想いの中に

 水根が向かったのは、学校だった。道中、水根は何一つ声をかけてこなかったから、僕もまた、黙って彼についていくことにした。


 それから数十分後、僕は予想だにしなかった光景を目の当たりにした。


 学校には、心底安心した表情を浮かべる同級生たちが集まっていた。僕が到着するや否や、彼らは僕の肩を叩いて、声をかけてきた。言われて携帯電話を確認すると、そこにも、愛里はもちろん無数の連絡先から着信とメールが届けられていた。そんな光景は、僕の瞼に再び涙をためるには充分すぎる代物だった。



 僕は確かに存在した。空間的にだけではない。友の中に、記憶の中に、想いの中に、僕という存在は紛れもなく存在したのだ。



 湧き上がる感情を噛みしめていると、今度は誰かがこちらへ誘導されてきた。

 同級生たちに押されて目の前に現れたのは、愛里だった。少し気まずそうにする愛里を前に、僕はもう躊躇わない。


 「愛里、さっきはごめん。でも愛里にだけ聞いてほしいことがあるんだ、大事な話。夜、家の前に行くから、出て来てくれる?」


 愛里は何も言わず、少し顔を反らして頷いた。


 周りからは僕たちを囃し立てるような声も聞こえたが、その声は僕には響かない。なにせ、愛里と話すことができるのは、今日で最後なのだから。


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