第4話 ようこそ魔の森へ(2)

 魔の森の前で、ラルフは魔の森の概要を説明し始めた。本来ならリクルンの説明でスムーズに話が進むのだが、ラルフは説明下手なのか魔の森についてあまり知らないのか、ところどころ詰まって話が進まない。

「えっと……まぁ、とりあえず魔の森の最深部にある結界まで辿り着きましたら、松子殿は一人で中に入っていただくと。そして……その中に……祠があるので、そこで……お参りするんでしたかね⁇」

 なぜ危険とされる魔の森に入ってまで、お参りして帰らねばならないのだと言いたい。だが、彼が悪いわけではない。すべては仕事を放棄したリクルンが悪いのだ。

「えーっと……つまりは祠に祈りをささげて、神との対話を試みれば良いと言うことですね⁇」

 私がそう言うと、ラルフは目をキラキラと輝かせた。

「はいぃぃぃっっっ!!!!松子殿は私のことを理解してくださるのですね!!私、城内の勤務が多く、遠征で島の周りや別の島へ行ったりはしましたが、魔の森は一度も来たことなかったんです!!!!」

 そんなヤツがよく一緒に行こうなんて言ったものだと、私は驚いてしまった。もしかしたら、ラルフコイツは遠足気分でここに着いて来ていたのではないかと疑ってしまうレベルだ。と言うか、リクルンがいない時点で案内役がラルフお前だと言うのに、ラルフコイツはこんな小さな森で迷宮入りでもするつもりだったのかと、どんどん疑いの目で見てしまう。呆れて怒る気もしない。

「……まぁ頑張っていきましょ」

「はいぃぃぃっっっ!!!!!!松子殿を必ずや祠までお連れします!!!!!!」

 ラルフは大きな声で返事をした。いや、絶対に連れてってもらう気だろうと、心の声が漏れそうなのをぐっとこらえて愛想笑いした。その後もラルフは一人で掛け声を上げ始めた。こんな魔の森入り口で騒いでいたら、山賊がやってきてしまうだろうと私は薄ら笑いをしていた。

「おぉん⁇俺らのアジトの入り口でイチャついてる馬鹿がいまっせ、アーニキー」

「せやな。舐め腐ったやからが人んちの前にいんぞ」

 予感的中。魔の森に入る前に山賊に絡まれるって、どんな悪い行いをしたと言うのだ。

「何やつ!!!!」

 魔の森の入り口をアジトの入り口とか言ってる時点で、山賊確定だろうにラルフは何を言っているのだろうか。

「おぉん⁇俺らは泣く子も黙る山賊様だぜ!!!!ご挨拶はねぇのか騎士さんよ⁇」

「はっ、失礼しました!!私はラルフ・クライフラットと申します。サンマール国の騎士団副団長を勤めております。以後、お見知りおきください」

 ラルフはまたも騎士の挨拶をしていた。いや、山賊なんだからそんな丁寧に挨拶する必要ないだろうと、私はラルフを引き気味で見てしまった。

 山賊はゲラゲラとこちらを指差して笑っている。そりゃあこんな真面目な騎士は見たことないだろう。

「んで⁇そっちの女は……」

 アニキと呼ばれた男が私に指を差した途端、ラルフが私とアニキの間に割って入った。

「松子殿は異界の者だ!!気軽に指差してはいけない神のような存在だ!!!!」

 本来、初めて山賊に遭遇そうぐうした時に、リクルンが主人公のことを古くからの知人だと名を伏せるのだが、ラルフは堂々と私を紹介してしまった。しかも、神格化されているので聞いているこっちが恥ずかしくなってきた。

「ほぉー。異界の者とは珍しい。奴隷商どれいしょうが高値で買ってくれるわな」

 アニキとその子分だろう、二人はこちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。そう、リクルンが主人公を知人と誤魔化す理由、それはこの世界では非常に珍しい異界の者だからだ。奴隷商に売れば、一生豪邸ごうていで暮らせるくらいの金を受け取れるのだ。それほど神の力であるチート能力がすごいと言いたいのだろう。

「松子殿、後ろで隠れていてください」

「えっ、でも二対一じゃ厳しいんじゃ……⁇」

 初めての戦闘なのに、山賊との戦いは非常に苦戦させられたのを覚えている。必ず混乱や気絶状態にしてくるので、もう一人仲間がいないとボコボコにされてしまうのだ。こんな状況だから、せめてラルフの目覚まし係はやってやろうと思っていた。

「松子殿、私はそんなにやわではありません。もしも、私を抜いて松子殿の元にヤツらが着そうでしたら、城に逃げ込んでください」

「えっ……でもそうしたら、ラルフの身が危ないんじゃ⁇」

 ゲームで毎回混乱と気絶するのは、ラルフの役だった。純粋かつ優しい性格だからなりやすい設定らしいが、どんくさいのではないだろうか。もしくは、オレオレ詐欺さぎだまされやすい人……つまり、どんなに強くともラルフ一人では、この二人に勝ち目は無いのだ。こいつらは狡賢ずるがしこいからだ。

「あなたのために犠牲になれるのであれば本望です。松子殿……あなたは私の希望の光ですから」

 そう言うと、ラルフはにこりと笑った。

 このセリフは、ラルフルートの時にラルフと魔王の一騎打ちをする際、心配する主人公に言うセリフだ。どう考えても序盤の雑魚敵ざこてきと戦う時に言うセリフではないが、私はそのセリフが聞けたことに感動してしまった。

「ら……ラルフったらもう!!!!カッコいいんだからぁぁぁっ!!!!」

「ぐはっ!!!!」

 ラルフの腰辺りに少し強めに突っ込みを入れたところ、ラルフは倒れたのだ。

「……ラルフ⁇」

「うぅっ……腰が……」

 私がラルフを推しから除外した理由を忘れていた。

 彼のイベントで主人公が今のようにノリ突っ込みを入れる選択肢があるのだ。その時、ラルフは腰をやって動けなくなり、主人公が看病かんびょうするのだ。他の人には知られたくないから、二人の秘密として絆が深まるのだ。

 このシーンと同じ光景を、二日前に会社で見たのだ。めずらしく課長が明日那をめていたのだ。明日那も褒められると思わず、照れて課長の腰辺りに強烈な一撃を喰らわせたのだ。その結果、その場で課長は倒れ込み、うめき声を上げていたのだ。

 その時は、課長のことをじじいだと鼻で笑っていたのだが、まさかラルフも同じことをするとは夢にも思っていなかったのだ。どこの課長だよとショックを受けてしまい、ラルフは推しから落選したのだった。

「えっと……ラルフ⁇」

「うぅぅっ……」

 もう私の声も聞こえないようだ。この状況をどうすればよいかと、私は山賊らに視線を移した。

「ひっっっ!!!!⁇⁇」

「アアアアアアアアッアニキ!!副団長が一撃でヤラレやしたぜ!!⁇どどどどどうしましょ!!⁇」

 私は二人をじっと見つめた後、にこりと微笑ほほえみかけた。そしてゆっくりと近づいた。

「ひぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!にげるんだぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!バッバケモノォォォォォォッッッ!!!!!!!!」

 山賊は全速力で魔の森の奥へ、走って行ってしまった。なんとか難を逃れたのだ。これで魔の森へ行けるようになったのだが、ここには再起不能のラルフしかいないのだ。

「……仕方ない。置いていくしかないか」

 私は大きなため息をつきながら、森の中へ入っていったのだ。この時、一部始終を見て笑っている人がいたことに、私は気づくことは無かった。

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