第3話 あなただけがわたしを救える

 突然、異世界に呼び出され、美少女皇女に結婚を迫られる。

 しかも、俺のやらないといけないことは、子作り以外はなにもないらしい。


 もともと強い権力を握られると困るという話だから、何もする必要がないというより、何もしない人が望ましいのだとは思うが。


「もし俺がこの結婚を断ったら、どうなります?」


「そのときは元の世界に返してあげる……と言いたいところだけど」


 フローラは首をかしげ、ふわりと銀色の長い髪が肩に垂れかかる。

 そもそも俺は死んだはずだ。

 

 トラックにはねられて以降の記憶はないが、あれで生きているとは思えない。


「異世界人の召喚魔法は、異世界から命を失いかけている人を呼び出すの。魔力量の大きい人間は、召喚するのにも大きな魔力がいるんだけど……」


「死にかけているあいだは、魔力が弱まるんですか?」


「うん。それでも、何度も使えるような魔法じゃないよ。大変なの」


 どのぐらい大変かピンと来ないが、そんなにホイホイと連れてこられるようなものでもないということだと思う。


「でも、俺はかなりの大怪我……というか死んでいてもおかしくなかったはずですが……」


 体はピンピンしている。どこも痛いところすらない。


「異世界から召喚される際に、体が霊体的ななにかで入れ替わるみたい。だから、事故にあってても平気なの」


「そ、それは怖いですね……」


「魔法だもの。でも、こっちの世界では健康だから、わたしを問題なく妊娠させられるよ」


 ふふっとフローラは笑うが、少し恥ずかしそうに頬を赤くしている。

 俺がフローラの夫になるという選択をすれば、たしかにそういう話になるかもしれない。


 フローラは言う。


「あなたがわたしと結婚したくないなら、この国で貴族として生きられるようにしてあげる」


「いいんですか?」


 話の流れからして、俺はかなり重要な存在のはずだ。

 俺がフローラと結婚しないとなれば、フローラは困ったことになる。


 けれど、フローラはうなずく。


「もともと身勝手な話だもの。いきなり呼び出して結婚してほしいなんてお願い、強制はできないよ」


「でも、フローラさんは他に選択肢はないと言っていましたね」


「うん。あなたが結婚してくれないと、わたしは困ったことになるの。大貴族と結婚したら、権力を奪われて、子どもを産ませる道具みたいに扱われるかもしれない。外国の王子と結婚すれば、連れ去られて監禁されるかも」


「そ、そんな……」


 男性優位の世界だと聞いていたが、予想以上だ。戦争の影響で皇帝家の力が弱いというのも、フローラの弱点なのだろう。


 だとすれば、俺がフローラの夫を引き受ければ、俺も命の危険があるかもしれない。


 けれど、フローラの青い目に涙が溜まっているのを見て、そんな考えは吹き飛んだ。


「男の人たちは、わたしに子どもを産ませることしか考えていないの。皇帝家の血を引いた、自分の子どもが必要だから、わたしと結婚したいと思っているの。だからね……子どもを生んだら、わたしは用済みだから、きっと殺されちゃう」


 そして、フローラは俺にしがみつき、そして、震える華奢な皇女様は、俺を上目遣いに見つめた。


「あなたには……わたしを救ってほしいの。あなただけが、わたしと結婚して、わたしを妊娠させることで……わたしを救うことができるから」

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