第4話 ようこそ魔の森へ(1)
「あー疲れた」
もうじき終電の時間になるところだった。私・名川松子はやっとこさ自宅に辿り着いたのだ。
「もーカチョーったら、カツラを取られたくらいでめっちゃ仕事させるなんて酷いわ」
課長のカツラを取ってしまった私は、その日から書庫の資料整理や倉庫の商品整理を命じられたのだ。毎年、大きめの連休前に新人にやらせることを私にやらせるものだから今週はずっと倉庫番だった。
そのせいで、毎日が筋肉痛だった。誰が資料を整理したのだと言うくらい、めちゃくちゃな資料の並びに発狂しそうだった。もしかしたら日付順かと確認をすれば三十年前の資料と最新資料が一緒になっていたり、仕事関連での分類かと思いきや関連性のない資料だったりして本当に整理整頓が大変だった。
「まぁー、でもいいわ!!明日はもう土曜だし、さくっと風呂入って寝ちゃいましょ」
そう言うと、私はカバンを投げ捨てて、お風呂場へ向かった。
お風呂場に着いて、脱衣所の扉を閉めた。これは実家にいるときからの習慣だ。一人暮らしだからと言って、扉全開はまだ羞恥を捨てきれていないのだ。
私は穴が開いたヨレヨレのワイシャツにでろんでろんに伸び切ったセーター、ブカブカのスカートを脱いで、洗濯機の中に投げ入れた。
着ている服を脱いだら、まだ見れたものかもしれない。私は姿見の前に立ち、自分の姿を見つめていた。無地の黒キャミソールに少しはみ出て見える黒の下着、上は婦人服で見つけたノンワイヤーで着け心地最高のセール品、下はボクサーパンツだ。
以前、明日那と
「あっ、いっけなーい!!部屋にタオル置きっぱなしだ」
私は脱衣所の扉を開けた。
「……えっ⁇」
目の前には見知らぬ男性が立っているのだ。黒い短髪にどこかで見たことのあるような鎧を身にまとい、マントを羽織っていた。顔は町で見かけたら二度見するくらいにはカッコいい。私は何が起きたのかすぐに理解ができず、ただただイケメンの顔を見つめているのだが、相手も同じように見つめ返してくるのだ。
どうやら私は、また異世界に来てしまったのだ。だが、今回はどういう状況なのかわからない。とりあえず、目の前のイケメンと目が合ってしまっているので、
どのくらい見つめあったのかわからないが、相手はハッとして顔を真っ赤にしながら目を逸らした。そして、マントを外し私に手渡してきたのだ。
「……えっと⁇」
「お召し替え中とは知らず、失礼しました!!こちらを羽織りください!!」
その言葉に、私はゆっくりと自分の体に視線を下ろした。先ほど見た姿だったのだ。
「おぉっ……」
私は男性のマントを受け取り、お風呂上がりのように体に巻き付けた。
「ありがとう……ございます。えっとあなたは⁇」
そう言うと男性は目を
「私はラルフ・クライフラットと申します。サンマール国の騎士団副団長を勤めております。
彼は攻略キャラだ。リクルンと同様に、主人公である私に憧れを抱いており、魔の森に着いて来てくれるのだ。ゲームプレイ当初は、リクルンとラルフのどちらにしようか迷っていたが、あるイベントを見てからは彼を除外したのだ。
だが、下着姿で現れた私に対して紳士的な対応をする辺り、リクルンより素敵だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そう言うと、ラルフは目を瞑った状態でこちらに顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!!剣となり盾となり、松子殿を守り抜くことを誓います!!」
ゲームで見たシーンと同じだ。ここでラルフを断ることもできるのだが、断った時のラルフは捨てられた子犬のような顔をするのだ。罪悪感に
ラルフだけでもシナリオ通りに動いてくれているので、私は安心した。
「あの……とりあえず服ってありますかね⁇」
あっと言う声と共に、ラルフはどこかに走っていった。そして、侍女が現れ私の服を準備してくれたのだ。
「よし。それでは、行きましょうか」
気合を入れて、私は城の門前に立っていた。侍女が持ってきたのは、主人公が着る服だった。
「はい。お供させていただきます」
そう言ってラルフは私に頭を下げた。そして、私達は城の門を通り、魔の森へ向かうのだった。魔の森はここからそう遠くない距離に存在する。
異世界だから魔物を最初に出してほしいのだが、出てくるのは山賊だ。いちゃもんをつけてくる質が悪い
「もうじき、魔の森に辿り着きます。一つだけ注意してほしいことがあります」
「はい」
シナリオ通りにラルフが説明を始めた。本来ならリクルンの仕事なのだが、リクルンがイベント
「魔の森は山賊の砦があり、非常に危険です。そのため、私から離れないように気を付けてください」
ラルフの言葉に、私は頷いた。魔の森でチート能力をもらわないと、主人公は戦うことができないのだ。だから、一刻も早く力を手に入れなければならない。力を手に入れたら、腕試しがてらに山賊のアジトでも消滅させに行くのもありかもしれない。これからの山賊の絡み具合によって、それは考えてあげようと思う。
「さぁ、着きましたよ。ここが魔の森です」
ラルフが目の前を指差した。そこには小さいと言えど、たくさんの木々の生えた森があった。
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