第2話 アルラウネとスライムと

 歩けど歩けど、灰色ばかりがまとわりつく。けれど、その中でわかったことがある。僕は歩いても疲れていないってことだ。一つの疑問に推測が立てられる。熱波で僕が死ななかった理由。きっと僕も世界樹の一部を口にしている。アルラウネになっていない理由は不明だけど、これはアリュも知らないだろうからどうしようもなさそうだ。



 さらにしばらく歩くと、目の前に人影が現れた。


「アリュ、あれは、熊じゃないよな?」

「何言ってるのよ。熊は冬に冬眠するの」

「そういうことを聞いてるんじゃない。大体、この雪じゃ季節もわからないし」


 徐々に大きくなる人影。髪の色は青色だ。そう、青色。久しぶりに見た色だ。青色さんも、こちらの姿を捉えて、ぶんぶんと手を振っている。警戒も大事だが、挨拶だけでもしてみよう。


「こ、こんにちはー!」


 人に会った時はこういう挨拶だったと思う。覚えてない。嘘だ。日常生活と密接な情報は覚えている。


「ふふふ」


 青色の髪の少年は楽しそうに笑った。何がおかしいのだろうか。挨拶?


「あなたたち、遭難して死にかけてるのに『こんにちは』って……ふふふっ。ごめんね。バカにしてるつもりはないんだけど、ふふっ」

「アリュ。僕たち遭難してたのか?」

「まぁ、そうとも言うかもしれないわね」


 僕はため息を吐いた。ため息は白くなって空気中に消えた。目的地もないまま何となく歩いていたのか。知らなかった。うすうすは気づいていたけど。知らなかった。


「あの、僕たち、生きてる人がいないか探していて」


 何を言っているんだ僕は。そんなこと言ったら、この少年が『人』ではないみたいじゃないか。人の形はしているけれど、髪どころか肌まで薄青い少年が人であるわけないじゃないか。


「うんうん。そう来ると思ったよ。運がいいねキミたち」


 少年は一人で納得してうなずいていた。よく見ると、肌色以外の見た目はまともな美形な少年だ。薄着なのもおかしいけれど、それは人間じゃないからだろう。


「ボクは、さっきまでシェルターに居たんだけど、世界の状況を知るために少し歩いていたんだ。少しといっても百キロほど離れているけど」

「シェルターなんてあるんですね」

「ふふふっ」


 少年はまた笑い出す。


「百キロにツッコミはないんだね」

「変な子」


 僕が思っていたことを、アリュが代弁する。アリュは嘘をつけない。


「大体、何なの? その肌色」


 アリュは黙っていられない。


「あっははは、当たり前の質問だね。じゃあ、軽く自己紹介させてもらうよ。ボクはプティック・トーロン。人体実験によって生み出されたスライムっていう魔物さ。いろいろなことがあって、今は人間の歴史を語り継ぐ吟遊詩人をしている」


 過去の記憶なんて思い出さなくてもいい気がしていた。実験とかが行われていた世界だったのか。


「ってことは、君も元々人間だったってことだね?」

「たぶんね。胎児の時にスライムにされたそうだからボク自身は人間だった記憶がないんだけど。あと、プティーって呼んでね。そのほうがかわいいでしょ」


 思わず今置かれている自分たちの境遇と重ね合わせて、親近感が湧いてくる。それはアリュも同じようだった。


「へぇ、仲良くできそうね。私も人間だったのよ。私は……記憶はあるけど」


 言葉の空白に何を思っていたかは、僕にはわからないけれど、その時のアリュは悲しい表情をしていた。


 プティーが歩きはじめたから、その後に続きながら、僕とアリュも自己紹介をした。プティーは驚く様子もなく、むしろ興味深そうにアリュを見て、やっぱり笑う。


「ルートくんも、アリュちゃんも、頭がどうかしちゃってるね。よくその状況で生きることを諦めなかったね?」


 言われてみて初めて気づいた。死んでしまえば、楽だったのか? いやいや、世界樹を食べるほど生に執着する人間なんだから、自ら死ぬなんて選択肢は元からなかったのだろう。


「そう言うプティーはどうなの? あなただって生きてるじゃない」

「あぁ、ボクは海で溶けてたからね。運がいいことに隕石が落ちたのはこの辺りの反対側だったらしいからねぇ。海の水も蒸発しなかった。津波は来たけどね」


 反対側で熱波の影響があるのだから、直撃した側は今頃地獄の様相だろう。


「海で溶けてたっていうのは?」

「海水浴」


 プティーは自分で言ったことに自分で笑い始める。明るい人、否、明るいスライムだ。


「っていうのは冗談で。泳いでいたんだよ。詳しく話すとなると昔の地形の話をすることになるけど」

「じゃあ遠慮しておこう」


 僕は即答した。要するに大陸から大陸までを渡っていたということだろう。地形の話をされても、地図でも書いてもらわない限り覚えられそうにないから聞かない。


「そっかぁ……聞きたいことがあったら何でも聞いてよ。吟遊詩人だから、昔話は好きなんだ」


 アリュが僕の頭をべしべしと叩く。言いたいことは何となくわかる。


「じゃあ、アルラウネ。もしくは世界樹については何か知ってる?」


 自らのあごのラインを指先で触りながら、プティーは考えながら言葉を引き出す。


「世界樹は世界のすべてを知っていると云われているね。太古の魔族の血が流れている人は世界樹に直接触れるとお話できるっていうけど、ボクは世界樹と話したという人には会ったことないから。世界樹の根を食べてアルラウネになる、なんて話はキミたちに会うまで聞いたことがなかった……だから、何が言いたいかというと、うーんとね、」

「アリュは魔族の血が流れているかもしれない?」


 わからないと言わんばかりに、プティーは両の手のひらを空に向ける。


「ルートくんは推測するのが好きみたいだけど、推測にたいした意味はないよ。ほら、よく言うだろ、『論より証拠』ってね」

「吟遊詩人がそれを言うの??」


 アリュのツッコミに、またもやプティーは笑う。空を向いて笑うその姿は、見ていて気持ちがいい。

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