第17話 最後の戦いかそれとも愛か(1)

「さぁ!!魔王城のある島へ行くぞ!!」

 朝早くからモブが大きな声で騒いでいる。

 私・名川松子は眠い目をこすりながら起き上がった。先ほど眠りについた気がしていたのだが、もう朝日が昇っていた。もう少し遅くても良い気がするのだが、モブはきっとおじいちゃんなんだろう。もう身支度も終わっていて、いつでも行ける状態だ。

「ちょっと待って……とりあえず飯」


「さぁ!!次こそは行くぞー!!」

 無駄に元気なモブを見ながら、私はお腹いっぱいになったお腹をポンポンと叩いた。

 昨日はおかしくなっていたが、今日はもう元通りのようだ。

 モブを見ても、何も思うことはない。いや、うるさいなーくらいは思っている。

「はいはい、じゃあサクッと行きましょ」

 そう言って、私は魔王城のある孤島側の海岸へ歩き始めた。海岸はすぐそこにあるので、後は船に乗っていくのだが……


「船ってこれか」

 海岸に準備されているのは、オンボロの小さなボードだ。今にも穴が開いて沈みそうだし、オールでがねばならない。

「おう!!村のじいちゃんが、魔法が使えない俺のために準備してくれたんだぜ!!」

「……私、魔法使えるけど⁇」

 あっとモブは声を上げながら、頭をいて笑っていた。この様子だと、どうやらモブは忘れていたようだ。確かにボードでも行けなくはないが、辿り着いた後に疲れ切った身体で魔物や魔王と戦えるのかと言いたくなる。

「まっまぁ!!俺、体力馬鹿だから任せとけ!!!!」

 そう言ってモブはボードの準備をしようとボードに近づき始めた。

 私はそんなモブを尻目しりめに、魔王城のある孤島に目を向けた。

 孤島はこの場所からそんなに遠くはない。だが、ボードを漕ぐには少しキツイ気がする。


 私は砂浜に立ち、ため息をついた。

 そして、両手を広げた。

「モブー!!サクッと行くわよ!!」

「えっ⁇」

 未だに準備をしているモブに、私は声をかけた。

 水の魔法を使って砂浜から孤島までの海水を空に浮かせた。そして、無くなった水がまだあるような状態と錯覚させるように、風の魔法で海水を圧迫した。

「おぉっ!!すっげぇな」

 モブは驚きつつ、ボードの準備を止めてこちらに近づいてきた。

「集中力が切れる前に、走って行くわよ!!」

「おう!!あっ、じいちゃんありがとなー!!行ってきまーす!!」

 村のじいさんがいつの間にか後ろまで来ていたのだろう。モブが声をかけていた。その声に反応してじいさんが頑張れよと大声で応援してきた。

 本当にモブは、誰とでも仲良くなれるのだろう。私には到底できない。

 私が走り出したのと同時に、モブも私の後を追うように走り始めた。


 なんとか孤島に辿り着いたので、私は空に浮かせていた海水を元の位置に戻すように水魔法を解いた。


 バッシャーン――


 良い音を立てて、海水は地面に叩きつけられ、水しぶきが私達を襲った。海はまるで、嵐でも来たのかと言うくらい波立ってしまった。

「……もう少し、丁寧ていねいに戻せたらよかったかね」

「そうだね」

 お互いびしょびしょになった姿で顔を見合わせて、笑うしかなかった。

 こういう時に風魔法や火魔法で乾燥できれば良いのだが、力加減ができない。

 風魔法を使えば服を切り裂き、火魔法を使えば山火事になる。神様は何を思って私にこんな強力な魔法をさずけたのかがわからない。

「まぁ、歩けば乾くっしょ」

「ははっ、松は男らしいな」

 私はせめてポンチョだけでも乾かそうと思い、上着を脱いだ。

「……あれ⁇」

「どうした⁇」

 私が頭を傾げていると、モブは何事かと聞いてきた。

 ポンチョの色が無いのだ。まるでレースのように薄くて透明に近い状態だ。

 このポンチョは攻略対象との親密度によって色が変わるのだ。リクルンなら赤、スペアードなら青、ラルフならオレンジ、ライトならピンクで確か魔王は……紫だったろうか。

 後、隠しキャラの魔王の右腕のゼフと言うキャラがいる。執事みたいな服を着て、肩眼鏡をしている。青い短髪をオールバックにしている準イケメンキャラだ。そのキャラですら青色だと言うのに、このポンチョの色は何なのだ。

 普通に見れば、お洒落なポンチョだ。ただ、問題は色が無いことだ。これは今の私の状況を現しているのだろうか。

 初めてポンチョを着た時は、ラルフと仲が良かったのでオレンジ色だった。だが、その後からは確認をしていなかった。

 どうして昨日、洋服を着替えた時に気付かなかったのだろうか。そこではオレンジ色だったのか、それとも今と同じようにお洒落ポンチョになっていたのだろうか。今となっては、知りようもない。

 攻略対象達に逃げられ、現時点で誰にも相手にされていないから色を付けることができない。だが、それだとプレイヤーが可哀想だから、模様を付けてお洒落にしてあげようと開発者達の優しさを感じてしまう。


 ――それとも……


 私はモブの顔をじっと見つめた。

 私に見つめられたモブは、首を傾げていた。

 もし、これがゲームで用意していた設定と別の設定があるとすれば、それは……

「あぁぁぁっっっ!!!!!!やめやめやめ!!!!!!」

 私は一瞬だけ頭によぎりかけた言葉が、頭に残らないよう大きな声を出して消し去った。

 せっかく昨日、忘れようとしたのだ。だから、絶対に思いだしてはいけない。

「……松、大丈夫か⁇」

 私が突然大声を出したせいで、モブは驚いてコケたようだ。地面に倒れ込んだ状態で私の心配をしている。

「……大丈夫」

 そう、大丈夫だ。

 私は魔王ルートへ行くのだ。だから、大丈夫だ。

 大丈夫でなければいけないと心に何度も言い聞かせて、モブをじっと見つめていた。

 モブは私に睨まれていると思ったのだろうか。勢いよく立ち上がり、苦笑いをしていた。

 私はとりあえず、何も考えないようにしてポンチョを着た。乾かそうとしていたのに、乾かし忘れたのでまだびしょ濡れの状態だ。

 何のためにポンチョを脱いだのかはわからないが、まぁいいだろう。


 私は両頬りょうほおを叩き、気合を入れた。

「さぁ、目指すは魔王城!!気合でこの森を超えるわよー!!」

 海岸を抜けると、そこはもう森だ。この森は魔物がうようよといる危険地帯だ。

 魔力耐性のないモブは魔物に勝てない。だが、私が買った魔力耐性のある盾をモブに渡したことで、モブでも魔物と戦うことができるようになったのだ。

 まぁ、モブが戦えなくても私が魔法でちょちょいのちょいと倒してしまう手もあるが、それだと面白くないだろう。

 少しでも頑張ってもらえるように、見守ってあげよう。

「おう!!この盾があれば、どんな魔物でもどんと来いって!!」

 モブは私に盾を見せつけるように構えて、右手のこぶしを空高く振り上げたのだった。

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