第16話 決戦前夜(2)

「本っっっ当にごめん!!!!」

 モブは本当に申し訳無さそうな顔をしながら、私に謝ってきたのだ。


 どうやら、私が戻っている間にモブはしっかりと旅をしていたようだ。

 ここは魔王城付近の最後の村だ。そこまで、モブは一人で歩いてきていたようだ。

 私がいつ戻ってくるかわからないが、野宿は可哀想だと思ったらしい。宿屋に部屋を借りて、荷物だけ置いておく予定だったそうだ。

 だが、その部屋の扉を開けるタイミングで、私が異世界召喚されたからあんな状況になってしまった……と言う。

 本当に今日は、厄日やくびと言っても過言ではない。


 主人公衣装を着ていないことに驚いたが、それ以上に恐怖を感じたことがあった。

 それは、まだモブすら入っていなかった宿屋の一室に、私の着る主人公衣装が綺麗に畳まれていたことだ。

 これぞゲームマジックとでも言うのだろうか。それとも、宿屋の人が私の熱狂的ファンで洋服を準備していたか……考えるのはしておこう。

 とりあえず、服を着ないことには外へ出れないので着替えようと思った。

 だが、私は現実世界でお風呂に入る直前だった。とりあえず、水浴び場へ移動して魔法を使った。

 一応、毎日お風呂には入っているのだ。異世界召喚されて出社ギリギリのときは入らないこともあったが……まぁ、一日くらいならそんなに臭わないと信じている。

 異世界だから問題ない気はしているが、もしも自分の体臭まで異世界召喚されていたら敵わない。

 本当に……明日那が余計なことを言ったせいで、今日の私は調子が狂ってしまった。


 水浴び場から出ると、モブの姿は見当たらなかった。一応、廊下も見たが影一つなかった。

 何処どこへ行ったのかと思ったら、机の上に置き手紙が置いてあった。そこには、外で野営しているから朝になったら迎えに来ると言う内容だった。

 そんな無駄に気を使う必要はない。いつも通りなら大丈夫だ。いつもみたいにいれば問題ないはずだ。

 私は自分に念じかけるようにして心を落ち着かせながら、宿屋を出た。

 行き先はもちろん、モブのいる野営場所だ。


「せっかく最後の夜だっていうのに、ゆっくり休まなくていいのか??」

 村の外にある焚き火の前に、モブは座っていた。モブと向かい合わせになるよう私は座った。

「野宿くらい余裕よ。まぁーこっちの世界でまともに一日過ごすのは、今日が初めてだけど」

 そう言いながら、私は焚き火に両手を近づけた。

 パチパチと音を立てる焚き火のおかげで、気が紛れていい感じだ。

 一度気にすると、気になってしまうのは人の性だ。

 つまり、次は忘却だ。時間が経てば忘れる。あと少しでゲームクリアなのだ。変に意識をして、モブとギクシャクしているのは面倒だ。だから、いつも通りでいたいのだ。


「明日、魔王のいる城に船で向かうけど……魔王城の前には、迷いの森がある。魔物も多く存在しているはずだ」

 魔王城は少し離れた孤島にある。その城を囲うように木々が生い茂っており、森と化している。

 ラスト直前とあって、魔物の数は膨大で、苦戦を強いられるだろう。

 だが、やっと辿り着いた魔王城でも、強敵が大量にいるので勝つことは難しい。

「魔王の間に辿り着いても、復活した魔王はかなり手強いはずだ。俺が勝てるかわからない。なんとか隙を作るから、魔王の封印をよろしく頼む」

 そう言うと、モブは私に封印のペンダントを渡してきた。

 本来なら、旅する仲間が一人ずつ説明とともに感動する一言を言ってくれるのだ。

 だが、モブはただ説明をしているだけなので、感動もあったもんじゃない。

「最後に……松」

「えっ??何??」

 突然、モブに名前を呼ばれたので驚いてしまった。まさかの感動のお言葉をいただけるのかと、少しワクワクしていた。

「もし、俺がやられた時は全速力で逃げ出してくれ。相手は魔王だからな……」

 モブが真剣な顔で話すから楽しみだったのに、なんというか……死亡フラグでも立てようとしているのだろうか。

「うん!!普通に見捨てるつもりだから、気にしなくて大丈夫よ」

 そう言いながら私が笑うと、モブはだよなって言って笑っていた。


 魔王と戦って負けたところで死ぬことは無い。

 負けた場合は魔王ルートへ進むのだ。島一帯に魔物が溢れてしまい、人間は奴隷となってしまうだけだ。そして、主人公は魔王の嫁として魔王城で暮らすのだ。攻略対象達も捕まるが、彼らは牢屋に入れられるだけだ。

 攻略対象達は、主人公が逃げ出さないための人質として扱われる。そのまま、魔王の嫁としてエンディングを迎えることもできるが、隙を見て攻略対象達を助け出して最終決戦をすることもできる。

 ちなみに、最終決戦の場合は主人公が必ず勝つのだ。


「そうよ!!変なこと考えてたけど、これしかない。私を……私を取り戻すのよ!!」

 突然、大声を出したためにモブは驚いた顔をして私を見ていた。

「また何か思いついたのか⁇」

「ふっふっふっ、秘密よ。その時になったら、わかるわよ」

 モブはまた、私が変なことを考えていると思っているのだろう。だが、きっとモブはわからないだろう……私が魔王ルートへ進もうと思っていることに。

「まぁー無理するなよ⁇命が大事な!!」

「そうね。ってか、前にモブが言ってた『三、仲間を見捨てるやつは、仲間にも見捨てられる』を守れないけど良いの⁇」

 それは以前、大衆食堂でモブが私に対して言った五か条の一つだ。見捨てたら見捨てられる……それは、ラルフの時のことを指しているのだと思われる。

 魔の森の前で腰がやられたラルフを置いて行ってしまったせいで、その後にやった仲間集めでは断られてしまったのだ。

 まぁ……ラルフのことだから、村人の女性が助けに来なければきっと私について来てくれたはずだ。

「あぁ。だってそれ、男性陣を手玉に取るために気を付けることじゃん。俺にやっても意味ないっしょ」

「……そうか」

 モブはそう言って笑っていたが、私は何と言うか……心臓にナイフが刺さった気がして笑うに笑えなかった。

 こんな気持ちになるのは、明日那のせいだ。明日那があんなことを言わなければ、今だって笑っていられたと言うのに……


 もう、私には魔王ルートしかない。魔王ルートに進んで、魔王の嫁になる。

 そして、牢屋に捕まった……


 捕まった……


 捕まるのは攻略対象だけど、モブはどのような立ち位置になるのだろう。

 モブなら、他の人達と同様に奴隷になるのだろうか。

 それとも、攻略対象達みたいに牢屋にいるのだろうか。

 魔王の嫁になったぜってどや顔をしに行きたいのに、モブのいる場所を探すのが大変そうだ。


 そんなことを悩んでいたら、いつの間にか私は眠りについていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る