過酷な旅
概要:Twitterでお題をもらって書いたものです
目の前に広がる雄大な景色を見て、僕は思わず声を上げた。
空に吸い込まれた息を風がさらっていく。
高くまで運ばれた白い息が、空気中に溶け込むと、雲間から陽が射した。
遠くに広がる街の屋根がキラキラと輝いていた。
連なる山々に色が差し、言葉にならない絶景が次々と迫ってきた。
思わず涙がこぼれた。
寒さにかじかんだ指先の痛みも、歩き続けた体の疲労もこのひと時だけは忘れられた。
高い山を登るには薄すぎる衣服は土でドロドロになっている。
新品同然だったスニーカーも、形が崩れ潰れている。
ただ一つの武器として忍ばせていた拳銃にはもう、弾は残っていなかった。
首にぶら下げていたペンダントを握りしめ、ようやく目指した場所が見えたことを喜ぶ。
随分遠回りになってしまったが、ついに、目指す場所が見える場所まで逃げたのだ。
まだ遠い街の外れに、僕の家がある。
僕が生まれ育った家が、そこにあるのだ。
必ず帰るという約束だけを胸に、僕はここまで生きてきた。
それが、ようやく叶う。
呼吸の乱れも忘れて泣く僕は、ぎゅっと、ペンダントを胸に押し当てた。
家族の写真が入ったそれは、傷だらけだったが、これだけは誰にも渡さないと死守してきた。
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、この写真を見ると約束を思い出し、生きなければならないと、思い直すことができた。
僕を、生かしてきたのだ。
山の風は冷たく鋭い。
吹き抜ける風に押されるように、僕は足を進めた。
いつ折れてもおかしくないほどに酷使されてきた両足は、震えながらも懸命に僕を支えてくれる。
一歩、また一歩と歩を進める度に、ふらつく体も、やっとのことで立っていることを教えてくれる。
それも、あと少しだ。
これまでの逃亡生活に比べたら、短い時間で済むだろう。
探し続けた我が家は、もうすぐそこにあるのだから。
自然と笑みがこぼれた。
安堵で腰が抜けそうだった。
まだ、終わってはいないはずなのに、どこかに達成感を覚えているようだった。
「もう、いいじゃないか。よく頑張ったよ」
ふと、過った言葉は空高くから聞こえているようで、誰の物でもないことを僕はわかっていた。
これは幻聴だ。
僕を挫けさせるための誘惑だ。
わかっている。わかっていた。
手足を奪われても、目をくりぬかれても、僕はそこに行くつもりでいる。
惑わされない。惑わされてたまるか。
頭の中で何度も叫んだ。
踏みしめる足に感覚はない。
吐く息は浅く、体中が酸素を求めている。
吹き抜ける風に音はなく、いつの間にか陽は陰っている。
だけど、歩かなくてはならない。
その先に、温かい家が待っている。
「ただいま」と、言えるその時を夢見て、僕は前を向く。
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