第9話

「申し訳ございませんでした、レイナお嬢様。わたくしめは、また同じ過ちを」


「いいえ、違う。違うのよ……」


 部屋に着いても謝り続けるティディに対し、私は微笑みかけようとしました。

 でもどうやら失敗してしまったようで、彼は悲痛そうに目を伏せます。


「本当に、それは違うの。ねぇ、ティディ。お願いだから、それ以上自分を責めたりしないで。アード様と……彼と二人っきりにさせてって頼んだのは、私だもの」


「申し訳――、いえ、御意に」


 緩くかぶりを振ってから、ティディは小さく頷きました。

 それから私をベッドに座らせ、傍らに膝をついて控えます。


「でも、困ってしまったわ……」


「……今回は、彼はなんと?」


 呟くと、ティディが神妙な顔で尋ねてきました。

 きっと彼はいつものように、私のために力になってくれるつもりなのでしょう。でも、今回は……。


 果たして口にしてよいものなのか迷いながら、私はいつの間にか彼の瞳を見つめていました。


 透き通るようなアイスブルー。

 やっぱりどこか、懐かしさのようなものを感じます。


「……っぁ!?」


「? お嬢様?」


 ――もしかして、もしかするとです。

 この感情は、愛情なのではないのでしょうか? 


 そうふいに頭をよぎり、私は慌てて目を逸らします。


 私が誰を、愛しているのか……。

 アード様の言った言葉が、幻聴みたいに耳の奥にこびりついているようでした。


「わたくしめには、お力になれないことなのでしょうか?」


「えっ!? ちがっ、違うの! いや、違くないんだけど、でも違くてっ!」


「はい?」


 問いかけられ、私は慌てて否定しました。

 自分でも、自分がなにを言っているのか意味不明です。


「アード様は私にティディを辞めさせろって言ってきたのよ! そんなことできるわけないのにね。だってあなたを雇ったのは、もう亡くなったおじい様なんだもの!」


 とにかく、早口になりながらそう答えます。

 彼を解雇するというのは、前当主である祖父の判断をないがしろにする意味を持ちます。

 いかに婚約者であるアード様の命令であっても、聞き入れるわけにはいかないでしょう。


「……ふむ」


 ティディは少しだけ顔をしかめたのちに、思案するように頷きました。


 ……まさか、言われた通りに辞めるだなんて言いませんよね?

 不安になって、私はさらに言い募ります。


「えっと、全然、気にしなくていいんだからね! アード様は、なにか勘違いをされてしまっているようですし、その誤解を解けば……」


「誤解とは?」


「っ、その、えっと、違くて、それは……ティディが、アード様に怪我をさせたとか」


「怪我ですか? 心当たりがありませんが」


「ほ、ほら! そうじゃない! だから全然、ティディがいなくなる必要なんてないのよ!」


 慌てながら、私の声は段々と大きくなっていきました。

 自覚はしているのですが、なぜだか抑えられないのです。


「でしたら真偽はどうであれ、わたくしめが彼に謝罪をする必要がありそうですね」


「――ッ!? だめっ!」


「……はい?」


 そんなことをしてしまったら、余計に話がこじれるでしょう。

 私はティディを納得させて引き留めようと、つい黙っているつもりの事柄まで口にしました。


「アード様は私とティディが、その、浮気をしてるって思い込んでるの! ……あ、あはは、笑っちゃうよね? そんなこと、ないのに……」


 言ってから、しまった! と後悔します。

 なぜだか顔が熱くなって、私の声は今度は縮んでいきました。


「…………ティディは、執事だもの。そんなこと、許されないわ」


「――ええ、その通りです」


「えっ!?」


 ふいに感情のない、平坦な声音が私の耳を打ちました。

 驚いてティディの顔を見ると、彼は無表情でこちらをじっと見つめていました。


「残念ですが、レイナお嬢様。そういった事情なのでしたら、わたくしはきっと身を引いたほうがよろしいのでしょう。大事なお嬢様の将来に、足かせとなることは望みません」


「っ、っ、っ、」


 その途端、じわりと目の奥に痺れのようなものが広がりました。

 私は無意識にティディの執事服の袖を掴んで、思わず声を荒げます。


「なんでっ! なんでそんなこと言うの!?」

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