第5話 神様、仏様(1)

「……なんでこんなに山賊がいるのよ」

 私・名川松子は今、身を隠しながら魔の森の中を歩いている。本来ならあの時、山賊を倒して警備隊に渡して終わるはずだった。だが、倒れたのはラルフだった。そして、警備隊に引き渡すのもラルフの役だ。本当にこの世界の攻略対象はどうなっているのだ。

 逃げ出した山賊は仲間を呼んで森の中を捜索そうさくしているため、このままでは物語の始まりで終わりを迎えてしまう。

 山賊と戦っても良いが、確か山賊の親方はかなりゴツイはずだ。いのしし一騎討いっきうちするくらいには身体を鍛えている設定のはずなので、今の私では歯が立たない。山賊は雑魚ざこキャラ扱いだったのに、難易度設定が地獄にでもなっているのかと言うくらい人数がおかしい。

「とりあえず、バレないよう……」

 パキッと音がした。なんと下手なとショックを受けつつ、足元に目を下ろした。そこには小さな木の枝があった。こんな小さな木の枝がそんな大きな音なわけないだろうと、山賊らの方へ目を向ける。やつらはこちらをじっと見ていた。

「……ほほほっ、おっ邪魔しましたぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 そう言いながら、私は魔の森の奥の方へ全速力で駆けて行った。

「いたぞぉぉぉっ!!異界人、一人だ!!!!捕まえろぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」

 その声と共に、うおぉぉぉっと言う地響きが起きそうな山賊どもの怒声が聞こえてきた。

「ひぃぃぃっ!!来んでいいがなぁー!!」

 とにかく全速力で走り続けた。途中で木々の隙間や、草むらに入り込んで山賊の目眩めくらましをしてギリギリ逃げ切ることができていた。

 ただ、魔の森の祠の最後の道は一本道なのだ。まっすぐと、まるで徒競走するためにできているような道だ。

「あああっ!!!!マジで追ってくるんじゃないよぉぉぉっっっ!!!!」

「まっ待てぇぇぇっ!!」

 途中で異界人は人間ではないのでは、と言う声を上げて脱落していく山賊がいた。生死のかかった状態で、疲れたとかもう走れないとか可愛いことは言っていられない。

 まるで警察に追われる泥棒のように、山賊らに追われている。一人に対して追いかける人数が異常だ。振り返って見た限りでは、百人以上いるのではと思う。

「後ちょっと!!」

 かなりの距離を空けた状態で、私は結界の中に入った。結界に入った瞬間、私は倒れ込んだ。しめたと喜んでこちらに向かってくる山賊に対して、私はゴロンと転がって山賊らを見つめてニヤリと笑った。

「やっと追いついた!!!!ぶへっ!!!!」

 一人、また一人と前の山賊は結界に入り込めず激突げきとつしたのだ。地震でも起きるのかと思うくらい大きな音を立てた。そして、ゆっくりと倒れ込んでいったのだ。

「はっ……はははっ!!結界は異界人か神に認められた者しか入れないんだよ、ばぁぁぁぁぁぁか!!!!」

 倒れ込みながらもブーブー文句を言っている山賊らを無視して、私は立ち上がった。走りすぎて足はパンパンだし、身体は変な動きをしたせいで筋肉痛確定と言うくらい痛い。

 もし、結界がオープンドアのようになっていたら、私は捕まっていただろう。だが、やはり結界と言うだけあってちゃんと決まった人しか入れないようになっていた。こう言う設定が生きていてくれるのは、非常に有難いことだ。

 私は薄暗い道の方に身体を向けて歩き始めた。後ろから卑怯ひきょうだとかさっさと出て来いとか、山賊らが野次やじを飛ばしている。私は足を止めて、山賊らを横目でにらんだ。

「お前ら、後で覚えておけよ⁇今日がお前らの命日だ」

 まるでヒットマンか何かのドラマで言いそうなセリフを決め、私は再び歩き始めた。祠で神から力を受け取ったら、あいつら全員ただではおかないと心に決めたのだ。

 野次がうるさいが、祠に辿り着くまでには聞こえなくなるだろう。だって神聖な場所だから。もうじき聞こえなくなるだろうと気にしないようにした。


 気にしないように……


 私は祠の前に辿り着いた。薄暗い道の行き止まりにそれはあったのだ。かなり汚れているようだが、新品かと思うくらいには痛んだところも壊れているところもないのだ。祠に近づくと、祠にライトが当たったかのように光り輝き始めたのだ。本当にここは異世界なのだと実感した。

 ただ、一つ問題がある。

「おおおぃぃぃ!!!!聞いてんのかブス!!!!」

「ブースブース!!!!」

 歩き始めてすぐ行き止まりだったのだ。だから、山賊らの野次は丸聞こえなのだ。せっかくの神秘的な世界が台無しになってしまった。

「ちょっと!!!!今から良いところなんだから、心のみにくい不細工どもは黙ってなさいよ!!!!」

 神との対話時にこいつらの声が聞こえてきたら、途中で切れてしまいそうだ。そうしたら、神も攻略対象らみたいにイベント放棄をしてしまうかもしれない。それは非常に困るのだ。そうなったら、ここから一生出れなくなってしまう。

「あーっもう!!!!黙らないなら今からでもお前らを血祭りにあげてやるわ!!!!」

 私は無い袖をまくり上げるように気合を入れて、山賊らの方へ振り返った。

『まぁ待て』

 突然、後ろから声が聞こえてきて私は立ち止まった。ゆっくりと振り返る。

「……気のせい⁇」

 確か、神と対話するにはなぞの呪文を唱えなければならない。主人公は頭の中に謎の言葉が、突然あふれ出てくるのだ。それを声に出すと、神が現れるのだ。だが、今の私は山賊らと喧嘩けんかをしようとしているだけで、呪文どころか頭に何も言葉は溢れていない。溢れていることと言えば、やつらを血祭りにしてやるくらいだ。

『お主は異界の者だな。私はこの世界を守護する神だ』

 祠から声が聞こえてくるのだ。誰かが後ろで声を出しているだけかと、祠の後ろを確認するが、誰もいない。私以外にこの結界内には誰も入っていない。あるものは祠だけなのだ。

「神……様⁇」

 そう言うと、祠は今までよりももっと強い光りを放ち、より一層輝いたのだ。

『そうだ。お主は……松子だな⁇ようこそ、我が世界へ。これから……』

 ゲームと同様の説明が始まった。ゲームプレイ時もこの説明は長かった。早回し機能はあったので、神の説明部分は早回ししていた。別にイケメンの顔がある訳でもなく、声もおじさんっぽくて嫌だったからさっさと終わらそうとしていた。だが、早回しボタンを押して五分経っても、まだ終わらなかったことを覚えている。ある種のプレイヤー殺しの神だった。周回プレイ時も早回ししか無かったので、周回するたびに瀕死ひんしだったのを覚えている。だが、今は異世界召喚だ。つまり、上手くやれば話を短くすることが可能だ。

「あの、神様」

『以上じゃが、何かあるかの⁇』

「ふぇっ⁇」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る