに隙間からカツユの首がチラ見えしている。たまに鋭いキーくん。


「それはえっと、予算不足なのよ! スーパーで半額シールが貼られてから買った魔法らしいからショボいのよ。それから、子供が泣いちゃうから最近のデザインはポップなものにしなければいけないの」


「へぇ、最近の魔法使いは大変なんだなぁ」


 キーくん、鈍感再発。


 その時だった。水の塊が着ぐるみに直撃した。


「冷たっ! な、何!? あ、コラ、空気穴は辞めなさい! 死ぬ、死ぬからぁ!」


 パニックに陥ったカツユは近くの坂を転がり落ちていった。


「キーくん、早くここから逃げるのよ!」


 ガスマスクに防弾チョッキ、水鉄砲を装備したツンデレのノアが現れた。


「私はカツユ、もしくはヘビコでもいいわ」


「いや、どっちだよ……? でも、二人はもっと胸が大きかったような」


「どこで判断してんのよ! ……っていけない、違うのよ、あの脂肪の塊に見えたのはパッドだったのよ。今の時代、おっぱいで女性を選んではダメ。SNSが炎上するわよ」


「う、うーん」


 おっぱい大好きキーくん。納得がいかない。


「きええええ!」


 突然の奇声。二人の背後から五寸釘とワラ人形を持った怨霊が突進してきた。復活したギャルのヘビコである。


「う、うわああああ!」


 キーくんびっくり。


「キーくんは逃げて! ここはあたしがゴーストをバスターしてあげるわ!」


 ノアが水鉄砲をシュコシュコして怨霊に連射した。


「あ、やめろ、化粧が崩れんだろ!」


 一時、曲がり角に避難したヘビコ。気配を感じ、振り返ると頭部のない恐竜の着ぐるみを着たカツユがボロボロで立っていた。


「あ、てめぇさっきはよくも——」


「ま、待ってください! あの、ヘビコさん。私と組みませんか?」


「はぁ?」


「正直、三つ巴は戦況を読みづらいと思いませんか? なので先にノアさんを潰しておくんですよ。その後に一対一で決着をつけましょう」


「……なるほどな、いいじゃん。ま、最後に勝つのはあーしだけどな」


「うふふ、交渉成立ですね。では、挟み撃ちしましょう。私は裏に回るのでここで待機していてください」


 ヘビコは、頷いて角からノアの様子をうかがう。だがしかし、急に背後から羽交い締めにされた。


「な、お前……カツユ!」


「ふふふ、私こう見えて柔術をたしなんでいるんです。貴女を落とすなんて造作もないんですよ? さようなら、ヘビコさん」


「初めからそのつもりか……く、クズめ……」


 ギャルのヘビコは泡を吹いて倒れた。カツユは、そのまま彼女を引きずって行き、通学路のゴミ捨て場に放置した。


「キーくんなら見捨てないはず。空から降ってくる系ヒロインと同レベルの出会い方と言ってもいいでしょう。まさに一番目に出会うヒロインに相応しい。よかったですねヘビコさん」


 と、犬神家のような格好で意識のないヘビコに吐き捨て、電柱の影に隠れた。しかし、五分経っても誰も来ない。


「おかしいですね……とっくに通行している時間のはずですが」


 通学路をたどる。すると、道の真ん中に片方だけの靴が残されていた。


「クンクン、これはキーくんの匂い、ハァハァ。じゃなかった、これがここにあるって事は……ま、まさか!?」

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