そびえ立ったビルの群れ。アスファルトの照り返し。ビルから吐き出される熱気。空にはモクモクと夏の雲が広がっている。それにしても熱い。歩くのが嫌になってきた。Tシャツがぐっしょり濡れている。

 僕は少しためらっている。また彼女の声を聞くのがつらかった。彼女はわかっているのだろうか。僕のことを。それとも、もうすっかり忘れてしまったのだろうか。そんなことはないだろう。僕はそう思っている。

 大通りからビルの裏側のほうの狭い道に入っていく。見なれた風景。そんなに変わるはずもない。通りをひとつ横断して、ゆるやかな坂の途中から僕は地下に潜っていく。階段を下りるにつれ、石鹸の匂いが強くなって、僕の鼻をくすぐる。

 僕は髪を赤く染めた長髪のお兄さんに自分の名前を告げた。もちろん本名ではない。僕はカーテンの向こうの部屋に通される。雑誌から切り取られたハダカの女の子の写真が壁中を飾っている。くたびれた漫画雑誌が何冊も無造作に重ねられている。さっきのお兄さんが紙コップに入ったコーラを僕の前に置いた。

 僕はコーラを一口すすって、タバコに火をつける。いつものことだけれどやけに気だるい時間。僕は自分の名前が呼ばれるまで、ただじっと待っている。めずらしく今日は、この部屋に僕一人しかいない。

 名前を呼ばれて受付奥のドアの前に立ち、お兄さんがドアをノックすると、ドアの向こうにはエミちゃんが立っていた。相変わらずの人なつっこい顔で笑いながら僕の腕をとる。

「ひさしぶりだね」

「そうかなあ」

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