特別

 それからの日々、宮本玉三郎としての人生はとにかく楽しかった。


 学校生活、休日のカラオケ、遠足、その全てが空っぽの心にはまり、たくさんの友情が注がれていった。僕が無くしてしまった思い出は、そこにしっかりと残っていたのである。まだ入学から一か月程しか経っていないというのに、僕たちの間には確かに絆があったと、事あるごとにそう感じずにはいられなかった。


 しかし、ふと寂しくなることがある。確かに宮本玉三郎はそこにいた。だが、僕は本当にそこに存在したのだろうか。僕は、宮本玉三郎という皮を被った全くの別人なのではないか、そんな不安が胸を支配する。

 それでも、愛里さんだけは違った。愛里さんが知っているのは記憶を失ってからの僕だけ。つまり彼女との関係は、紛れもなく今の僕が築き上げたものだ。だから、愛里さんとは自信を持って接することができた。どんな疑念も不安も、彼女を見るだけでほどけていった。彼女への感情は、特別だった。友達だとか、恋人だとか、言葉で表すことができる関係とは少し違う、まさに特別な安心感、それを彼女は纏っていた。


 それから数か月後、僕は、それもまた幻想だったことを知る。

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