第15話 曰く付き物件、買い取ります。
真緒は虚無顔で自分用に用意されたデスクに座った。目の前には工藤、隣には佐伯。斜め前に田代がいて、みな笑顔で真緒を迎えていた。
「よろしくお願いします、市村役員」
佐伯が笑いを堪えて真緒をそう呼んだ。青山時代からの知り合いであり、歳は真緒より下の佐伯だが、この業界では真緒よりずっと先輩である。
「早速ですが市村役員、デスクにある書類をご確認ください」
慈悲のかけらもない工藤の涼しい声が真緒をせっついた。
「えへへ、一緒に頑張りましょうね! 市村役員!」
能天気な田代の声を聞いて、真緒は顔を覆って呻いた。
「どうしてこうなった」
青山で暮らしていたとき、真緒はレオンが経営する不動産会社の事務員だった。来客対応、お茶入れ、契約書類の整理と不備確認、来客の子どもの面倒をみる。それが真緒の主な仕事だった。だから、不動産業界に身を置いていても、とりわけ物件の売買や賃貸に直接関わることはなかった。
だがしかし。
こちらに来てから、あやかしに関する曰く付き物件を取り扱うことが多くなり、その事前調査や当のあやかしに話を聞いてくるのが、真緒の生活の一部となっていた。あやかしは、真緒との交渉で穏便に立ち退いてくれることもあったし、真緒でも手に負えないときは顕行や伯英に話を持っていくこともあった。
当初はレオンも、一回一回真緒にお伺いをたて、着物や酒などの現物支給で報酬を与えていたが、「いっそ非常勤役員になっちまった方が楽じゃねぇか?」と思いつき、今月から役員として月に数度、レオンの会社に勤務することとなった。
「いいじゃねぇか。働くの好きだろ? 休みにぼんやりしてるとその時間が勿体無いって言ってたじゃねぇか」
全体を見渡す位置に陣取っているレオンがにこやかに言い放つ。確かにたまの休日に何をしていいかわからずゴロゴロすることが多く、これならいっそ毎日店を開けた方がいいかもしれないとは言ったことがあるが。
「……こんな拝み屋みたいな仕事がしたいわけじゃないもん……」
真緒は吸血鬼になって変化した己の体質と、西の師匠に叩き込まれた符術を初めて恨んだ。吸血鬼となって鋭敏になった勘、巫女の資格たる乙女の体、専攻していた江戸時代の文化風俗、地縁と結ばれやすい体質。それはこの地を護る山の神すら関心を抱くほどの能力となって開花した。
「お前さんじゃなきゃできねぇ仕事だ。だから俺たちは安心して物件を引き取れる」
「やぁだぁ」
真緒はデスクに突っ伏した。茶封筒がみっつほど置かれていたが、どれも真緒が調査することになる曰く付きの物件なのだ。
「工藤さんだって力あるでしょう? 使ってくださいよ」
「生憎私の力では、あやかしは祓えませんので」
「私だって祓えないですよ? お話聞いてお願いしているだけですもん」
「あれ、真緒さんあやかし祓えないんですか?」
意外だと言う声を佐伯が上げた。
「師匠から学んだのは護身術と探索系の術。祓い清めるのは流石にこの複雑な体じゃ爆弾投げるようなものだって言われて学んでいないです」
真緒は日本人である。
「まぁ、無理なら寺か神社に頼むから。チラッとだけでもいいから見てくれ」
レオンにそう言われ、真緒は渋々と茶封筒を開けた。
ひとつ目は天井についた無数の手形の写真。これは作業をしていた人の脂が付着したものだろうと、写真を撮ってきた工藤と意見が一致。天井全面を張り替えることで解決。
ふたつ目は一箇所だけへこんだ生垣の写真。多分動物を土葬して、骨になって肉の部分が空洞化した部分が落ちたのだろうと、佐伯が発言した。念のため顕行に見てもらうことでこれも解決。
みっつ目の茶封筒は写真と図面が出てきた。更地の写真に、区割りされた図面。地図で確認すると、新興住宅地として開発されている、ここからやや離れた場所だった。
「ここ、田んぼ? 畑?」
更地の後ろはまだ田畑が残っている。真緒はこの地も田畑だったのだろうとあたりをつけて聞いてみた。
「いや、昔から家が建ってたみたいだぜ。某一族が集まって住んでたみたいだ」
新参の不動産屋が一族から買い取ったはいいが、家を建てる際に事故が多発する、家を建ててもすぐに住民が引っ越しして新居もすぐに荒れてしまう、と言うことで、更地に戻してしばし放置し、格安でこっちに売りつけたようだ。
「その一族はどれくらいの間ここに住んでいたか、工藤さんわかります?」
