純愛

志央生

純愛

「彼女、三日前から行方不明らしいよ」

 そう声をかけてきた大学の知り合いだった。隣に並ぶようにして歩き、彼は言葉を続ける。

「反応薄いじゃん。お前、あの子に片思いしていたろう。心配じゃないのか」

 こちらを覗き込むようにして聞いてくるので、僕は腕を使って牽制して答える。

「べつに心配はしてない。それに、片思いって言うな」

 視線を前に向けたまま僕はそう言って少し歩幅を大きくする。

「わりぃって、でもお前もよくやるよ脈が無いのに好きでいるなんて」

 後ろから追いかけてきながら彼はそう口にした。その言葉に少々苛立ちを覚える。

 彼女に脈が無いのではなく、彼女はまだ見るべき相手を間違えているだけなのだ。なのに、周りは実らぬ恋だの不毛な片思いなどと口にしては笑う。

「これは純愛だ」

 と僕が言っても誰もが哀れみと同情の眼差しを向けるだけで真剣に取り合ってはくれない。それでも僕がこの気持ちを貫き通すことで彼女への愛がどれほどのものか、いつかは理解してくれるだろう。

「それでさ、ご両親が行方不明届を出すみたいで、そのうち俺らの所にも警察来るのかな、事情聴取とかされるのかな」

 彼は楽しそうに尋ねてくるので「さぁね」と返して大学を出る。

「まぁ、待てよ。帰る方向一緒なんだしよ」

 先に行こうとするのを引き留められ、渋々ながら承知する。

「でさぁ、彼女なんと三日前に先輩に告白したらしくて、まぁ玉砕したらしいんだけど。それで最初は傷心して一人でどこか傷を癒やしに行ったんじゃないかって話になったらしいんだけど、三日経っても誰にも連絡一つ寄越さなかったこともあって」

 隣で延々とひとりで彼女の話題を語り続ける男は自分の予想を口にしていた。あまりのショックに海に身投げをした、携帯の電波も届かないような森にいるとか、自暴自棄になってヤバい連中に身を売ったとか、そんな根拠のない予想を並べて楽しんでいる。

 ただ、僕は知っている。彼女がそんな柔な人間ではないことを。だからこそ、彼の発言には腹の底から異議を唱えたかったが無駄な口論をする気はなかった。本当の彼女がどんなふうなのかを彼に教える必要などない。僕だけが知っていればいいのだ。

 彼の語りが一段落した頃に僕は家の前に着いた。大学にほど近い一軒家であり、単身赴任でいない叔父の代わりに住まわせてもらっている家。

「はぁーん、前も思ったけど立派な家だな。叔父さんの家だっけか」

 僕は「あぁ」と返事をする。ポケットにしまっている鍵を取り出して玄関の錠に差し込む。

「なぁ、少しお邪魔させてもらっていいか。中を少し見学させてほしいんだけど」

 おずおずと男が頼んできたが僕はそれを断る。

「叔父の家だから勝手には入れられない。こっちも単身赴任中の留守を預かることで住まわせてもらってるからさ」

 こちらの理由に納得して彼は「そうだよな、悪い」と謝ってきた。そして別れを言って去って行く。その後ろ姿を確認して、僕は家の中へと入った。

 静まりかえった廊下を歩き、二階へと進む。そしてある部屋の扉の前で立ち止まる。僕の叔父はこの部屋でペットを飼っていた。騒音が出てもいいように防音設備を整えた特別な部屋を用意して、その中に閉じ込めていた。

 僕はゆっくりと扉を開き、目に映る光景に笑みが漏れる。その内側で誰かの「片思い」という言葉が聞こえた。それに答えるように僕は口にする

「純愛だよ」

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純愛 志央生 @n-shion

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