無題

大豆

巨大動物と青年

第一話 アルム


この世界の始まりは一体いつだろう。

この世界の終わりは一体いつだろう。

そもそも世界とはなんだ?

そんなもの本当に存在するのか?

ところで俺は、一体ここで何をしているんだ。


「どうされました、ルナン様?ご加減が優れないのですか?」

「いや…」


顔を隠した男がルナンに話しかける。


「それでは、しっかりとお祈りをお続けください。」

「…」


お祈り。

ルナンは物心ついた時から、この行為を続けてきた。

丸い小さな部屋でルナンを含めた5人が、向かい合って円に並ぶ。

そして、食事と排泄、睡眠の時以外はずっと祈りを捧げる。


「そうよ、ルナン。ちゃんとお祈りしないと。」


隣に座る少女、ネオンがそう言った。


「俺たちの祈りが、民を救うんだ!」


ネオンの隣に座るハルクがそう続けた。


「ありがたいよね。両親に捨てられた僕たちが、人々の役に立っているんだ。」


ルナンの目の前にいるモードがそう言った。


「ルナン、あなたももう少し真面目にやるべきよ。」


怒った顔でメイサが言った。


「あぁ、ごめん。」


ルナンはただ一言そう言って、祈りを捧げた。

他の4人は、そんなルナンを満足そうに見て、再び祈り始めた。


「そうです、あなた方5人のお力は世界を救うのです。」


歓喜の声を上げる男。

そんな男の声を聞きながら、ルナンは心底嫌気がさした。

俺たちの力が世界を救う?民を救う?

本気で言ってるのか。

そもそも、ここの外に世界なんてものはあるのか?

民なんてものは存在するのか?

ルナンはそう言いたい気持ちを必死に抑え、目を瞑った。



「さぁ、早く家に帰りましょう。」

「もうじき日が沈むわ」

「ちょっとお兄さん、急ぎ足でどこ行くの?4ゴルでどう?」


足早に家へと向かう人や、これから商売を始めようとする人。

この街にはいろんな人がいるなぁ。

そんなことを思いながら、一人の少年が街の中を歩いている。

少年がいるのは、ネコドマ国の中心から離れた場所にある街、ドルダ。

昔は活気付いていたと言うこの街は、今はどこか寂しげな雰囲気だ。


「なんだろう、この臭い。」


街を眺めながらゆっくり歩いていると、腐ったような臭いが鼻を掠めた。

少年は、その臭いのする方向へ顔を向ける。

そこには路地があった。

なるほど…

少年には、その臭いの原因がすぐに分かった。

そして、その場所へと足を進める。


「おーい、そこの君ー!赤髪の!」

「はい?」


誰かから、声をかけられた。

少年は、その方向へ顔を向ける。

すると、後ろに束ねた赤い髪がその反動で揺れた。

そこに立っていたのは、40歳くらい男性。

その歳の男性にしてはとても細く、頬は少しこけていた。


「君、さっきこれを落としていかなかった?」


そう言って、男性は土でできた腕輪を差し出した。


「あ、うん、僕のだ!」

「そうだろう?それはホマじゃないか?だめだよ、大事にしなくちゃ。」

「うん、これを無くしたら一大事だった!ありがとう、おじさん!」



少年は男性から腕輪を受け取り、腕にはめた。

その腕輪は複雑な模様が描かれていて、真ん中に大きな赤い石が嵌め込んである。

それは、ホマと言われる魔法道具で、この世界では非常に貴重なものだ。

いつもは大事に腕につけているのだが、今日に限ってカバンの中に入れていた。

だからいつの間にか落ちてしまったらしい。


「わざわざホマを届けてくれるなんて、おじさんいい人だね!」

「ん?まぁな。本当は喉から手が出るくらい欲しいけどな。

ま、ホマは主人にしか従わねーし。それに、俺にも一応あるからな。」


そう言って男性は自分の耳についている土でできた耳飾りを見せる。

それにも不思議な模様が描いてあり、真ん中に小さめな石が嵌め込まれていた。


「ところで、そんな大荷物でどこに行くんだ?」


男性は、少年が背負っている鞄を指差し尋ねた。

その鞄は小柄な男性一人なら余裕で入れそうなくらい大きく、そしてパンパンに荷物が詰まっていた。


「さぁ。まだ決めてない。」

「決めてない?なんだそれ。」

「何も考えず飛び出しちゃったから。」

「飛び出したぁ?ひょっとして、家出か?」

「違うよ。ちょっと探し物があってね、旅をしてるんだ。」

「そうか。ま、なんでもいいが気をつけろよ?」

「うん、ありがとう、親切なおじさん。」


少年はそう言って、深々と男性に頭を下げる。

そして、そのまま来た道と反対方向へ歩いていく。


「お、おい!ちょっと待て!お前、今から山へ行くのか?」

「うん、そうだよ。あっちの方にありそうな気がするんだ。」

「悪いことは言わねぇ。今からはやめとけ。」


男性が焦ったような顔で言う。

何故ダメなのか、少年はわからず、「なんで?」と聞き返す。


「なんでって、ほら、ここ近年、巨大動物たちが増えてるだろう?

