ももんじ屋怪異譚~無精ひげ店主と生真面目警官にあやかしを添えて~

うみ

第1話 依頼が舞い込んだ

「年々、洋装の奴らが増えてきたな」

 

 プカアと昔ながらのキセルをふかし、ぼやいてみるも誰も俺には見向きもしねえ。

 ほんの10年でこの辺りも随分変わったな。

 乗合自動車、路面電車……行きかう人は和装より洋装の方が多い。

 なんだよ、あの黒い服は。クソ高い上に動き辛そうだと思わねえか? 特に革靴ってやつは草鞋や足袋のが断然いいだろ。


「街の変化にゃ、俺には関係ねえ」

 

 江戸から東京になって、東京市に区が置かれ……まあ、明治以前は俺だって知らねえんだけど。

 時代は大正になり……袴姿の女学生が出現した。着物より華やかであれはあれで悪くない。

 などと、女学生を横目で見ながらも、いつもの水路沿いの道を歩く。

 橋の下から強い風が吹きつけ、俺の長いぼさぼさの前髪を煽る。

 合わせて乗合自動車を待つ若い娘のスカートがふわりとして白い脚が垣間見えた。

 

「洋風も捨てたもんじゃねえな」


 着流しの中にキセルをしまう。

 さあて。今日も一丁やるとしますか!

 

 屋台に暖簾を取り付け、火をたく。「ももんじ屋 食事処」開店でござい。


「といってもすぐに客が来るわけでもねえ」


 あー、めんどくせえとぼやきながら、無精ひげを右手でぞりぞりやりつつキセルに手を伸ばす。

 キセルを咥えながら、ぼーっと橋と大通りを眺めていると、せかせかと急ぐ人の往来が目に映る。

 何なんだろうな。ここ十年でやたらと時間が短くなった気がしやがる。

 

 そろそろ、準備しておくか。

 コンコンと灰皿にキセルを打ち、下準備済みの肉をいつでも鉄板に乗せることができるようにしておく。

 予めゆすいで置いいた米を入れた鍋に水を注いで七輪の上に乗せる。

 ご飯が炊ける頃になって本日一発目の客がやって来た。

 

「よお。恭太郎。一つもらえるか」

「いつもありがとうな」


 丼に炊き立てのご飯を入れ、甘辛いタレに付け込んでいた焼きたての肉を乗せる。仕上げにネギをパラパラとかけて完成だ。

 客はいつもこの時間に来てくれる壮年の男だった。

 そこの会社で働いているらしいが、紺色の着物を纏っている。会社勤めはスーツじゃなかったのか? と聞いたところ、「私はどうも慣れなくてね」なんて返してきた。

 この人は俺のお気に入りなんだ。向こうはどう思ってるか知らねえけどな。

 何故かってほら見てみ。


「はふ」


 二度息を吹きかけ、うまそうに食べるんだよ。

 場末の屋台だけど、こうしてうまそうに食べてくれる客がいるとやっててよかったと思える。

 

 この後、三人の客が来たが昼時が終わり、客足が完全に途絶えた。

 かしゅっと屋台の壁にマッチを擦りつけ火をつける。

 まさに煙草に火を付ける直前で煩い奴から声がかかった。

 

辰巳たつみ! 暗くなる前に移動させろと言っただろ」

「んー?」

 

 やっぱりこいつか。

 黒一色の軍服にも似た制服を身にまとい、腰にサーベルをいたその姿は警察官のものだ。

 歳の頃は三十歳を少し過ぎたところくらいで精悍な顔をした耳目秀麗な男だった。俺は色男ってやつが嫌いなんだよ。いけすかねえ。

 この堅物が。ビシッと決めやがって。その帽子もイラつく。

 などと心の中で愚痴をこぼしつつ、彼を無視して煙草に火をつけキセルをふかす。

 ふいいと煙を吐くと、奴はガタイの良い肩をプルプルと震わせた。 


「貴様! 聞いているのか!」

「まだ太陽は落ち切っていない。残念だったな」


 わざとらしく脚を組み、これみよがしに煙を吐く。

 まずい、からかい過ぎたか。

 サーベルの柄に手を当てているじゃねえか。まさか天下の公僕がいきなり斬りつけて来ることはないと思うが、「ここで営業するな」となられても困る。

 

 しゃあねえ。大人な俺が先に折れてやろうじゃねえか。

 立ち上がり、奴の肩をポンと叩く。無駄に背が高いな、こいつ。

 

「わかった、わかった。そうカッカすんな、神崎」

「……分かればいい」


 毒気を抜かれた耳目秀麗な警察官――神崎はそっぽを向き大股で去って行く。

 俺が移動するところを確認しなくていいのかよ。生真面目なんだが、抜けてるよな、あいつ。

 まあ俺も言ったからにはちゃんと移動させるけどよ。

 

 移動して夜の営業へとしゃれこみますか。

 つっても橋を渡るだけだがな。

 

「よいせっと!」


 手すりを掴み屋台を引っ張る。暗くなってきたから、人通りが増え始めてきたな。

 会社に勤める……務め人……ええとなんだったか、モダンな呼び名があったんだが忘れちまった。

 高価なスーツの奴も見かけるし、和装の奴もいる。

 橋を渡り切ったところは川沿いに柳の木が並んでるんだが、ポツンと一人、10歳くらいの少年が無表情に立っていた。

 

「ガキはそろそろ母ちゃんのところに帰る時間だぜ」

「……」


 お節介に声をかけるんじゃなかったぜ。少年は俺と目を合わせようともせず、すいいっと歩き始めた。

 おいおい、そっちは藪の中だぜ。

 お節介ついでだ。

 ……いや、正直に言おう興味本位だよ。屋台をほっぽりだして藪の中に入った少年を追う。

 

 家屋が見えないところまで奥に入ってみたが、彼の姿が見えねえ。

 木々が目隠しになるかもしれねえけど、木に遮られるでもなく彼の姿が忽然と消えたんだよ!


