第8話 士官学院選抜試験

 士官学院の選抜試験の話が出てから数日後、試験本番を迎えた。


 試験は、この街にいくつかある中等学院合同で行われ会場は毎年各学院の持ち回りで行われる。


 今回の試験会場は、幸運なことにウチの学院だった。


 遠い地区の生徒は、魔動バスに乗ってこないといけないほど遠いので顔も知らない受験生が大勢集まった。


 その受験生たちの顔には、不安と困惑がありありと現れていた。


 それもそうだろう、ウォルター様が言っていた試験内容が皆にも公表されたとき、ウチの学院から試験を受ける生徒全員が悲鳴をあげた。


 というのも、剣士科の試験は剣による模擬戦だけでなく体力測定があり、魔法科の試験は扱える魔力の量や練度を見たり使える魔法の種類や精度を見る。


 魔法科志望の人間は、特に身体を鍛えたりしない。


 そして、今回の告知から試験まで数日しかなかった。


 身体を鍛えることもできず、かといって現状の体力でどこまでできるのかも分からない。


 一方の剣士科志望の生徒たちは、魔法の素質が無いものが多い。


 軍がどのような意図でこのような試験内容にしたのかは分からないが、たった数日で体力の底上げなんてできないし、そもそも魔法が使えない者はどうしようもない。

 

 試験日当日まで学院内はドンヨリとした空気が漂っていた。


 他の学院の生徒たちも同様だったんだろうな。


 そんな不安の抱えたまま迎えた試験だが、まず最初に今回の試験についての説明があった。


「えー、今回のこの試験内容について不安に思っている者も多いと思う。だがまあ、これはあくまで受験生の適正を見るためのもので、両方で結果を出さないと不合格になるわけじゃない。そこは安心してくれ」


 軍から派遣された試験官の一人である剣士さんがそう言うと、集まっている受験生の間にようやく安堵の空気が流れた。


 俺は、それはまあそうだろうなと思っていた。


 だって、あまりにも告知が直前すぎだし、魔法が使えないから剣士を目指している人間なんてザラにいる。


 なのにこんな試験内容にしたってことは、ついでになにか調べる意図でもあるんだろうなとは思っていた。


 残念ながらそのことに対する説明はなかった。


 一体なにを考えてるんだろうなと思いながら、俺たちの前に並んでいる試験官の人たちを見る。


 俺たちの前に並んでいる人たちは制服姿なのだが、その制服が三種類ある。


 一つ目は剣士隊。


 二つ目は魔法士隊。



 そして、三つ目……。


 これがどこの部署か分からない。


 事務方かな?


 まあ、見ても分からないな。


 俺が試験官の人たちを見ているうちに、試験が始まった。


 最初は魔法科の試験だ。


 これは剣士科の試験を先にやると、疲労困憊で魔法科の試験に差し障るからという理由から。


 受験番号順に試験が行われるのだが……これが意外とサクサク進む。


 というのも、魔法使いの素質のない剣士科志望の人間が結構いるので、そういう人は試験を行わずに次の人に移るからだ。


 なので、俺の順番もすぐに来た。


 ちなみに、ケインは魔法が使えないのでそう申請して試験は終了している。


 俺は、試験場に立てられた的に向かって手を差し出す。


 魔法に必要なのは精密な魔力コントロールと、魔法を産み出すための式。


 魔法式と呼ばれるそれは、複雑なものほど精密な魔力コントロールを必要とし複雑かつ大規模な魔法を素早く使える=魔力コントロールが上手い、ということになる。


 俺は魔力を制御し、今自分にできる精一杯の魔法を放った。


 思ったより早く、そして強力な魔法を行使することができた。


 他の魔法クラブの人間と比べても遜色ない魔法が放つことができた。


 そのことに安堵していると、突如魔法練習場に轟音が響いた。


 何事かと思って音のした方を見ると、そこではエマが魔法を放っていた。


 明らかに、俺や他の魔術クラブの人間とはレベルの違う魔法。


 その威力を見慣れている俺たちはともかく、初めて見る試験官たちは唖然とした顔をしている。


 これは、エマの魔法科合格は決まりだな。


 それにしても、運が悪い。


 俺が魔法を放った直後にエマの魔法が放たれたので、俺が放った魔法は印象が薄くなってしまったかもしれない。


 俺は自分の運の悪さに溜め息を吐き、魔法を放ち終わったエマを見ずに次の受験者に場所を譲った。


「あ、まっ! ご、ごめんなさい」


 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、エマが次の受験者と入れ替わる際にぶつかったようで、謝っている姿が目に入った。


 会心の魔法が放てたことで気が抜けたのだろうか?


