大切な名前

 「それじゃあ、どうしてあそこで寝ていたのか全然覚えてないんですか!?」


 ちょこんと座った彼女に、今の自分の状況を粗方説明すると、彼女は驚きと不安の入り混じったような顔をした。


 「でも、とりあえず、家族の方も心配しているでしょうから、とりあえず連絡だけでも…。」


 彼女が携帯電話を取り出して、これで、というように話しかけてくる。しかし、僕はそれを持っていないし、連絡を取るべき場所も相手もわからない。

 僕は、とりあえず首を横に振るしかなかった。そうすると、彼女も同じ体勢のまま首を傾げる。


 「えっと、携帯持ってないんですか…?」


 僕の首が、今度は縦に振れる。


 「あの、じゃあ私の携帯で連絡を…。」


 首は再び横へ振れる。彼女は呆気にとられたように携帯を右手から溢すと、少し間を開けて、こう呟いた。


 「もしかして、記憶喪失とかだったりします…?」



 ♦♦♦



 そこから彼女は、僕に残った記憶を確かめるため様々な質問をしてくれた。しかし、僕は彼女の期待には応えられなかった。困惑する僕をよそに、彼女は新たな質問を考えていた。これまでの様子を見る限り、彼女は考えが行動に出るタイプのようだ。


 「あ、そうだ。お名前は覚えていますか?あなたが着ていた制服、多分うちの学校の私と同じ学年のものなので、名前がわかれば名簿からすぐにどなたかわかるはずです。」



 …玉三郎たまさぶろう



 僕の口から、聞いたことのない名前がこぼれた。玉三郎、それは一体誰だ?

 そんなことを考える僕だったが、彼女も彼女で少し驚いたような表情を浮かべていた。しかし、疑念が晴れない僕とは違って、彼女はすぐに笑顔を取り戻して、素敵な名前ですね、と声をかけてくれた。


 僕はバツが悪くなって、自分の嘘から話をそらすことにした。


 「あの、あなたのお名前は…?」


 そう聞くと、彼女はとても嬉しそうな顔で応えた。


 「宮本愛里みやもとあいりっていいます、たぶん、あなたと同じ高校一年生です!」

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