世界が何と言おうとも

概要:黒猫が少女に心を開こうとするお話です




黒猫は死神の使い


夜道を歩いて獲物を吟味する


金色の眼には人の寿命が映り、死神に死を間近にした者を報告する



そんなもん、古い迷信に過ぎないってのに人間様は噂好きなもんだ

俺は死神にあったこともなければ人間様の寿命もみえない。

俺の両親は真っ白な飼い猫と茶色の野良猫だ。

正真正銘の『ただの猫』なんだよ。


野良の生活を始めて早二年。

人間様の行動なんてのは簡単で、その目にさえつかなければ気付かれもしない。

裏路地をこそこそと這い回って残飯を漁る生活もそれなりにうまいものを食ってきている。

好きな時に寝て、好きな場所に行き、好きなように生きている。

そんな俺が、唯一いけない場所は、日のあたる昼間の街角だ。

三毛の奴が街に行けば人間様がうまい食い物をくれると自慢げに話していたのは昨日のことだ。

人間様に嫌われた俺が街に出れるわけがないってのにそれを知って自慢してくるもんだから、自慢の爪で引っ掻いてやった。

その時の三毛の顔と言ったら、今でも笑いがこみあげてくる。

今日も、こんなに空が蒼いのに俺はいつまででも薄暗い裏路地に寝転がっている。

今頃、三毛の奴は人間様に媚び売って、上手い飯にありついているのだろう。

静かな路地に腹の音が鳴る。

そういやぁ、最近は街に人の出が多く残飯が路地に出されない。

仕方ない、少し歩いて食い物を探すとしよう。

トンと地に降りた俺は堂々と路地を歩く。

自慢のしっぽを高らかに




はて、どうしてこうなった。

今、俺は少女の腕の中だ。

俺は野良猫で、しかも人間様が大っ嫌いな黒一色の猫だ。

そんな俺を愛おしそうに抱きかかえる少女がいる。

こいつは目が見えていないのではなかろうか。

いや、目が見えなかったら俺を抱き上げることはできない。

だったら頭がおかしいんだ。そうに違いない。

この家の残飯はうまいものが多いと知っていたから、久しぶりにやってきたわけなのだが…

いつもは無人の部屋の横を通った時、少女の丸くて大きな目とぶつかってしまった。

驚いて固まった俺を、少女は何の躊躇もなく抱え込み、そのまま部屋の中だ。

「猫ちゃんあったかいね」

こら、冷たい手で触るんじゃない。

こんな冬に人間様の手で腹を触られたら寒くなるだろ。

俺は必死にもがくのだが、少女は離す気がないらしい。

こうなったら、その白い肌を引っ掻いてやろうか。

そんな考えを巡らせていると、少女は何かを思い出したように立ち上がる。

こら、移動するなら俺はおいていけ

「猫ちゃん、ミルク飲む?」

目の前に出されたのはホットミルクに喉が鳴る。

温かいものなんてここ一年ありつけなかった。

ちらりと少女を見て、こんなチャンスは次にいつ来るかわからないと判断した俺は、人間様の好意に甘えることにした。


それから何回かあの屋敷に行ってみると、いつでも少女はあの部屋にいた。

どんな時間に行ってもあの部屋にいるのだ。

なるほど、あまり体が強いわけじゃなさそうだ。

まて、そうなると俺は近づくべきじゃない。

少女が死んだとき、俺が出入りしていたことがばれたら厄介だ。

だがこの辺りで一番うまい飯にありつけるこの屋敷から離れるのは気が引ける。

少女に会わずに済むルートで台所裏に回るとしよう。

俺に少女の手が触れたのはあの日の一回きりで、氷のように冷たい手の感覚は今でも残っている。



人間様に触れたこと自体が久しぶりのことだったしなぁ。

あの日、俺を外に出した少女は『またね』と言った。

俺の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

人間様は俺のことが大っ嫌いのはずなんだが、俺も人間様が大っ嫌いのはずなんだが、胸に残るもやもやを振り切って今日も残飯を漁る。

使用人の井戸端会議をこっそり聞きながら

「お嬢さん、もう長くないらしいわよ」

「この冬は乗り越えられないみたいね」

いつもはうまい飯の味がしなかった。


遠くから少女の部屋をみる。

寝たきりの少女は時々窓を覗き込んではため息をついていた。

何を探しているかなんてのは分かっているが、認めたくはない。

俺は人間様の言う不吉な生き物で、病気の少女に近づくなんてのは変な噂を広げるだけだ。

そもそも、俺が少女にしてやれることは何もない。

「よう、何見てんだ?」

後ろからちょっかいを出してきたのは腹を真ん丸にさせた三毛の奴だ。

「うるさい。どっか行けよ、デブ」

「おぉ、恐い恐い。おいら達にまで災いをもたらすようなことはすんじゃねぇぞ」

「脳みそ腐ってんのか?俺はただの猫だ」

「ふぅん。ただの猫が人間様に一目ぼれされたってか?野良の噂はそれでもちきりだぜ?病気の人間が早く死にたいからってお前を待ってるんだってな」

俺は機嫌が悪かったんだ。

別に無視をしてもかまわなかった。

だけど、俺は三毛の奴を押し倒してその喉元に噛みついていた。

「噂ばかり信じやがって!!俺に呪う力があったら真っ先にお前を殺してるよ!!」

三毛の奴と喧嘩しているあいだ。

思い出した少女の眼は、死にたがってなどいない。

生きようとしているはずだ。

噂話なんて、俺は大嫌いだ。



ぼろぼろになった体を引きずって、俺は屋敷の近くまで来ていた。

俺が会いに行ったらあの子は喜ぶだろうか。

あの子は、人間様の噂など信じないでいてくれるだろうか。

三毛の奴に噛まれた腕から血を流し、俺は屋敷の前で寝そべった。

死神なんてのは俺が追っ払ってやるんだ。

そしたら、あの子も助かるし、俺たち黒猫の変な噂だってなくなる。

一石二鳥じゃないか。

少女の手は確かに冷たかった。

けど、久しぶりに触れた人間様の手は、幼くて小さくて柔らかくて心地が良かった。

屋敷に忍びやる黒い影を見据えて俺は低くうなった。

どっからでもかかってこい。

俺が相手をしてやるよ。

影は俺を見て笑った。



街をかける女性が一人。

その首元には黒猫のペンダントがかかっている。

「ねぇ、なんで黒猫?縁起悪いよ」

女は友達の言葉に振り向くと、満面の笑みで笑った。

「私の恩人だよ」


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