しかも奴ら、最近夜に街を襲うようになってな。

そのせいで、男衆は毎晩戦ってるんだよ。

本当なら、国王軍が助けてくれればいいんだけどなぁ。」

「ふぅん。そうなんだ。」

「だから、今から山に向かうと奴らにかち合う。

お前みたいな小僧は一瞬で八つ裂きだぞ。」

「そっか。でも困ったなぁ…」


少年はうーんと唸りながら、顎に手を当てる。

少年は、宿に泊まるお金を持っておらず、今晩は野宿する予定だった。

街じゃ怪しまれるから、山の途中で寝ようとしていたのだが、どうもそう言うわけにはいかなそうだ。


「な?だから朝までここにいろ。」

「そうだね。だけど、僕泊まる場所がないんだ。」

「何?」

「あ、そうだ!親切なおじさん。僕を一晩だけでいいから、泊めてくれない?」


少年からの、突然の頼みごとに、男性は目を白黒させる。


「バカ言うな!俺の家には嫁も赤ん坊もいる!お前の世話なんかできるか!」

「大丈夫、僕迷惑かけないよ!一晩だけで良いんだ。お願い!」

「いやいや、そんなこと言われてもなぁ…」


男性は弱った顔をして、少年を見る。

おそらくまだ14にもならない子供だろう。

そんな子が一人で旅をしている。

ここで自分がもし泊めなかったら、こいつは奴らに殺されるのか?

いやいや、俺には関係ないことだ。

でも…

キラキラとした赤い瞳で男性を見つめている少年。

そんな少年を見ていると、男性はとてつもなく、なんとかしてやりたい。

そんな気持ちに駆られていた。


「あー…!!まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ、泊めてやる!

ただし、一晩だけだからな。それに、俺の家は貧乏だ。文句言うなよ?」

「うん!大丈夫!ありがとうおじさん!」


少年はニコッと笑って、男性にお礼を言う。


「お前、名前は?」

「僕?僕はアルム!おじさんは?」

「俺か?俺は、トルだ。後な、アルム。俺はおじさんじゃない。

まだ26歳だ!」


トルはそう言って、不満そうに腕を組んだ。


「ほら、ここが俺の家だ。」


トルに連れてこられたのは、さっきの場所から少し歩いたところだった。

石でできた簡単な家。

お世辞にも豪華とは言えない家だ。


「ほら、入れよ。」

「お邪魔します。」


トルに促され、ゆっくりと扉をくぐる。

中には、木でできた簡単な机と、藁の上に布がかぶせてあるだけの寝る所。

確かに、トルは貧乏らしい。

なんとなく、トルの顔を見る事が出来ず、アルムは目線を部屋の中にいる1人の女性に移した。

女性は、扉から背中を向けるように机に座っていて、トルが扉を開けるとこちらを振り向いた。


「おかえり、あなた。」


その腕にはまだ産まれたばかりであろう、赤ちゃんが抱かれていた。

恐らくトルの奥さんだろう。


「あら、どうしたの、その子?

