滅世界のアルラウネ

雨田ナオ

第1話 滅世界

 抜けるトンネルもない、辺り一面は雪の世界。雪といっても灰色の雪。空と同じ色の灰色。降ってくる雪も灰色。全部が灰色の雪原を僕は歩いていた。


 ある日、隕石が落ちてきて、多くの生物は数を減らした。それで、隕石が落ちた衝撃で熱波が世界を包んだかと思えば、一気に寒冷化して現在に至る……らしい。


「お腹すいたわね」


 コートを着込んだ僕の頭に乗っかっているのが、寒冷化までのことを知っているらしいアルラウネのアリュだ。アリュの身長は三十センチくらいで、重さは一リットルの水くらいの重さ。足がなくて、僕の頭に根っこを絡めている。さらに、僕の頭の上のアルラウネの頭の上にはキレイな青い花が咲いている。他の人から見たら、寄生されてるみたいに見えるんだろうけど、非常に残念ながら『他の人』って人にはまだ出会えていない。


「アリュ、今日は食べ物にありつけるかな? 昨日みたいに凍ったゴキブリが主食になるのは勘弁してほしいね」

「私だってイヤよ。でも、しょうがないじゃない? こんな雪の中に住んでる生き物なんてほぼいないんだから」


 僕は頭の上のアリュを掴んで顔の前に持ってくる。


「なぁに? ルート?」

「最後のすべとしては、アリュを食べるしかないかもしれないっ!」


 アリュは葉っぱに包まれた体を自らの手でさらして、白樺みたいな肌を見せる。


「やだっ、ルートのエッチ! 食べるってそういう意味なの?」

「……僕は何もしてないけど。冗談に冗談で返すのやめてよ」


 静かにアリュを頭に戻す。頭の上からクスクスと笑う声が聞こえる。


「そういえば、ルート。記憶は戻ってきた?」

「いや、さっぱりだね。自分がルートって人間なのは、アリュの説明で少し実感がわいてきたけれど」


 僕には記憶がない。アリュによると、隕石が落ちた日に記憶が飛んだらしい。目を覚ました時に目の前に居たのはアリュだけだったから、アリュの言葉が真実だとするなら、だけど。

 目を覚ました時に、アリュ以外にはボロボロのリュックがあって、リュックの中には黒い手袋と、園芸用のスコップと、黒く焼け焦げたノート、溶けてくっついたビニール袋だけが入っていた。もちろん、この所持品の意味をアリュに聞いた。


「あなたは植物学者だったのよ」


 というのが、返ってきた答えだった。焦げたり溶けたりしているのは、隕石の熱波のせいということらしい。アリュが嘘を付く理由もないからおそらく真実なのだろう、と僕は信じている。そもそも、仮に嘘だとしてもこんな灰色の世界じゃ何の約にも立たない嘘だ。

 それよりも……。


「で、アリュ、君は何者なんだ?」

「そうね、ここは元々シーダっていう土地だったのよ」


 このとおりだ。アリュは嘘をつけない性格というのもわかるが、問題はそこじゃなく、アリュは自分の正体を隠している。ただのアルラウネではない。というか、アルラウネなんて隕石が落ちる前の世界にいたのだろうか。僕はその部分についても怪しいと思っている。もちろん、推測だ。


「……でね。最後がゼルコヴァって国ね」

「ごめん、話聞いてなかったよ。最初から頼む」


 頭の上から舌打ちが聞こえた。どうやら怒らせてしまったようだ。


「イヤよ。別にもう必要ない情報だし」

「そうなの?」

「多分、隕石の衝撃で地形も変わってるわ。昔だったらこれだけ歩いてれば、海にたどり着いていたはずだもの。それなのに、海なんて全く見えないから」

「なるほど。海が陸地になったってことかな?」

「それか大陸同士がくっついちゃったってパターンもあるわね」


 それほどまでの衝撃だったのか、と僕は驚いた。そして驚いたのと同時に転ぶ。何につまずいたのだろうと足元を確認すると、茶色の何かが見える。枯れ葉か?


「おっ!!! アリュ! 喜べ! 今日はゴキブリじゃなくて、植物が食べられるかもしれないぞ!」

「水分が多い植物だと解凍までに時間かかるけどね」

「そんなテンション下がること言うなよ」


 正論に愚痴りながら、僕はリュックの中の園芸用のスコップで茶色の何かを掘り起こした。それは確かに植物で……この葉っぱはじゃがいもの……。なんだ? じゃがいもって。


「アリュ。ジャガイモってなんだ?」

「えっ!!?」


 アリュが頭から落ちてくる。頭が軽い。


「ジャガイモなの?! 超美味しいわよ!!!! 土の下にあるの!」


 あからさまにテンションが上がっている。そんなに美味いのか。アリュの命令どおりに僕は土を掘っていく。それにしてもここの土はやけにふかふかだ。


「そっか。ここはきっと大きな畑だったのよ。畑の土の中は温かいっていうし」

「へぇ、物知りだな」


 少し下まで掘ると、まるっこくて土色の玉が出てくる。そう。これがジャガイモのような気がする。過去の記憶がそう言ってる。


「凍ってないね」

「うん! これをお湯で蒸すと……」


 アリュのテンションがみるみる下がっていくのが、アリュの体をまとっている葉っぱのしおれ方でわかった。嘘のつけない体っていうのはこういうことを言うんだろうなぁ。


「お湯は無いな。そのままじゃ不味いのか?」

「うーん。芽は毒があるっていうし、生で食べるのはヤバそうなのよね。私は大丈夫かもしれないけれど、ルートはお腹を壊すかもしれないわ」

「…火を通さないと食べられない植物なのか」


 現時点で持っている道具では火は起こせないはずだ。


「食料は貴重だから、とりあえず掘れるだけ掘って、移動に難が出ない程度にリュックに詰めておこう」

「そうね」


 リュックの中がジャガイモで埋まっていく。リュックに空いた穴から、一個のジャガイモが転がって落ちた。


「これくらいしか入らないか」


 さて。


「アリュ。ところで、さっきの『私は大丈夫かもしれない』っていうのはどういうことかな? 自分の体について詳しくないような言い方だけど」


 苦笑いを浮かべるアリュ。バツが悪そうだ。


「やっぱり。最初からおかしいと思っていたけれど、君は元々人間だったんだね?」


 根っこを上手く動かしながら、僕の体をはい上がっていくアリュ。頭の上まで上がってから僕の質問に答えた。


「そうよ。熱波で死にかけた時に、世界樹の根っこを食べたの。その世界樹も燃えちゃったけど、私は木の姿のアルラウネになった」


 どんな顔をしているかわからないけれど、僕は手を伸ばして、アリュの頭を優しくなでた。疑問が疑問を呼んでしまったけれど、今は聞かないことにした。


「歩こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る