第4話 シェルターとキス (終)

 目を覚ますと、足の上にいたはずのアリュも、雪の上で寝ていたプティーもいない。辺りを見渡すと、少し離れたところに、キレイな花が咲いていた。青い花。何で、あんなとこにいるんだ? 腰を上げて、ビニールを回収してから、ゆっくり近づいていく。


「……つまり、世界樹の葉……死者を蘇らせる力があって……」

「えぇ。だから、食べさせた私のせいなの。たまに休むように一緒に説得してくれると助かるわ」


 は? ははは。一度死んでたのか、僕は。でも、衝撃を受けるほどではなかった。何となくそんな気はしていたから。

 二人は話に集中していて、僕が聞き耳を立てているのにまだ気づいていない。


「で、アリュちゃんは何を隠してるの?」

「何が?」

「おかしいでしょ。自分で世界樹の根を食べてアルラウネになって、ルートくんには世界樹の葉を食べさせて蘇らせて、そこまでしてルートくんのことを守るってことは、ルートくんの知り合い。いや、もっと言えば


「言わないで!!!」


 アリュが驚くほどの声量で怒声を上げる。情けないけど、その怒声で僕は腰が抜けてドサッという音を立ててしまう。


「ルート!?」

「ルートくん、聞いてたんだね」

「や、やぁ! お話はそのへんにして、シェルターに向けて歩こうか」


 ぐにゃぐにゃに曲がった表情をしながら、片手を振って挨拶。我ながら、何もかもが下手くそだ。その下手くそが災いしてアリュもプティーも黙ってしまった。それからしばらくの間だけ、僕の世界から言葉がなくなってしまった。


 寝て蓄えたエネルギーと、ジャガイモを食べたエネルギーを使って、一気にシェルターへ向けて歩く。頭の上にはアリュ。背中にはプティー。……歩いているのは僕だけなのだから、ジャガイモの取り分を増やしてもらおう。




「もうすぐだ!」


 灰色の雪原の地面にポツンと鉄色が見える。足跡もそこで途切れているから、あの場所がシェルターってやつなのだろう。目的地が見えた喜びで、歩く速度はどんどん早くなっていく。


 鉄の扉が地面にある。取っ手を掴んで、引っ張り上げる。


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


 いくら力強く引っ張っても扉は開かない。あぁ、あれか。押すタイプの扉? もしくは引くタイプとか。


 そのどっちもやって、諦めかけているところで、扉の奥から声がした。


「お前の頭の上に乗ってる魔物を見たぞ! 化け物をこの中にいれるわけには行かないんだ!! どうしても入りたいっていうなら、そいつを殺してからにしてくれ!」

「ま、こんな感じだよ」


 背後から声がする。いつの間にかプティーが人の形になっている。


「ボクも追い払われたんだよ。おっと、騙したわけじゃないからね。アルラウネなら受け入れてくれるかと思ったんだけど、やっぱりダメだったね」

「あなたねぇ。もし、受け入れてくれてたらどうしてたわけ?」

「ボクは一人でも大丈夫だから」


 少年の姿をしたスライムは、悲しく笑った。僕はそんな笑いは見たくない。鉄の扉に向けて大きな声で叫ぶ。


「お邪魔しましたァ! それでは別の場所に行きます!」

「ちょっと!」


 アリュが根っこをウネウネとしはじめる。


「いいんだよ。僕はアリュとプティーを拒絶するような人とは一緒にいられない」

「ふふふっ」


 プティーが空を向いて笑って、アリュは僕を見て微笑んだ。そして、アリュは突然真剣な表情をして、


「ごめんなさい。ルート。ずっと隠していたかった。だけど、隠し事はやっぱり私たちの間では良くないわよね。……私は、私はね。」


「僕のお嫁さん。なんだよね」


 アリュは目を見開いていたけれど、あそこまで聞かされれば誰でも気づく。それに出会ってからずっと、僕を見る表情が優しかったから。あの時、話を聞いていなくてもいずれは気づいていたと思う。


「ルートは植物学者で、私は薬師で。隕石が落ちた日、私たちは世界樹の調査に行ってたの。でも、隕石が落ちて、熱波で死んでしまったあなたを見て、私はどうしたらいいかわからなくなって」

「大丈夫。わかってるよ。つらい思いさせたね」


 精一杯笑ってみせる。そしてアリュが不安にならないように、抱きしめる。


「私、涙も出ないの。こんな体になっちゃって、それで、それで、」

「うん。あのさ……記憶は完全に戻ってないけど、僕ならこう言うと思うな『どんな姿になっても愛してる』って」


 アリュは僕の胸の中に顔をうずめる。ふと、プティーのほうを見ると、ニヤニヤとしていた。あとでスライムちぎりの刑です。


 プティーを気にしながらも、アリュを抱き上げて小さなおでこにキスをする。


 突如、抱き上げているアリュの体が光り始める。


「ぇえ!?」


 僕もアリュを持ったまま驚いていたけど、アリュは声を発せないほどにオドオドしている。


 徐々に光が弱まっていって、アリュの姿を再確認すると、白樺色だったはずの肌が肌色を取り戻していた。それ以外はそのままだけど。


「こ、これってアレか! キスしまくると治っちゃう!?」

「な、なに言ってるのよ!」


 おでこに、唇に、胸に、根っこに、ふたりとも顔を真っ赤にしながらキスしたけれど、そんなおとぎ話みたいな話ではなかった。プティーはお腹を抱えて笑っていた。こっちは至って真面目にやってるのに。


「ってことは、アルラウネ状態は治るみたいだね。ボク的には完全に治るまで一緒に居させて欲しいかなぁなんて思うんだけど」

「治るまでといわず、好きなだけ一緒に居ればいいよ」

「うっ、うん」


 肌色は青っぽいけれど、プティーが恥ずかしがっているように僕には見えた。


「ルートって昔からそうなの。恥ずかしいこと平気で言っちゃうタイプよ」


 そんなことないと思うけどなぁ。と言う前にアリュとプティーの意見が一致しているみたいだったから言わずに飲み込んで別の言葉を吐いた。


「ってことは、世界樹があった場所に戻ってみると何か発見があるかもしれないね」

「根っことかも地中にまだ埋まってるかもね?」

「じゃ、移動よろしくぅ~」


 アリュが頭の上によじ登る。さらに、プティーがリュックに収まる。


「まったく……」


 もう慣れた重さを心地良く感じながら、僕の旅はまた始まった。



 これは、『僕』と『アルラウネ』が、スライムの思いつきで色んな場所に行って、人間に戻っていく話。

 そして、『ルート・ドリアード』と、『ノルン・ドリアード』が再び結婚式をするための話。……きっとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滅世界のアルラウネ 雨田ナオ @Ameda_nao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