 割と完璧主義なところのあるエマにしては珍しい光景だけど、この選抜試験は中等学院で学んだことの総決算であり、この試験結果次第で将来が決まるのだ。


 多少浮かれてもしょうがないだろう。


 あんまり他人の失敗をジロジロ見るのも失礼かと思った俺は、エマから視線を切り皆が控えている場所に戻り、試験が終わるのを待った。


 エマもあの後すぐに控えの場所に来たが、少しキョロキョロしたあと、俺から離れた場所で待機していた。


 エマのいる場所には、同じ学院の魔法クラブのメンバーが集まっている。


 一人離れた場所にいる俺に誰も声をかけてこないということは、俺は彼らの仲間だとは認識されていないらしい。


 まあ、それも今更の話だけどな。


 こうして魔法科の試験が終わり、少し休憩を挟んだあと剣士科の試験が始まった。


 剣士科の試験は、魔法科の試験に比べて時間がかかる。


 まず始めに短距離走。


 続いて走り幅跳び、反復横跳び、懸垂、スクワット。


 どれもこれも、学院の体育の授業で行われる体力測定と同じなので、特に混乱なく試験は進んでいく。


 ただ……試験が進むにつれて、魔法科志望の受験生たちの顔色が悪くなっていくのが気になる。


 エマも、真っ青な顔をして足をプルプルさせている。


 そして最後が持久走だ。


 剣士科志望の受験生は涼しい顔をして走っているが、魔法科志望の生徒は……あ、また誰か倒れた。


 受験会場となった学院の校庭を十周走るだけの距離なのだが、全員走り終わったあと、魔法科志望の受験生は、荒い息を吐いて地面に突っ伏していた。


 まさに死屍累々だ。


 体力測定が終わったあとは、最後の試験である模擬戦が行われる。


 剣士科志望の受験生は受験生同士で模擬戦を行うが、魔法科志望の受験生は剣なんか持ったこともない素人ばかり。


 素人同士が試合をすると思わぬ怪我をするかもということで、試験官との打ち合いになった。


 俺が対戦したのは、他校の剣術クラブに所属している人だった。


「はじめ!」


 審判役の試験官のかけ声で模擬戦が始まる。


 相手は、先手必勝とばかりに突っ込んできて、思いきり剣を振り下ろしてきた。


 俺は、その剣を受け流しながら相手を冷静に見る余裕ができた。


 さっきの突進も、目の前で振り回している剣も、ケインと比べると格段に遅い。


 もしかしたら、他校の剣術クラブでも下位の選手なんだろうか。


 だとしたらラッキーだ、さっきエマのお陰で印象が薄くなってしまった魔法科の試験の分もここで取り返してやる。


 そう思った俺は、次に相手の剣を受け流したあと、そのままの流れでカウンターを放つ。


 俺の放ったカウンターの剣戟は、相手の首筋に吸い込まれていき、当たる直前で寸止めした。


「それまで!」


 試験官の号令で俺は剣を引く。


 相手は、悔しそうにしつつも開始線まで戻り互いに礼をして模擬戦は終了した。


 ……ふう、良かった、勝てた。


 勝利できたことに安堵し、試験を終えた受験生の待機場所に戻ろうとしたとき、こちらを見ている人間がいることに気付いた。


 ケインだ。


 まるで睨むようにこちらを見ている。


 ……なんでそんなに睨んでいるんだろう?


 もしかして、同じ学院の剣術クラブに所属している者として無様な試合を見せているんじゃないかと見張っていたのだろうか?


 いくらなんでも、ウチの剣術クラブの人間なら誰でも勝てると思う相手に馬鹿にしないでもらいたい。


 こんなときにまであんな態度を見せるケインのことは無視して、俺は受験生の待機場所まで戻る。


 ここでも、俺は剣術クラブのメンバーが集まっている場所とは離れた場所に一人で立っていた。


 そして、魔術クラブ同様、俺に声をかけてくる人間は誰もいない。


 魔術クラブからも、剣術クラブからも仲間とみなされていない。


 ……俺は、そんなに嫌われるようなことをしただろうか?


 俺はただ、周りの声に流されるままでいただけだった。


 それがダメだったのだろうか?


 だったら、誰か教えてほしかった。


 そんなにあれやこれやと手を出していると皆から嫌われるよと。


 でも、誰も教えてくれなかった。


 俺がそれを知ったのは、皆に嫌われてからだ。


 もう……取り返しはつかない。


 魔法科、剣士科の両方の試験を終えた俺は、一人でそんなことを考えていたので、俺のあとに行われている模擬戦は見ておらず、いつの間にか試験は全て終わっていた。


 試験結果は、後日学院にまとめて送付すると告げられ士官学院選抜試験は終了した。


 試験が終わり解散となったあと、ウチの学院の魔法クラブと剣術クラブの人間がそれぞれ集まり、打ち上げをしようと相談し合っていた。


 俺はその場に残って彼らを見ていたが、少ししてからそんな相談をしている彼らの横をすり抜けるように帰路についた。


 誰も……俺のことを誘ってくれる人間はいなかったから。


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