ま、まさか、誘拐?!」

「そんな訳ないだろ。

なんでも、この年で旅をしてるんだと。

今から山へ行こうとしてたからさ。止めたんだよ。」

「なーんだ、そう言う事。

そうね、この時間から山へ向かったら大変。」


トルの奥さんは、クスクスと楽しげに笑う。

その笑顔はまだ幼く、恐らく20歳にもなっていない。

しかし、この世界では別段珍しいことではなかった。

女性は早くて16に嫁に出て、子どもを産み育てる。

逆に男性は早くて25で妻をもらう。

そういう風習だ。


「アルムと言います。お願いします。」


アルムがお辞儀をすると、トルの奥さんも頭を下げ返す。


「ヤーナと言います。お願いします。」


ヤーナは、またにこりと笑った。


「へー、トルがアルムのホマを拾ったのね。

良いことしたはね、トル」

「良いことしたのはした。だが、まさか泊める羽目になるとはなぁ。」

「あらいいじゃない。アルムはとっても良い子そうだし。それに、トーヤも何だか楽しそう。ね、トーヤ?」


食事をし終わり、三人は談笑を始めた。

その食事というのも全く豪華ではなく、とても質素だった。

小さな木の器に入ったスープだけ。

しかし、アルムにとっては、トルとヤーナの心遣いが入って、とても美味しかった。


「それにしてもアルム、お前何を探してるんだ?」


唐突に、トルが尋ねた。


「うーん、何って言われたら…人かな?」

「人?」

「そう。僕の知り合いとは違うんだけど、会わないといけない人なんだ」

「なんだぁ、それ?」

「さぁ。僕もおばあちゃんに言われて、探してるだけだから。」

「ふぅん。」


そう口に出しながら、トルは首を傾げた。

よく分からない。

そんな気持ちがありありと伝わってくる。


「その人のいる場所はわかるの?」


今度はヤーナが尋ねた。

先程まで腕の中にいた赤ちゃんがいない。

どうやら、寝所に寝かしつけてきたようだ。


「うーん、何となくかな。」

「なんか曖昧だな。」

「だって、僕もよく分からないんだ。」


アルムは弱ったように頭を掻く。

2人はそんなアルムを見て、もう何も言わなかった。


「ま、とりあえずもう寝な。

て言っても、寝れねぇかもしれないけどな。」

「どういうこと?」

「ん?まぁ、すぐ分かるさ。」


アルムの問いに、トルは苦笑してそう言うだけだった。


トルとヤーナ、そしてトーヤは食事をしていた部屋のすぐ隣の寝床に。

アルムが寝る様に言われた場所は、その部屋の奥にある小さな部屋だった。

この家はどうやら二部屋有るらしい。

一つ目が先ほどまでいた広めの部屋。

二つ目が今アルムがいる狭い部屋。

不必要なものは何もなく、小さな窓が一つと、藁の固まりがあった。

そして、部屋のど真ん中には、綺麗にセットされた藁。

おそらくヤーナがしてくれたのだろう。

寝やすいように、ベッドの様な形になっていた。


「こんな場所で悪いな。」


アルムに部屋を見せるとき、トルはとても申し訳なさそうな顔をしていた。

この人は、今の暮らしがとても恥ずかしいと思っているんだろうなぁ。

そんなトルを見ながら、アルムは思った。


「一応、そこに藁があるから、好きに使ってくれ。」

「うん、ありがとうおじさん!」


アルムが笑うと、トルはほっとした顔で頷き、部屋を出ていく。

一人残されたアルム。

ふぅ、とため息をつき、荷物を下ろす。

そして、そのまま藁の上に寝転んだ。


「…」


天井を見ていると、次第に眠気が襲ってくる。

そしてそのまま、アルムは眠りについた。


次にアルムの目が覚めた時、まだ窓の外は暗かった。

暗いのだが、ズーンと大きな音や、悲鳴が聞こえてくる。

しかも、窓の外にぼんやりと赤い光が見える。


一体なんの騒ぎだろう?


「アーン!アァアーン!」


すると、今度はトーヤの泣き声が聞こえてきた。

この音できっと目が覚めてしまったのだろう。

アルムも完全に目が覚めてしまったので、身体を起こす。

それと同時に、トルが部屋に入ってきた。


「アルム、起きたか。」

「うん、まだ朝じゃないよね?」

「あぁ、夜明けまでまだある。」

「この騒ぎは何?」

「巨大動物と戦ってる音だ。」


寝る前におじさんが言っていたのはこの事だったんだ。

確かに、この騒ぎだと寝るどころではない。


「これが毎日?」

「あぁ。ひどい日には朝まで続く。」

「それは困るね。」

「困るけどな。俺たちはなにも出来ないから。」


トルがまた申し訳なさそうな顔をする。


「俺にも魔力さえあれば…」


と、今度は悔しそうな顔をした。


「すまないな、起こして。」

「構わないよ。おじさんたちの方が毎日こんなのじゃ大変だね。」

「おかげで寝不足だよ。」

「そっか…」

「朝までまだまだあるが、耐えてくれ。」


それだけ言って、トルは部屋を出ていこうとしたとき。

アルムが口を開いた。


「おじさん、もし巨大動物をなんとかしたらどうなる?」

「はぁ?」


急に何を言い出すんだ、こいつ。

と、言わんばかりに眉間に皺を寄せるトル。


「どうなるってそりゃ、長(オサ)達から…いや、王様から感謝されるんじゃねぇの?」

「金一封でももらえるかな?」

「そりゃあな。けど、無理だな。

巨大動物はすげぇ強いから。だから、王国の騎士達も尻尾巻いて逃げたんだ。」

「王国の騎士でも敵わなかったんだ。」

「あぁ。そのせいで、町の男衆が必死に頑張ってんだ。」


トルの言葉からは、怒りが伝わってくる。

それは王への怒りなのか、それとも何もできない自分へのものなのか。

それは分からない。


「そっか…」


何かまた考え込む仕草をするアルム。


「多分、ここまでは来ねーから。安心しな。」

「あ、うん。」


不安そうに見えたのだろうか。

トルは優しい笑顔をアルムに見せた。

そして、今度こそ部屋を出ていく。


「最近街を襲う巨大動物か…」


巨大動物。

それは、言葉の通り巨大化した動物たちのことだ。

ネコドマ国は最近、その被害に頭を抱えている。

毎晩毎晩街を襲う動物たち。


「倒したら金一封…」


そう呟いてアルムは一人、ニヤッと笑った。







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