工藤はこの地出身の人狼で、歳は100を越えている。ふむ、としばし思い返し、
「昭和の初め頃まではいた筈です。大正の7年か8年あたりに火事に見舞われ、多数の犠牲者と行方不明者を出したと新聞に載っていました。その後、関東大震災の煽りを喰らって一族の家計が一気に傾き、この地を離れていったと聞いています」
「水道って引かれてました?」
「まだこの辺りは井戸を使っていたような……」
「行方不明者は行方知らずのままなんですよね?」
「おそらく」
「昭和の頭なら井戸をぞんざいには扱わないと思うので、埋めたときはちゃんとお祓いされていると思うのですが。その井戸の中に、行方不明者が逃げた可能性ってありませんでしょうか」
「ああ……。可能性はありますね。井戸に逃げ込んでそのまま溺れて亡くなったのかもしれません」
「伯英さまに、昭和初期にこの土地の井戸をお祓いしたかどうか調べていただいて、その後顕行さまに井戸の跡を見ていただいた方がいいかもしれません」
レオンはめんどくせえなぁ、と言いながら真緒から茶封筒を受け取り、『寺・神社両方案件』と書かれたファイルに挟み込んだ。めんどくさいのはこっちだ、と真緒はため息を吐く。
「……ねぇ、これ毎月やるの? 私が? 1人で?」
「こうやって頭数揃えて話し合ってるだろ? それじゃ不満か?」
「現地に赴く可能性もあるでしょう?」
「そのときにはちゃんと工藤か俺がついていくように調整するから。な?」
「いーやー」
真緒は再び、デスクに突っ伏した。
自身があやかしになったとはいえ、怖い話や心霊系の話は苦手なのである。花火大会のときに出会った妖怪でさえ、少し血の気が引いていたのだ。田代の子どもたちのように、ほのぼのかわいいあやかしなら大歓迎なのだが。
「その分報酬多いからいいじゃねぇか」
「メンタルの負荷は金員では解消されません〜」
「じゃあ俺とハグする時間増やすか?」
「馬鹿レオン」
「隣の県の温泉旅館とかお2人で行ったらどうすか? ほら、工藤部長が薦めてくれてた……」
「ああ〜! あそこいいですね! 季節ごとに出るお料理も変わるらしいから毎月行きたいって美代が言ってましたよ!」
「田代は新婚旅行にあの旅館に行ったのだったか」
「はい! いやぁ、景色も良いしご飯も美味しいし最高でした!」
「真緒さん、毎月温泉。ボスにおねだりしても良いんじゃないすか?」
「ちなみにこちら、鶴の間は座敷童子が出ます」
「……座敷童子さま、かわいい?」
「私は子どもをかわいいと思ったことがないので何とも言えません」
「田代さんは見ました?」
「僕たちは藤の間に泊まったのでわかりません!」
「なんだ、月イチ温泉なら何回でも付き合うぞ?」
「働かなくても働いても自由にしていいって言ったのは誰よ。私はこの仕事いやぁよ」
「少しくらい手伝ってくれよ。助け合うのが夫婦だろう?」
「結婚の条件になかったじゃない」
「頼む」
「お願いします、真緒さん」
「お願いいたします。真緒さま」
「お願いします! 真緒さん!」
社員たちに頭を下げられ、真緒はうわぁんと天を仰ぐ。レオンだけならまだしも、4人の子どものいる田代を失業させるわけにはいかない。いや、曰く付き物件だけで事業が成り立って入りわけではないのだろうが、何パーセントかは支えているのは確かだ。
「事故物件とか心霊系はやらないからね? そっちはノータッチだからね? あやかし系だけだからね?」
「わかった」
やったー! と田代たちが喜ぶ。高速でパソコンに何かを打ち込んでいた工藤が、出力した用紙に会社と社長の判子を捺して、真緒に渡してきた。非常勤役員としての契約書だ。報酬は真緒が二度見するほどの金額だった。毎月着物を一枚誂えても、大抵は一括払いできてお釣りがくるだろう。毎月の温泉旅館の宿泊もちゃんと明記されている。曰く付き物件がない月でも、最低限の報酬はいくら、とも書かれている。勤務日数が少ないので有休などはないが、体調と九十九やの経営を優先すること、とも書かれていた。
彼らが真緒に甘いのか、曰く付き物件をそれほど多く抱えようとしているのか、真緒にはわからなかったが、重大な責任を負ったことは確かだ。
工藤の後ろに神棚が見えた。山神さまのお札があるのだろう。
山神さまがくくっと笑った声が聞こえたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます