第2話 タイプかも?

 目の前の美少女の皇女様は、俺と結婚してほしいと恥じらいながら言った。

 しかも、子作りまでしてほしい、なんて言っている。


 もちろん、こんな可愛い女の子とそういうことができると聞いて、喜ばない男はいない。

 けれど、あまりに話が飛躍している。


 なにか合理的な理由があるはずだ。


 俺は微笑んだ。


「どうして俺なんかと結婚するんですか? 俺は向こうの世界では、ただの庶民でした。皇女殿下と釣り合うような身分ではありません」


「ううん。それは、違うの。この世界では魔法を使うための魔力の量が身分を決めるの。異世界の人は、わたしたちこの世界の人間よりも、ずっと多くの魔力があるから……」


「そうすると、私も貴族と同じ扱いを受けられるということですか?」


 試しに俺は聞いてみた。この世界に貴族がいるのかはわからないが、見たところ、中世風の異世界だし、いてもおかしくない。

 

 実際、フローラは貴族はいると言った。

 けれど、俺が貴族扱いされることはないともフローラは言う。


「だって、あなたには、皇帝になってもらうから」


「こ、皇帝……!?」


 さすがに俺はびっくりして、椅子から転げ落ちそうになった。

 どこの馬の骨ともわからない異世界人を呼び出して、皇帝にする。

 

 そんな帝国があるだろうか?

 フローラは俺の内心の動揺を見透かしたように、くすっと笑う。


「理由は三つあるの。先代の皇帝、つまりわたしのお父様は、娘しか子どもがいないまま、戦争で死んじゃったから、後継者がいないの」


「それなら――」


 フローラ自身が帝位につけばいいのでは?と俺は言いかけ、名前を呼んでも許されるのか、ためらってしまう。

 フローラはそのことに気づいたのか、明るい笑みを浮かべた。


「フローラって呼んでくれていいよ」


「ありがとうございます。フローラさん自身が皇帝になるわけにはいかないのですか?」


「この国はね、男性優位の社会なの。女のわたしや、妹たちでは、皇帝になれない。だから、わたしと結婚して、あなたに皇帝になってほしいの」


「でも、他に貴族とか、他国の王子とか、ふさわしい人間がいるのではないでしょうか?」


「それはダメなの」


 フローラはふふっと笑った。なんだか、試されているような気がする

 どうしてフローラが、他の男と結婚できないか、俺にもわかるはずだ。そうフローラは言いたそうだった。

 

 俺は少し考えてから言う。


「貴族や他国の王子だと権力を握られることになるからですね?」


「正解。大貴族がわたしと結婚したら、強い権力を握りすぎて、他の貴族と内乱を起こしちゃう」


「そして、他の国の王子を迎えたら、オルレアン帝国はその国に従わないといけなくなる、ということですね」


 フローラは朗らかにうなずいた。この少女は、無邪気に見えて、いろいろ考えているようだ。

 実力ある人間を皇帝とすれば、問題が起きる。


 だから、何の後ろ盾もしがらみもない異世界人の俺を選んだ。

 納得できる理由だ。


 フローラは指を立てて、「二つ目」とささやいた。


「この世界の人間は、魔力量をとても気にするの。だから、皇帝になるのは魔力量の多い人間でないといけない」


「ああ、だから、魔力量の多い俺が皇帝になるのが都合が良いわけですね」


「それだけじゃないよ。未来の皇帝……つまり、わたしの血を引く子どもも、魔力量がたくさんないといけないから……」


 フローラは、青い瞳でちらりと俺を見る。そして、顔を赤らめた。

 ああ、そういうことか。


 それで、フローラは俺に子作りをしてほしいなんて、言ったわけだ。

 魔力量が身分制の基礎となっていて、皇族や貴族が多くの魔力量を持っているなら、それは遺伝するのだろう。


 それなら、フローラは、魔力量の多い異世界人の俺の子を孕めば、次代の子も多くの魔力量を獲得できる。


 皇帝家は安泰というわけだ。


「でも、好きでもない相手と結婚して良いのですか?」


「皇女には……恋愛結婚の自由なんてないから」


 フローラは寂しそうに、そう言った。

 ここは日本でない。中世風の社会だ。


 そして、その中でも、フローラは皇女だ。結婚の自由なんてあるわけがない。

 それでも、俺なんかと結婚していいのか、と思わなくもない。


 フローラはたぶん10代後半の少女で、俺は20代半ばだから、歳も少し離れているし……。


 そんなことを考えていたら、立ったままのフローラがいたずらっぽく青い瞳を輝かせた。そして、座っている俺に近づき、上から覗き込んだ


 ドレスの胸の谷間がちょうど正面に来る位置になり、俺はどきどきする。

 幼い顔立ちに比べて、体はもう十分に大人というか、かなりグラマラスだった。


「三つ目の理由なんだけどね。わたし、あなたみたいなタイプの人、けっこう好きなの」


「え?」


「黒髪黒目の人って、この大陸ではほとんどいないから、みんな憧れているんだ。それに、がっしりした体つきも、優しそうな雰囲気も、気に入ったの」


 フローラは冗談めかして、そんなことを言う。

 どこまで本気なのだろうか?


 フローラは俺の頬に手を当てた。びくっと震える俺に、フローラは「可愛い反応」と楽しそうにつぶやいた。


「貴族の男たちは、皇女のわたしでも見下している。わたしが……女の子だから。でも、あなたからは、全然そんな雰囲気を感じなかった」


 たしかに、俺は中世ではなく日本にいた。女性を露骨に見下したりもしないし、女性に優しくするのも当たり前だ。


 でも、この世界ではそうではないのかもしれない。

 フローラは窓の外に目を移す。そこには広大な庭園と、城があった。


「この国は戦争で無茶苦茶になっちゃった。農業も商業もダメになって、貴族たちはみんな帝国の言うことを聞かない。戦争で男の人がたくさん死んじゃったから、女性はみんな結婚相手に困っているし、新しい子どもも増えない」


「大変な国なんですね」


 聞いた限りだと、帝国といえども、その国力はかなり弱いもののようだった。

 フローラは、10代なかばで、そんな国の皇族として国を率いる立場になったわけで、その苦労は計り知れない。


 フローラは、俺を振り向いた。窓の外からの風で、銀色の髪がふわりと揺れる。


「二階院一樹さん。あなたは向こうの世界で死に、わたしに召喚されたの。身勝手なお願いだってわかってる。でも……わたしと結婚して、皇帝になってほしいな」


 そして、フローラは頬を赤くしながら、片手でドレスの肩紐を外した。

 肩が露わとなり、もともとはだけていた胸元がさらに広がる。


 そして、胸を強調するように、俺にしなだれかかる。柔らかく大きな感触に、俺はどきりとする。


「わ、わたしには他の選択肢がないの。わたしの初めてをもらって、わたしを妊娠させて」


「で、でも、俺……私には皇帝になる資質なんてありません」


「政治はわたしが全部やるから大丈夫。あなたがしないといけないのは、わたしと側室の女の子との子作りだけだから」


「え?」


「だから、後宮でいくらでものんびりだらだらしてもらっていていいんだよ?」


 フローラは俺の耳元で、甘くささやいた。

 俺は――決断を迫られた。



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