第14話 百鬼夜行の花火大会
7月某日、和雑貨店九十九やは本日は早仕舞いだ。真緒は紺地に桔梗と露芝が描かれた浴衣に、白の博多帯を締めている。この日のためにとっておいた真新しい浴衣に身を包み、店の入り口にちらちらと視線を投げる。そろそろ来てもいい頃合いだ。
「まおねーちゃ」
「あおねーちゃ」
「ねーちゃ」
「ちゃ!」
大小よっつの可愛らしい声が入り口から聞こえたと思ったら、狭い店の中に、お揃いの甚兵衛を着た子どもたちがどっとなだれ込んできた。
「きゃ〜、いらっしゃい、みんな!」
真緒は下駄を履いて土間に降り、4人を笑顔で出迎えた。むぎゅっとみんなで抱きしめ合う。
「あらあら、真緒さんが潰れちゃうでしょ? みんな優しくぎゅっとするのよ?」
「「「はーい」」」「あい!」
団子状態になっている真緒たちを見て、子どもたちの母親の美代は笑った。真緒を抱きしめているのは、歳の順に
「さっきレオンから連絡があったので、もうすぐ着くと思います」
「今年も工藤さんと佐伯さんがお留守番?」
「みたいですね。今日くらいお休みにすればいいのに」
レオンの部下、
「それにしても
「そうみたいです。保育園で流行ってるみたいで、休園するとかしないとか言ってましたね」
3件隣の食堂を営む茜の息子たち、真斗は3歳、優斗は2歳で、田代の子どもたちと同年代である。雅彦と頼彦は保育園には行かず、美代がつきっきりで変化の訓練をしている真っ最中だが、真緒という共通の知人を通して知り合い、狸であることは内緒で交流を深めている。雅彦は尻尾がぽんと生えたり引っ込んだりしているし、頼彦は可愛い尻尾をぶんぶんと振っている。
「雅彦、頼彦、しっぽはないないよ」
美代の言葉に2人はハッとして尻尾を引っ込めた。
「やっぱり尻尾が出ちゃいますね。幼稚園に行くまでに人に化けるのは難しいんですね」
「そうなんですよ。普通の育児に変化まで教えるもんだから大変で」
真緒はきちんと人に化けている上の兄たちを見た。愛くるしい顔は、どこか狸に似ているが、しっかりとヒトの形を保っている。
「お世話大変なんですね。何かお手伝いできることがあればおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます。でも近所の皆さんが面倒見てくれて、今田さんって若いお兄ちゃんがいるんですが、その子がいろいろ勉強させてくれるんですよ」
「今田さん?」
聞き慣れない名だ。
「きつねのにーちゃだよ。えきいんさんなんだ」
真緒の問いに信彦が答えた。そういえば長男の和彦は電車が好きで、田代と一緒に駅前によく遊びに行くと言っていたっけ。つねにいに会いに行くんだ、とか聞いたことがある。
「ひょっとして今田さんって、つねにいのこと?」
「そうだよ〜」
和彦は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。つられて弟たちもぴょんぴょん跳ねて、頼彦のぴよぴよサンダルがぴょぴょと鳴る。
「賑やかだな」
「お待たせしました〜!」
美代の背後から声がした。
見るとレオンと田代が、半袖シャツにスラックスのクールビズ姿で立っている。
「とーちゃ!」
「ととちゃ!」
「とちゃ!」
「ちゃ!」
4兄弟は我先にと田代に駆け寄ろうとして、レオンの顔を見てその場で足踏みをする。ぺたぺた、ぴょぴょ。
「レオン、顔が怖いって」
「俺はふっつーにしてるんですけど?」
市村夫婦のやりとりに、田代夫婦はくすくすと笑った。
川沿いで行われる花火は、川岸と道幅が狭いこともあって、地区ごとに時間差で見るように通達されている。真緒たちの地区は今年は中間の時間、花火が盛り上がる頃合いだった。
田代が雅彦を、美代が頼彦を抱っこし、2人の兄は真緒とレオンが手を繋いでいた。
「るみちゃんはちくがちがうから、会えないかな」
