Fluctuating boundaries; migratory bird
私昨日、プレポート5買ったんですよ
お昼が何となく一緒になってしまった先輩と、沈黙も気まずいので話しかけた。
……え!入手困難って聞いたけど?
それが、たまたま入った電気屋さんで、偶然見つけて
この先輩とはたまに話すけど、なにに対してもさして興味がないみたい。でも私と同じで流行だけは追ってるタイプ。下心もないみたいだから話しやすい。
てか佐藤ってゲームすんの?
しないんですよ
じゃあ買うなよ!
でも、入手困難っていうのは、知ってたから、……つい?
良くないよ~、そういうの
だから、ソフトもなくて
おいおい……あ、じゃあこれあげようか
なんですか、これ
何か知る人ぞ知るゲームらしいよ。高橋がくれた
あ~あの、彼女ができて転職した人ですか
そう、ペット可のマンションに引っ越すために、キャリアアップ
そこでお昼休みが終わりのチャイムが鳴ったので、私たちは仕事に戻った。
私は家に帰るとさっそく先輩にもらったオンラインゲームの招待コードを使ってゲームをプレイしてみた。
ゲームなんて初めてだったから、よくわからなかったけど、
とにかく何をするのも自由なゲームで、
自分のキャラクターも、アバターっていうのかな?それも、なんにでも、どんなものにもなれるようだった。
私は、空を飛べたらいいかも~と普段から思っていたので、なんとなく鳥になった。
このゲームをしているほとんどの人が、人型のアバターを選択して、現実と同じような営みをしていたけど、
私にはそれが信じられなかった。
鳥としての日々は素晴らしかった。
私は仕事から帰れば夜遅く、時には朝方までゲームの中で鳥になり、
休日ともなればそれはもう一日中空を飛んでいた。
朝焼けに向かって飛んで行くのも、沈む日を空の天辺から臨むのも素晴らしかったし、
夜、静かな森の中で星を眺めたり、木々の息遣いを聴いているのも、極上の癒しだった。
だんだんと、鳥としてのわたしこそがホントウであり、
朝起きて着替えて電車に揺られ、デスクの前に座ってキーボードを打っている自分が嘘のように感じた。
周りからは、最近やせたね、とか、ちゃんと寝てる?とか聞かれたし、
陰で、臭いとか、小汚い、と言われるようになったのを知っているけど、
そんなことはどうでもよいくらい、今が人生で一番幸せだった。
やがて私はゲームの中で鳥の姿のまま眠り、鳥として朝を迎えるようになっていた。
その日はぽかぽかと日差しが温かく、私はまたウトウトと眠ってしまっていた。
どのくらいそうしていただろう、いい風が吹いたので目が覚めた。
ああ、この風に乗って今年はもう渡ってしまおう。
南国の空を飛んで、極寒の地を舞って、飽きるほど旅をしたらいずれまたここに戻ってこよう。
私は風にいざなわれるまま、羽を広げ、まさに今飛び立とうという瞬間、
誰かが私の身体をつかみ、大きな声を出した。
佐藤!!!
なにやってんだ!!!
え?
目の前には錆びた柵があって、下からは街の喧騒が聞こえた。
ここはゲームの中じゃなくて、現実だった
現実の、ビルの屋上だった。
休み時間を過ぎても戻ってこない私を先輩は捜しに来てくれて、そのおかげで助かった。
なんでこんなことを、と聞かれ、私が要領を得ない説明をしていたら、
とにかく今日はもういいと、帰って休めと労わられ、
まだ明るい中、嘘みたいに空いている電車に揺られ、カーテンの閉め切られた自室に帰った。
私は家に帰るなりゲームデータを削除した。
でも、気持ちが落ち着いてきたら、こんなに危険なゲーム、何とかしなきゃと思って
制作会社に意見を送ろうと、ネット上を散々探し回ったけれど、
どんなワードで検索をかけてもひとつもヒットしないし、
誰もつぶやいてすらいなかった。
もちろんゲーム機本体にも何のログも残っておらず、
そのうち私も、タイトルすら思い出せなくなってしまって……
あれ、なにを調べてたんだっけ?
……ま、いいか、なぜかすっごく眠いから、
とりあえず眠ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます