第4話 わたしの夫となる人の名前だから

 自分よりずっと年下の少女に、涙目で「助けてほしい」と懇願されて、心を動かされない男はいないと思う。


 相手が銀髪碧眼の美少女皇女様ならなおさらだ。


 しかも、「わたしを救えるのはあなただけ」とまで言われて、おまけに結婚して、妊娠させてほしいとも言われている。


 華奢な震える体を、俺はそっと抱きしめる。

 そのすらりとした細身の体は、とても温かった。


 フローラは俺を見上げる。俺はその青い瞳を見つめ返した。

 

「本当に俺なんかでいいんですか? 俺だって悪い男かもしれませんよ?」


「大丈夫。異世界の男の人たちは優しいって聞いているし……それに、さっきも言ったけど、あなたはきっと優しい人だってわかるから」


 日本にだって、ろくでもない男は大勢いた。でも、俺は違うつもりだ。

 目の前で震える少女を見捨てることはできない。


 それに、この皇女と結婚して後宮生活を送れるというのも魅力的だった。

 帝国が危険な状態になれば、俺の地位も怪しくなるが、それまでは俺は後宮で皇帝として生活できる。


 しかも、何の義務も負わない。フローラにとっては、俺が何もせずに子作りさえ行ってくれれば、助かるという話だった。

 そして、もしフローラが危険な目にあいそうなときは、何もしなくていいと言われても、俺も力になろう。


 俺は心を決めた。


「わかりました。フローラさんと結婚します」


 フローラはぱっと顔を明るくした。

 

「わたしと子作りをしてくれるの?」


「そ、そういうことになりますが……」


 あまりはっきりと言われると恥ずかしい。

 腕の中のフローラは、いたずらっぽい笑みを浮かべると、俺に胸を密着させた。

 

 その柔らかくて大きな感触に、俺はどきりとする。


「わたしのおっぱいから、あなたの子どもに母乳を上げることになるんだよね?」


「気が早くないですか……?」


「きっとすぐだよ。あなたがわたしを妊娠させてくれるの、楽しみにしてる」


 妊娠させる、というのは、そういうことをするということで。

 俺は目の前の美少女をベッドの上で裸にするところを想像して、どきどきした。


 フローラはご機嫌な表情でささやく。


「子どもは何人がいいかな? 跡継ぎの男の子は必要だけど、女の子もほしいよね」


「フローラさんの娘なら、すごく可愛いでしょうね」


 俺が思わずそう言うと、フローラはきょとんとした表情になり、それから顔を赤くした。


「も、もうっ。それって、わたしも可愛いと思っているってこと?」


 予想外にフローラが動揺しているのを見て、俺はちょっとからかってみたくなった。


「フローラさんが可愛いと思ったから結婚したんです」


「ふ、ふうん……そうなんだ」


 フローラは、言葉はそっけなかったけれど、満更でもなさそうに、頬を緩めている。

 そして、フローラは俺の目を覗き込んだ。


「ね? あなたはわたしの夫になるんだから、敬語はやめてほしいな」


「でも、フローラさんは皇女様ですし……」


「あなたは皇帝になるんだよ。わたしは皇帝であるあなたにご奉仕する妃なんだから」


 フローラはそう言って、微笑んだ。

 まあ、相手は年下の女の子だし。初対面とはいえ、フローラもこれだけくだけた言葉遣いなんだから、俺もそれに合わせて悪いことはない。


「わかったよ、フローラさん」


「さん付けもいらないよ?」


「ごめん。俺がその方が呼びやすいから」


「ふうん」


 フローラは首をかしげた。

 もちろん、いきなり呼び捨てに抵抗感があり、恥ずかしいのも事実だ。

 

 だが、もう一つ俺には狙いがあった。


 この世界は男性優位で、女性は見下されている。

 皇女であるフローラですら、男たちは道具だとしか思っていないという。


 それなら――俺だけは、フローラと人間として接したい。一人の人間として尊重したい。

 異世界人の俺がフローラにしてあげられるのは、それだけだ。


 「さん」を付けているのは、俺がフローラという少女と対等だという象徴のつもりだ。


 フローラがそんな俺の内心に気づいたかどうかはわからない。

 けれど、フローラはふわりと微笑んだ。


「それなら、わたしもあなたのことを『カズキさん』って呼んでいい?」


「もちろんです。……じゃなかった。もちろん、かまわないよ」


「良かった。カズキさん……か。きれいな名前だよね」


「そうでもないと思うけど」


「そうだよ。だって……わたしの夫となる人の名前だもの」


 そう言って、フローラはとびきりの素敵な笑顔でうなずいた。

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