「うーん。こりゃ、あいつひょっとしたら」


 疑念を晴らそうと懐に手を伸ばす。

 しかし、女の艶めかしい嬌声が聞こえてきたから、踵を返すことにした。

 立ち去る前に「あー、ったく。こんなところで盛るんじゃねえ」と憎まれ口を叩いたことは言うまでもない。

 

 ◇◇◇

 

 昼は丼一杯を食べてお勘定と言った感じなのだが、夜はメニューが全く異なる。

 夜の屋台と言えば酒である。つまみは焼いた豚肉か煮込んだ牛の内臓だ。これがまた、日本酒と一緒にやるとうまいのなんのって。

 ありがたいことに昼の常連も夜に来てくれたりするんだ。

 屋台の席だけだと、せいぜい4人が限界だからその辺の岩の上とか、人によっては座るものを見繕って来て一杯やっていたりとなかなか自由な感じになっている。

 「空の下の酒もいいもんだな」とか言いながら月を肴に酒ってのも乙なもんらしい。その気持ちは分からなくもないぜ。

 たまに俺も飲んじゃうからな。はは。まあ、細かいことは言いっこなしだ。

 

「恭太郎、もう一杯」

「こっちはつまみ追加だ」

「おおーい。煮込みくれ」

「おかわり入れてくれー」

「おあいそ頼む」


 一気に来たな!

 

「おお、待ってろー。順番な」


 発言した順番にこなしていく。若い兄ちゃん、俺と同じくらいのぼさぼさ頭、四十代前半くらいの冴えない男、髪の毛をベッタベタでてかてかにした30前後の男……どの顔も見たことある顔だ。

 今日もいい感じに満席。席をあぶれた客は勝手に客同士で愚痴を言い合っている。


「今日は大繁盛だな」

「今日もだよ」

「そうだな。今日は飲めないな」

「今日も飲めないんだよ!」


 全く。新しい客も見知った顔だった。

 ハンチング帽子に着物とかいう変わったおっさんだ。和洋折衷だとか自慢気に笑っていたけど、正直、ダサいだろあれ。

 彼には頼まれずとも酒と内臓煮込みを皿に乗せ手渡しする。勝手にそこら辺で飲むだろ。

 

「ようやく落ち着いたか」


 ちっと屋台の脇に失礼して、マッチをちょいっと屋台の壁に擦りつける。

 キセルに火をつけ、コップに入れた日本酒を飲もうとそれに触れた時、声をかけられた。


「え?」


 思わず変な声が出てしまう。

 だってよ、声はこの場に似つかわしくないものだったんだよ。

 声の方へ向き直ったら、やはり間違いじゃなかった。

 

 声の主は20代後半くらいの着物姿の女だったのだ。

 髪の毛もキッチリと整えられて小奇麗な感じがますますこの場に似つかわしくない。

 夜の屋台の客はほぼ男だけなんだよな。女が来るとしても男と一緒に以外は見たことがない。

 例外もあるにはあるが……この女もたぶん「例外」だろうなと確信した。

 唇を噛み憔悴した様子で、腫れぼったい目は泣きはらした後なのだろうと分かる。

 

「おっさん、ちょっと店、見ててくれ。酒代は要らねえから」

「分かった。分かった」


 ハンチング帽子のおっさんに屋台を押し付け、着物姿の女と藪の前辺りまで歩く。


「この辺でいいだろ。姉さん、どうした? 『依頼』か?」

「息子が。太一郎が!」

「落ち着け、姉さん。息子さんがどうしたんだ?」

「昨日から太一郎が帰ってないんです!」

「警察には連絡したのか?」

「はい! ですが、一晩ではまだと言われ……探偵にも当たったんですがとてもお金をお支払いすることもできず」

「それで俺に人探しを頼みに来たってわけか」

「あなたのお噂を聞いて……。不思議な術を使うとか」

 

 と言いながら女は俺の服の袖を摘まみ、藪の奥の方へ目を向ける。


「だあああ。待て待て。金の代わりにってのは無だ。女は好きだが、そういうのは好かねえ」

「で、ですが。私にお支払いできるものなど……」

「息子さんの特徴を教えてくれ。あと、息子さんの行きそうな場所も。謝礼は見つかったら、生活に支障のない範囲でいい」

「は、はい……」


 ほんとにもう。そんな泣きそうな顔で。鼻も頬も赤くなってんじゃねえか。

 ガキって言われると弱いんだよな。これが家を出て行ってほっつき歩いている夫を探してくれ、だったら即お断りなところだった。


「俺のことをどこで知ったかだけ教えてもらっていいか?」

「……は、はい」

「口止めされてんなら、言わなくていい。警察には相談したんだよな?」

「はい」

「分かった」


 彼女の目を見て察しがついたからいいや。きっと俺を頼れって言ったのは神崎の奴に違いない。

 組織ってホントめんどくさいよなー。「決まり」があるから、行方不明を探すのにも「分かりました」と即答できない。

 一丁、探すとしますか。つっても屋台もやんなきゃいけねえから、合間合間になっちまうがね。

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