「るみちゃん?」
「和彦の好きな子なんです。東京からお母さんと一緒に越してきて。先生の話だと、2人で椅子のタワーを作ったり、砂場を猫の型で埋め尽くしたり、いたずらするんですって」
「まぁ」
真緒は手を繋いでいる和彦の顔を見た。当の本人はエヘヘ、と照れた笑顔を見せる。
「そのるみちゃんて子は、ヒト?」
「うん」
「そっか」
人と人外との混血もいなくはないと聞いてはいる。だが、人外が同族と結ばれることが多いのは、裏返すと人─特に両親や親族が人外を拒む場合があるからだという。お互いが納得しても、我が子がヒトならざるものと結ばれるのは親として抵抗がある。だから、結婚するにしても、パートナー以外には人外であることを伏せている場合が多いらしい。
まぁ自分も似たような感じだしね。
真緒は共に駆け落ちした夫の横顔をちらりと見た。信彦に何かを説明しているらしく、空いている手が大きく動く。
そういえば、吸血鬼の子どもって、どう作るんだろう。今度聞いてみよう。
どぉん、ぱぁん。
川辺ではたくさんの人と花火が咲き誇っていた。色とりどりの浴衣、甚兵衛。色とりどりの花火。
きらきらだねぇ、と兄弟の誰かが言った。そうだねぇ、と田代が大きめの声で答える。花火が近すぎて、音が聞き取りにくいのだ。首も天へと大きく仰ぐ。夜空には大輪の花々が咲き続けた。
「真斗くんたちに写真撮ってあげよう」
真緒がスマートフォンを夜空の花へと向けて、写真を数枚撮った。和彦も、キッズ携帯でシャッターチャンスを狙う。撮影に夢中になっている和彦の肘が、隣の人にぶつかった。
「すみません」
「いいよぅ、気にしない気にしない」
真緒が頭を下げると、相手─ひとつ目小僧だった─がにこりと笑った。真緒が大きく目を見開く。ひとつ目小僧はシーッと口に指を当て、ビール片手に花火見物を再開した。
後ろから、ありえない高さに首を伸ばしているろくろ首が見えたし、一本足の唐傘お化けと狐火がぴょんぴょんと周囲を跳ねている。夏の夜に紛れて、妖怪たちがぞろぞろと出てきているようだった。
「ここの神さんは優しいだで。今日は表に出てもいいちゅーからな、みな浮かれてるんだ」
なんという名の妖怪か真緒はわからなかったが─ヒトでないことは確かだ─古めかしい着物を着た頭の大きなモノが、驚いている真緒に説明してくれた。和彦はまだ写真を撮るのに集中している。レオンや田代は、姿は見えてはいるが少し離れたところにいる。
この現象は自分にしか見えていないのか。周囲を見渡すと、みな花火に釘付けで、地上の妖怪たちには気づいていない。いや、一部の子どもたちが面白いものを見つけた顔をして妖怪たちを追いかけ回していたので、見える子には見えているんだな、と真緒は少し安心した。
「ここでは、まだまだおらだちが見える童がいるのが嬉しいだで。あんだもそう思わんか?」
邪気のない、優しさと嬉しさを含んだ声だった。真緒ははい、と頷いた。
スピーカーが、見物時間の交代を告げた。
「今日は楽しかったね」
「うん!」
「なんだか懐かしい気配を感じたんだけど、知り合いでもいたかな?」
田代家がぽてぽてと夜道を歩いている。片手で子どもを抱きかかえ、もう片方の手で歩ける兄たちと手を繋いでいる。真緒とレオンは後ろからその姿を見る形で歩いていた。
「真緒、どこにいたんだ? 気配がよくわからなかったぞ?」
「後ろにいたよ。妖怪がいたからそれでわからなかったんじゃない?」
「妖怪? 日本の? いたかぁ?」
「いたよ」
ひょっとしたら白狼さまもあの場で見ていらしたかもしれない。いや、それならわかるか。あの気配だもの。
真緒は下駄をカラコロと鳴らしながら帰った。
今年の夏も、もう少しで終わりだ。
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