小さなコンサート
概要:Twitterでお題をもらって書いたものです
今日も公演が始まる。大きな針が一つに重なった時、私のステージの幕が上がる。煌びやかなライトを浴びて、ウサギが笛を吹き、クマが太鼓を叩く。鳥たちが美しい歌声で鳴けば、私の出番だ。ひらひらと風に舞うレースのドレスがくるりと回るたびに、空気を包むように大きく揺れる。この小さなコンサートの主役は私だ。皆の視線が集まってくる。さぁ、私を見て。白いドレスが優雅に舞い上がる。本当に短い時間だが、この瞬間が私は大好きだった。
舞台裏に戻ってきた私を、ウサギが出迎えてくれた。赤い宝石の眼が暗い舞台裏でもわずかな光を集めて輝いている。彼が首から下げている懐中時計はいつもでたらめな時間を指示していて、ネジを巻いていないのか、針が進んでいる気配はなかった。
「今度、直してもらわないといけないわね。あなたも時間がわからないんじゃ、困ってしまうものね。」
ウサギの頭をなでると、彼の眼がゆっくり閉じる。赤い目を見れなくなって、少しばかり寂しいが、うっとりとしているウサギを撫でてやることは、私にとっては癒しの時間だ。
そうして、ウサギとのんびりとした時間を過ごすと、今度は太鼓を片付けたクマが、すでにうとうととしているのが見えた。このクマは本当に寝坊助で、コンサートが終わるとすぐに目を閉じて船をこいでいる。ウサギとのんびりしてから奥へ戻る私は、このクマが起きているところを見たことがない。
「こんなところで寝ていては風邪をひいてしまうと、何度も言っているのに」
それでも、毎日の舞台だけはしっかりとこなしているのだから、風邪などひいたことがないのかもしれない。クマの纏っている毛皮は何も着なくても温かいものなのだろう。舞台用の小さなチョッキを揺らしながら、眠るクマを起こさないように、私は休むためにさらに奥へと進む。
舞台裏は薄暗く、開演中は賑やかな鳥たちもどこかでこっそりと過ごしている。彼らは二階のステージなので、私と鉢合わせるのは難しい。白いドレスが、薄暗さに溶け込んで、埃の色を吸いつけているようだった。早く、次の公演時間にならないだろうかと、私は静かに目を閉じた。すぐにうとうとと微睡む自分に、クマの事を言えたものではないなと笑い、開演までの少しの時間、夢の中へと落ちることを決めた。
「また、そんな夢をみているのかい?」
夢の中で、また、問いかけられる。
「あら、また同じ夢」
「本当に、これが夢だと思っているのかい?」
目の前に、色鮮やかな体毛を纏う猫が、いやらしい顔をして、私を笑う。大きくギョロリとした目が細められ、代わりにギザギザの歯を並べた口が、にぃっと顔いっぱいに広がっていく。
「夢と現実の区別すらつかなくなったのか?可哀そうに」
「これは夢でしょう?だって、あなたみたいな色の猫が存在するはずないじゃない」
猫は口を大きく開けて笑う。飲み込まれそうなほどに大きな口は、真っ黒だった。
「愉快愉快。君にとって“ホンモノ”とはなんだい?これが“ニセモノ”なら、僅か一分足らずのコンサートが“ホンモノ”かい?」
「少なくとも、ここよりは現実味があるのだけど?」
猫が、ぐっと背伸びをして、私に近づいてくる。彼が歩くたびに体毛の色がふわふわと移り変わっていく。この猫が、私は苦手だ。よくわからない問いをして、私を惑わせる。早く、次の公演の合図が来て目を覚まさないだろうか?
「いい加減、“ニセモノ”に気づいた方がいい。君のご主人様はそろそろ君たちを捨てるだろうよ?」
猫の言葉が理解できなかった。
「気づいていない?ウサギの瞳は割れて付け替えたガラス玉だ。クマを支える台座のネジは弛んでいる。鳥たちも、音が欠けてメロディを紡げない。君だって、ほら、もうドレスがボロボロだ」
猫に促されて私は自分のドレスを見下ろした。裾は擦れて破れ、埃がたまり、かつて純白だったそれはうっすらと黄ばみ始めている。恐ろしくて顔を覆う手が、やけに冷たい。血の気が引いて冷たくなっているのかと、指先を見つめた。細い指に刻まれた木目を見て、私は思いだす。そうだ。これは、“ニセモノ”だ。
「お父さん、12時になったのに始まらないよ?」
「あ、ついに壊れたか」
リビングの壁にかけられた、小さなコンサート会場は取り外される。白い壁に杭だけが残っていた。
「うーん、流石に直せないな。新しいのを買ってこようか」
「今度はどんな時計にするの?」
「今度は、こんなおもちゃじゃなくて、ちゃんとしたからくり時計にしようかな?」
「お姫様が出てくるのがいいな」
「はいはい。それじゃ、買い物に行こうか」
机の上に逆さに置かれたままの時計は静かに会話を聞いていた。入口が下になって、弱くなったバネの力では出入り口の扉を開けることもできなかった。
ただ一つ、彼女のステージは、静かに、幕を下ろす。
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