死とは何か
概要:Twitterでお題をもらって書いたものです
一通のはがきが届いた。
簡素な文字で書かれていたのは、愛する息子の訃報だった。
泣き崩れる彼女を抱きしめて、長きに渡った不安の日々に終止符が打たれたことを知る。
この瞬間から、私達を待ち受けるのは、喪失の日々だ。
どこかで生きていると、いつかふらりと戻ってくると、淡く望んだ希望も潰えたのだ。
悲しみに暮れる彼女の代わりに、私は役所へ向かった。
黒いスーツにネクタイ、艶の無い革靴を履いた。
弔問用にと誂えたそれは、酷く重く感じられた。
冷たい外の空気が頬を刺す。
吐く息が白く煙り、ゆらりと空に漂っていく。
晴天の空が憎く、町は彩度を失っているようだった。
息子は、登山が趣味だった。
始めはハイキングコースを歩くだけだったが、次第に本格的になり、各地の山へ赴くようになった。
山頂でvサインを作り笑う姿を写真に収め、私達に見せてくれた。
写真は厚いアルバム数冊に上り、上った山も相当の数になっていた。
あの日も、山に登ると言って出かけていった。
大きな荷物を担いで、笑顔で出ていく息子を、いつも通り見送ったのだ。
大規模な雪崩のニュースを見ても、まさか息子のいる場所だとは思っていなかった。
登山隊のメンバーから息子のチームが巻き込まれたと報告を受けるまで、どこか遠い世界の話だと思っていた。
雪崩は数十キロにも及ぶ大規模なもので、巻き込まれた多くの人が行方不明となっていた。
私達は、その現場に立ち入ることすらできず、ただ、祈る日々を過ごしてきた。
捜索は難航し、いつまでたっても新しい情報は得られなかった。
ポツポツと、同じ登山チームの遺体が発見されたが、息子の報せは届かなかった。
もしかしたら、運よくどこかで生きているのではないか
記憶を無くして、異国で生きているのではないか
何万分の一ともいえる僅かな可能性を信じて、私達は不安な日々を過ごしてきた。
どんなに月日が流れても、生きていると信じていたのだ。
重い扉を開けた先に、棺があった。
黒く塗られた木の棺は、うちっぱなしの部屋でいっそう重たい色をしていた。
中に通され、棺の蓋が開けられた。
私は、じっと、棺を見下ろす。
私には、それが息子かどうかわからなかった。
戸惑う私に、案内人が一枚の紙を渡した。
「DNA鑑定の結果、息子さんと判明しました」
「何かの、間違いじゃないのか?」
受け入れられない私に、案内人は顔を伏せた。
「残念ですが」
棺の中に視線を戻す。
敷き詰められたシーツの上に鎮座する頭蓋骨をみて、私は言葉を失った。
面影すら、雪崩に持っていかれてしまったのか。
会えば現実に向き合えると思っていた。
死を受け入れられると思っていた。
私の心は、現実を叩きつけられた直後だというのに、まだ、息子の死を受け入れられなかった。
私は、いつ、この死を理解できるのだろう。
触れた骨は、ざらりとし、冷たく、無機質であった。
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