Fluctuating boundaries

めとろ

Fluctuating boundaries; black cat

先輩が結婚するんだって、

俺と同じで、ゲームしかしてないような先輩が。

いったい、いつの間にそんな相手と知り合って、想いを通わせていたのかと訊ねたら、

ゲームだって。

オンラインゲーム。


そんなの都市伝説と思っていたけど、ほんとにあるんだなーなんて感心していたら、

お前もやってみたら、なんて言って、招待コードを送ってくれた。

なんでも知る人ぞ知るゲームらしくて、

招待がないとプレイできない上に、

招待も、一人につき一人にしかできないという。


えー俺なんかでいいんですか、

と聞いたら、実は先輩、お相手の家業を継ぐことになって会社をやめるらしい。

突然のことで俺に迷惑をかけてしまうから、だって。

そんなこと気にしなくてもいいのに、

なんて思っていたら、すぐに引き継ぎがはじまって、

先輩はその日のうちにさっさと退職してしまったのであった。


帰宅後、俺は先輩からの招待コードを入力して、すぐにゲームをやってみた。

知る人ぞ知るとは言っても、ゲーマーの間で話にも出たことのないゲームだ、

特別面白いことはないのだろうと、あまり期待せずにはじめた。


このゲームは、まずは自分のウツワを決めるようだ。

どのくらいの大きさで、どこに棲み、何を食べ、どのように移動するか、

不思議なゲームだと思った。

ワニになってもいいし、鳥になってもいい、

もちろん人になったっていいし、鬼やドラゴンにだってなれる。

ただし、ワニや鳥になれば他の動物に襲われて食われるかもしれないし、

鬼やドラゴンになったとしても、人間に討伐されるかもしれない。

ゲームの世界で死ねば、また新しく自分のアバターを形成できるが、

逆に言えばゲーム内で死ぬまで同じアバターのまま、変更はできないという。


鳥やワニとなって生活するのも楽しそうだが、

ゲーム内の雰囲気をつかむため、とりあえず蚊になってみた。

蚊であれば、どこへでも飛んで行けるし、比較的簡単にリセットできそうだと考えた。

人間の耳元でブンブン飛んでいれば叩かれて死ぬだろう。

もし死ねなければ蚊としてゲーム内を生き続けることになるが、

それはそれで新しいし、つまらなければもうやらなければいいだけだ。

無料のオンラインゲームなのだし。


そうして、蚊としての生がゲーム内ではじまったわけだが、このゲームには、とくにゴールはないようだ。

たとえば俺がドラゴンとなり、村を焼き払えばドラゴン(俺)退治となるのだろうが、そんなめんどくさそうな大役を買って出て、わざわざ平和を乱すようなプレイヤーもおらず、だいたいのものがのんびりと田舎暮らしをするように穏やかに過ごしていた。

ざっと見た感じ、やはり人語を解するもの、特に、人型に成っている者が多いようだ。

そんなわけで、俺も普通に人型生物に生まれ変わった。


ここでの生活は何もなく、それでも楽しかった。

図書館で得た知識に依って、金になりそうな薬草やキノコを採ってきて金に換え、

それを元手に武器を買い小動物を仕留め、それを食べたり金に換えたりして少しずつできることを増やし、

そうこうしているうちに自然と知り合いができて、

おれにも先輩と同じように、

恋人ができた。


最近付き合い悪いよなあ。

昼休み、会社の休憩室でサンドイッチをほおばっていたら向かいの席に同期が腰かけた。

終わったらすぐ帰ってるじゃん。

俺は最近オンラインゲームにはまっていること、

そしてそこで知り合った人と恋人になったことなどを話した。

えーでも、会ったことないんだろ?

同期はあんまりゲームに興味がないのか、絡んできたくせにスマホを見ながら返事をした。

めっちゃブスかもしんないじゃん、てか本当に女なの?

今度会う。

そうなんだ!可愛いといいね。


俺は、その人の、心に、魂に惚れたのだけれど、

そういうことはあまり伝わらない。伝わったためしがない。

だから別に、反論なんかしない。


約束の日、その日はとても晴れていた。

待ち合わせ場所に着くと、黒くてきれいな猫がぴっと背筋を伸ばして座っていて、

俺が近づくとにゃあと鳴いて微笑んだ。


少し早く来すぎたかもしれないな、とか

待ち合わせは室内の方がよかったかも、など、

ぐるぐる思考を巡らせていたけど、

待てど暮らせどその人は来ない。


そういえば、連絡先も知らなかったな、

もしかして、社交辞令だったのかな、

付き合っていたと思っていたのは俺だけだったのか、

と、目の端に涙が滲みだしたころ、

黒猫がすり寄ってきて、にゃあと鳴いた。


思わず抱き上げて、顔を近づけ瞳を見た時、

まさか、と思うが確信した。


もしかして、君なの?

猫は嬉しそうに鳴いた。

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